境目の物語

(ry

ヴァルフとの戦い〜無慈悲の雨〜

 勇者に後を任せて休息をとっていた俺は、自身とブレイブの水分を確保するために渓谷を流れる川の水を取りに行っていた。
 普段この川は、焦土で生きる者たちにとっての唯一の水源となっていた。しかしたどり着いてみれば、そこにはヴァルフの熱にやられて無残にも干上がってしまった、川の名残だけがあった。

 一応少量の水は流れていたので、残留するヴァルフの炎を避けながら水源に近づいてみた。しかしその残った水すらもグツグツと煮えたぎる泥水と化しており、とても飲めるものではなかった。

 俺は水を得る事を諦め、ブレイブを休ませている場所へと戻る事にする。だがその時、突然大きな地響きが鳴り、大地が強く揺れ動いた。
俺はその揺れへの対処が間に合わず、呆気なく転倒してしまう。その時尻餅をついてしまったがためにお尻を強打してしまうが、辛うじて頭はぶつけないように守る事ができた。

 しかし、それだけでは終わらないらしい。俺の頭上……かなり上の方で崖が割れる音がする。それに気づいて見上げる。すると視界には、今まさに砕けた岩石が降り注ぐ様が映り込む。
 もちろんそんなのに当たって一生を終える気なんてさらさらない。俺はお尻の痛みを我慢して地を蹴り、場を離れる。その行動が功を奏し、それを間一髪で避ける事に成功した。

 いつもならここで「危なかった……」と呟き、振り返って安全を確認していたと思う。だが今回は身の安全よりも先に、ブレイブの安否の心配の方が優先されていた。俺はもはや痛みすらも忘れ、全速力でブレイブの元へ向かって行った。


 俺がそこにたどり着くと、休ませた時同様にぐったりとしたブレイブの姿があった。幸いなことに崖崩れによる被害はなかったようだ。だがそれ以外でのダメージは外見だけでは判断できない。

 俺はブレイブの状態を確認するために、彼の身体に触れる。すると、何かの違和感を感じた。それは普段とは同じだが、つい先ほどとは何か違うような……。

 俺は疲れで言う事を聞かない頭をどうにか回転させて、それが何かを探る。すると、たった一つだけ大きく異なっている点に気づいた。

 それは体温だ。冗談抜きで炎同等の熱さを持っていた彼の体温が、綺麗さっぱり元に戻っていたのだ。そしてそれは、リペアの成功をもはっきりと表している。
 俺は「よっしゃあー!!」と歓声を上げて、ただこの成功への喜びを噛み締めた。無意識ののうち涙が出てきて、頬を伝って彼の体にも流れ落ちる。その時ふと彼が目を開く。


「あっ、ブレイブ!無事かっ!?」

 俺はそれに気づくとほぼ同時に彼に声をかける。すると彼の、ゴブリン特有の金色の瞳がゆっくりと動き、俺の方へと焦点を合わせた。


「……ああ……ラグか。
……ふふっ……そういう事か……」

 彼は俺の名を呼んだかと思うと、軽く笑ってそう言った。俺にはなぜ彼が笑ったのかが分からず、すぐにその理由を聞く事にする。


「何で今、軽く笑ったんだ?」

「……いや、体が動かないから……思わず笑っちまった」

「体が動かない?………あっ!!」

 彼のその言葉を聞いた俺は、リペアの最も重要な特徴を思い出した。
 それは、修復する傷が本来再生にかかる分……なのかはわからないが、それに対応した量の持久力を消耗してしまう、というものだ。
 今の思考力に加え、最近は深刻な傷を負うことがなかったから、そこをすっかり忘れていた。

……ていうか、何でこれほどの傷を修復したはずなのに、その程度で済んでるんだ? 普通なら数日は気絶したままになるはずだが……?


「……ラグ、聞いてるか……?」

「……あっ」

 彼に呼びかけられたことで、別の方向を向いていた俺の意識が戻ってくる。また、その意識が仕向けたかのように、俺は「すまん」と返していた。


「……いや謝る必要はない。
ともかくだ、作戦の方は……どうなった?
成功したのか……?」

 彼はそう尋ねる。それに対して、俺は後のことを勇者様に頼んだ事を告げようとする。


だがその時だ。

 北に2キロほど離れた地点、ちょうど投石部隊が待ち構えているであろうあたりに、信じられないほどの巨大な火柱が上がった。
 その大きさは半径数十メートル…?ともかく渓谷の横幅なんて容易に上回るような火柱が、凄まじい轟音を立てて燃え盛った。

 火柱の頂点は山の高さすらも優に超え、先端から溢れた炎は大きな塊となって、雨のごとく広範囲に降り注いだ。

……それはもちろんこちらにもだ。

 俺はすぐさまブレイブの前に立ちはだかるようにしつつ短剣を構え、閃風斬による迎撃を試みる。だがどういうわけか、どれだけイメージを固めても肝心の斬撃波が大きくならず、素の状態でのものしか放てない。もちろんそんなのであれを斬る事など出来ない。


「ちくしょう、何で閃風斬が使えないんだ!?」

俺は怒りと焦りにどうしようもできず、地団駄を踏む。まさかこれが、トッキーがたまに言ってた【MP切れ】ってやつなのか?
 だとしたらもう防ぐ手段なんて……


「何で俺がいるってのに……、諦めてんだ!」

「えっ!!」

 突然、背後からブレイブの声が聞こえてきた。まさか能力を使うつもりか!?
 俺は反射的に振り返る。するとやはり彼は、右腕を持ち上げて能力を発動する構えを取っていた。もちろん俺は止めようとする。だが動き出した時にはすでに、その能力は発動されてしまっていた。

 俺の背後に迫る膨大な熱量が、俺を避けるかのように広がり、そして彼の右腕ただ一点へと流れていき、吸収されていく。
 俺はそれに手出しすることも出来ず、熱を吸収するごとに赤熱する彼の腕をただ見ることしかできなかった。

 やがて彼が腕を下ろす。その時にはすでに、その熱量は完全に吸収され、塊としての形を失った。


「ブレイブ!なんて無茶をするんだ!!」

 俺は彼の元に屈み込みながらそう言う。だが彼の身体には、吸収した熱量を感じさせる熱さがこもっていなかった。


「一つ思ったんだ……。この能力で俺が吸収した熱を……他のものに」させられないのかなっ……てな」

 彼は左手で何かを指差しながら言った。俺がその方向を辿ると、そこには熱でドロドロに溶けた岩石の姿があった。それが意味することは、彼の能力がということ……なのだろう。


「……なあラグ、最後ってわけじゃねえが……頼みを聞いてくれないか?」

「えっ、まあいいけど……何を?」

 俺は突然の頼みごとに驚く。ただ断る理由はない。それに親友からの頼みごととなればなおのことだ。
だから俺は肯定し、その内容を尋ねた。


「俺を……ヴァルフの元に連れて行ってくれ」



(ryトピック〜【MP切れ】について〜

 これは技や魔法の使いすぎで精神力を消耗し、〔マジックポイント/メンタルポイント〕が底をついた時に起きる症状である。
 ただ一概にMP切れと言っても、その症状には個人差がある。

 ほとんどの生物はMP切れになると、激しい疲れを感じて動く気さえ起こらなくなり、症状の悪さによっては発熱症状を引き寄せることもある。
 だがごく一部の生物は、そうなる代わりに理性を失い、しばらく凶暴化してしまう。そうなればもちろん敵味方関係なく暴れてしまうため、パーティ間でのMP管理は欠かすことができないとされている。

 ただし、これら以外のケースが存在しないわけではない。そう、今のラグのように…

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