境目の物語
ヴァルフとの戦い〜灼く者と灼かれる者〜
糸が切れるようなその感覚と同時に、俺の身体の底から力が湧き上がってきた。でもそれには、空白を埋め合わせるような印象も感じられた。
また初めて傍観者を流派とした時のように、視界がよりはっきりとした。以前のそれはただクリアになるだけだったが、今回はそれに加えて観察する能力にも磨きがかかっていた。
もしかしてこれは……
そう疑問を抱いた瞬間、指をパチンと弾くような音が響く。ロトが口を開く合図だ。
《君は傍観を克服して
新たな流派【観察者】を習得した
おめでとう》
「新たな流派……観察者っ!?」
彼の言葉を受け、俺に喜びと驚きの、二つの感情が同時に現れる。だがそれに浮かれている程の時間の猶予はない。
《さあ彼を救えるかは君次第だ
全力をぶつけるつもりで頑張るといい!》
「あったり前だ!行くぞラプター!!!」
俺はそう声を張り上げ、ラプターを走らせる。ただ、正面は炎の渦の密度が濃く危ないので、回り込むように動く。
その動き出しとほぼ同時に、ブレイブが右手を前に出し、吸熱の構えを取る。そして、広がり迫り来る炎の渦に突っ込んで行き、その姿を渦の中に消した。
だが今の俺なら、その中を突き進む彼の姿を捉える事ができる。
どうやら彼は、自身の行く手を遮る炎だけ的確に吸収しているようだ。しかし、彼のラプターに襲い掛かる炎はまるで吸えていない。
「…っと!」
一旦観察は終了だ。あの炎の渦がこちらにも迫って来た。
俺は短剣を引き抜き、前方を裂き斬撃波を放つ。その幅広な斬撃波は俺に襲い掛かる熱波に穴を開け、俺たちの進む道を文字通り切り開く。これでもまだとてつもない熱さは相殺しきれないが、俺が繰るまでもなくラプターはその道を進んで行く。
俺はラプターに信頼を置いて、観察に戻る。すると、ちょうどブレイブが渦を抜けたところだった。だが彼のラプターの姿がない。きっとこの熱に焼却されたのだろう。
それでもブレイブは、単身で奴に飛びかかる。それができるほど、双方の距離は狭まっていた。
そのタイミングで、こちらも炎の渦を抜ける。斜めからの登場故にさっきまでは炎に遮られて見えにくかった部分にも視界を通せるようになる。
そして俺には、ヴァルフを包む炎の鎧の熱量を吸収し、露出した生身に拳をぶつけるブレイブの姿が目に入った。
拳はヴァルフの頭部に直撃し、大きく仰け反らせる。普段生身で受ける事がない強力な打撃が、かなり効いたらしい。
だがブレイブもまた、糸が切れた人形のように力無く倒れる。こんな事すれば当然の結果だろう。だが奴に慈悲など無く、仰け反りながらも地面の炎を…更には空を舞う炎をも鋭く尖らせ、炎槍を打ち出す構えを取る。
もう時間がない!
俺はラプターのスピードを上げようとした。だが俺は、こちらに穂先を向けた炎槍の存在に気づく。真っ直ぐに走らせれば、俺は躱せてもラプターがやられてしまう。そうなればブレイブを助けられたとしても、奴から逃げ切る手段がなくなってしまう。
「……(やるしかない!)」
俺は心の中で呟き、ラプターにルート変更を指示する。それと同時にラプターから飛び降り、最大限出せる力で駆け出す。するとどうだろうか、普段の倍近くのスピードを出す事が出来た。そういえばさっき力が湧き上がって……
その瞬間、俺は成功を確信した。このスピードなら絶対に間に合う。
俺は完全に迷いを捨て、ブレイブ目掛けて全力疾走する。だが同時に短剣も構え、イメージを固めていく。それでいて、目の前の炎槍からも目を離さない。
3つの動作を同時に行う。普通ならば頭が追いつかなくなる。だが今の俺の場合、それらが逆に有益に働き、極めて高い集中力を呼び起こした。
仰け反っていたヴァルフが体勢を立て直し、その両腕を地に乗せると同時に、炎槍が一斉に放たれる。
その中で、一足先に俺への炎槍が数本放たれる。俺は冷静に、かつ最小限の軸ずらしだけで、その炎槍を躱す。一部が頰を掠め、そこを軽く焦がす。だが俺は動じる事なく進む。
そして炎槍をやり過ごすのを確認すると同時に、短剣を後ろに回して振るための構えを取る。そして、
「間に合えぇーー!!!」
俺は強い意志を乗せて、思い切り空を裂く。もちろんその軌跡から放たれるのは斬撃波だ。だが今回は大きく異なる。
それは出始め、高密度に圧縮された風の塊のような形で飛んでいく。ところが、ちょうどブレイブの頭上付近で分散し、風の大盾となる。そして数十と放たれる炎槍をぶつかり合い、見事にそれら全てを相殺した。
その隙に俺はブレイブの元にたどり着き、スピードを保ちつつ抱き上げる。ブレイブは、炎に等しい程の熱量を持っていた。
恐らく吸熱能力に【吸収した熱量は自身に蓄積する】性質があるのだろう。おかげで俺の両腕が、ジューっと音を立てて焼かれる。だがそれを何とか堪えて、ラプターとの合流地点を目指す。
しかしヴァルフも追撃を止めたりはしない。今度は確実性を重視してなのか、炎で巨大な波を作り出してきた。今までは斬撃波で強引に斬り裂いていたが、あれにこの手が通用するとは思えない。
さあどうする!?
俺はその手段を考えようとする。するとその時
『【雷電壁】!!』
上空から勇者の声が響きわたる。同時に、俺の背後に雷壁が現れた。これなら安心して逃げられそうだ。
「ナイス勇者様!見捨てられたのかと思ってたぜ」
『勇者が人助けをするのは当たり前だろ。そんな事より早くここから離脱しろ!』
勇者は俺に行動を促しつつ、地味にとんでもない事を言い放つ。どの口がそれを言いやがる、と内心思いながら返事を返し、すぐにラプターに乗る。背後では雷壁と炎の波がぶつかり合う音が聞こえる。
俺は先導して空を進む勇者を追いかけるよう、ラプターに指示を送る。そしてラプターが問題なく進むのを確認してから、ブレイブに意識を向ける。
彼は炎と同レベルの熱量を持っていた。だがそれでも、辛うじて息はある。とりあえず冷やさなければ。
俺はポーチから、水筒代わりの布袋を取り出し、僅かに残っていた水を飲ませる。彼の喉が僅かに潤い、苦しそうに咳込む。
「ゴホッ、ゴホッ……
ラグ……俺の…こと…は……捨てろ……!」
「そんな事出来るわけない!
どうして捨てろなんて言うんだ!」
俺は感情的になってそう言う。それに応えてか、ブレイブは弱々しく口を開く。
「俺…の……、内臓が…焼け…て……、もう…意識…が……持た…ケホッ…、
………」
「…っ!?
おい、ブレイブ!?しっかりしろ!」
彼は最後まで言い切る前に、意識を失った。俺は驚き、彼を揺さぶる。だが返事がない。それでもまだ、脈は生きている。完全に死んだわけではない。
俺は諦めなかった。何かできる事が、彼を救う方法が、きっとどこかにある!
そうして考え、行き着いた先にあったのは、【エネルギーリペア】だった。
(ryトピック〜【吸熱能力】について〜
現在知る中でもブレイブが所有している、任意の対象から熱量を奪い取る能力。極限値は0度となっており、それ以上奪い取る事はできない。例えば、水の熱量を奪って氷にしたりはできない、など。
この能力の特殊な点は、吸収した熱量が力として蓄えられるのではなく、本人の身体に直接蓄えられるという点にある。そのため、吸収したからと言って無力化したりはできず、また冷やさなければそのまま焼け死ぬ事もある。
要するに、【諸刃の剣】のような能力である。
また初めて傍観者を流派とした時のように、視界がよりはっきりとした。以前のそれはただクリアになるだけだったが、今回はそれに加えて観察する能力にも磨きがかかっていた。
もしかしてこれは……
そう疑問を抱いた瞬間、指をパチンと弾くような音が響く。ロトが口を開く合図だ。
《君は傍観を克服して
新たな流派【観察者】を習得した
おめでとう》
「新たな流派……観察者っ!?」
彼の言葉を受け、俺に喜びと驚きの、二つの感情が同時に現れる。だがそれに浮かれている程の時間の猶予はない。
《さあ彼を救えるかは君次第だ
全力をぶつけるつもりで頑張るといい!》
「あったり前だ!行くぞラプター!!!」
俺はそう声を張り上げ、ラプターを走らせる。ただ、正面は炎の渦の密度が濃く危ないので、回り込むように動く。
その動き出しとほぼ同時に、ブレイブが右手を前に出し、吸熱の構えを取る。そして、広がり迫り来る炎の渦に突っ込んで行き、その姿を渦の中に消した。
だが今の俺なら、その中を突き進む彼の姿を捉える事ができる。
どうやら彼は、自身の行く手を遮る炎だけ的確に吸収しているようだ。しかし、彼のラプターに襲い掛かる炎はまるで吸えていない。
「…っと!」
一旦観察は終了だ。あの炎の渦がこちらにも迫って来た。
俺は短剣を引き抜き、前方を裂き斬撃波を放つ。その幅広な斬撃波は俺に襲い掛かる熱波に穴を開け、俺たちの進む道を文字通り切り開く。これでもまだとてつもない熱さは相殺しきれないが、俺が繰るまでもなくラプターはその道を進んで行く。
俺はラプターに信頼を置いて、観察に戻る。すると、ちょうどブレイブが渦を抜けたところだった。だが彼のラプターの姿がない。きっとこの熱に焼却されたのだろう。
それでもブレイブは、単身で奴に飛びかかる。それができるほど、双方の距離は狭まっていた。
そのタイミングで、こちらも炎の渦を抜ける。斜めからの登場故にさっきまでは炎に遮られて見えにくかった部分にも視界を通せるようになる。
そして俺には、ヴァルフを包む炎の鎧の熱量を吸収し、露出した生身に拳をぶつけるブレイブの姿が目に入った。
拳はヴァルフの頭部に直撃し、大きく仰け反らせる。普段生身で受ける事がない強力な打撃が、かなり効いたらしい。
だがブレイブもまた、糸が切れた人形のように力無く倒れる。こんな事すれば当然の結果だろう。だが奴に慈悲など無く、仰け反りながらも地面の炎を…更には空を舞う炎をも鋭く尖らせ、炎槍を打ち出す構えを取る。
もう時間がない!
俺はラプターのスピードを上げようとした。だが俺は、こちらに穂先を向けた炎槍の存在に気づく。真っ直ぐに走らせれば、俺は躱せてもラプターがやられてしまう。そうなればブレイブを助けられたとしても、奴から逃げ切る手段がなくなってしまう。
「……(やるしかない!)」
俺は心の中で呟き、ラプターにルート変更を指示する。それと同時にラプターから飛び降り、最大限出せる力で駆け出す。するとどうだろうか、普段の倍近くのスピードを出す事が出来た。そういえばさっき力が湧き上がって……
その瞬間、俺は成功を確信した。このスピードなら絶対に間に合う。
俺は完全に迷いを捨て、ブレイブ目掛けて全力疾走する。だが同時に短剣も構え、イメージを固めていく。それでいて、目の前の炎槍からも目を離さない。
3つの動作を同時に行う。普通ならば頭が追いつかなくなる。だが今の俺の場合、それらが逆に有益に働き、極めて高い集中力を呼び起こした。
仰け反っていたヴァルフが体勢を立て直し、その両腕を地に乗せると同時に、炎槍が一斉に放たれる。
その中で、一足先に俺への炎槍が数本放たれる。俺は冷静に、かつ最小限の軸ずらしだけで、その炎槍を躱す。一部が頰を掠め、そこを軽く焦がす。だが俺は動じる事なく進む。
そして炎槍をやり過ごすのを確認すると同時に、短剣を後ろに回して振るための構えを取る。そして、
「間に合えぇーー!!!」
俺は強い意志を乗せて、思い切り空を裂く。もちろんその軌跡から放たれるのは斬撃波だ。だが今回は大きく異なる。
それは出始め、高密度に圧縮された風の塊のような形で飛んでいく。ところが、ちょうどブレイブの頭上付近で分散し、風の大盾となる。そして数十と放たれる炎槍をぶつかり合い、見事にそれら全てを相殺した。
その隙に俺はブレイブの元にたどり着き、スピードを保ちつつ抱き上げる。ブレイブは、炎に等しい程の熱量を持っていた。
恐らく吸熱能力に【吸収した熱量は自身に蓄積する】性質があるのだろう。おかげで俺の両腕が、ジューっと音を立てて焼かれる。だがそれを何とか堪えて、ラプターとの合流地点を目指す。
しかしヴァルフも追撃を止めたりはしない。今度は確実性を重視してなのか、炎で巨大な波を作り出してきた。今までは斬撃波で強引に斬り裂いていたが、あれにこの手が通用するとは思えない。
さあどうする!?
俺はその手段を考えようとする。するとその時
『【雷電壁】!!』
上空から勇者の声が響きわたる。同時に、俺の背後に雷壁が現れた。これなら安心して逃げられそうだ。
「ナイス勇者様!見捨てられたのかと思ってたぜ」
『勇者が人助けをするのは当たり前だろ。そんな事より早くここから離脱しろ!』
勇者は俺に行動を促しつつ、地味にとんでもない事を言い放つ。どの口がそれを言いやがる、と内心思いながら返事を返し、すぐにラプターに乗る。背後では雷壁と炎の波がぶつかり合う音が聞こえる。
俺は先導して空を進む勇者を追いかけるよう、ラプターに指示を送る。そしてラプターが問題なく進むのを確認してから、ブレイブに意識を向ける。
彼は炎と同レベルの熱量を持っていた。だがそれでも、辛うじて息はある。とりあえず冷やさなければ。
俺はポーチから、水筒代わりの布袋を取り出し、僅かに残っていた水を飲ませる。彼の喉が僅かに潤い、苦しそうに咳込む。
「ゴホッ、ゴホッ……
ラグ……俺の…こと…は……捨てろ……!」
「そんな事出来るわけない!
どうして捨てろなんて言うんだ!」
俺は感情的になってそう言う。それに応えてか、ブレイブは弱々しく口を開く。
「俺…の……、内臓が…焼け…て……、もう…意識…が……持た…ケホッ…、
………」
「…っ!?
おい、ブレイブ!?しっかりしろ!」
彼は最後まで言い切る前に、意識を失った。俺は驚き、彼を揺さぶる。だが返事がない。それでもまだ、脈は生きている。完全に死んだわけではない。
俺は諦めなかった。何かできる事が、彼を救う方法が、きっとどこかにある!
そうして考え、行き着いた先にあったのは、【エネルギーリペア】だった。
(ryトピック〜【吸熱能力】について〜
現在知る中でもブレイブが所有している、任意の対象から熱量を奪い取る能力。極限値は0度となっており、それ以上奪い取る事はできない。例えば、水の熱量を奪って氷にしたりはできない、など。
この能力の特殊な点は、吸収した熱量が力として蓄えられるのではなく、本人の身体に直接蓄えられるという点にある。そのため、吸収したからと言って無力化したりはできず、また冷やさなければそのまま焼け死ぬ事もある。
要するに、【諸刃の剣】のような能力である。
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