バミューダ・トリガー

梅雨姫

四十六幕 異種混合種


涙が滲む幸平こうへいの目に映ったのは、膝からもぎ取られた己の足が宙を舞う無惨な姿と―

―両腕を高々と掲げ、今にも降り下ろそうとする巨躯の男の姿。



―そして―



闇夜の中、黒の軍服をはためかせて驚異的な速度で迫ってくる―

昨年から見知った顔の男の、今まで見たことのない憤怒の表情であった。


武装兵士・拳銃ヴァロジニァン・ピストレットッ!!」

凛と通る、しかし重厚で安心感を感じる声が空気を震わせた。

龍王 蓮鎖りゅうおう れんさの鋭い双眸が見開かれ、次いでまとった軍服が波打ち、樹形図のような銀の流線が出現した。

駆け抜ける勢いはそのままに、蓮鎖は空をつかむ様な動作をとる。
そして樹形図に連なった円状の輝きの内の一つに触れた瞬間、その手の中に銀と黒の二色で染められた片手銃が握られる。

「何者、だ・・・」

(龍、王、さん・・・)

遠く、だが確かに現れた、もっとも信頼する蓮鎖の姿をしっかりと見据え、そして幸平の意識は途切れた。

一方、重々しい声で疑問を発するとともに、降り下ろすはずであった拳を解いた巨躯の男は、突如現れた黒い軍服の青年に体を向ける。

「貴様、は・・・強い、者だ・・・!!我とぉ!闘えェええ!!!」

溢れ出る戦意から龍王蓮鎖の実力を推し量った巨躯の男は、興奮しきった様子で吼える。



―ザンッ・・・!



ぼとっ



「・・・拳銃制裁サンクツィ・ピストレット

「おヲ・・・、?」

巨躯の男が怪訝な表情を作った。

己が構えたはずの、目の前の「強き者」と戦うための武器である両腕・・が、痛覚が遅れて反応する程の圧倒的な速度で打ち出された弾丸に、吹き飛ばされていたからだ。

「貴、様、何・・・を?」

両腕を失った男は、ここに来て初めて困惑と焦燥の表情を見せる。

「制裁だ、馬鹿野郎」

ザンッ

蓮鎖の一言と共に打ち出された追加の弾丸は、眩い銀線を暗闇に描き、巨躯の男の脳天を削った。

頭部を損失した人体は、己を律することができなくなる。

現に頭を撃ち抜かれた巨躯の男は、なすすべなく後方へと仰け反り、数メートル程も打ち飛ばされて沈黙した。


―――――――――――――――――――――――――


山下公園間近のファストフード店に瞬間移動した怪校生三人は、全速力で街中を駆け抜けた後に、目的地である公園へとたどり着いた。

三人から遠く見えた銀の流線が蓮鎖の技であり、公園の中央に横たわる巨大な死体を死体足らしめた一撃であったことは一目瞭然であった。

「龍王先輩!」

駆け寄りつつ、地面に屈んでいる蓮鎖に向けて影近が声を上げた。

「っ!お前ら、怪校の奴等だな?なぜ此処に・・・まあいい、頼みがある。転移の能力を持ったやつを即時手配してくれ。うちの宮中 大黒みやなか だいこく・・・回復能力者であるアイツなら、まだこいつを救える」

そう言って、蓮鎖は地面に横たわる青年の止血を続行する。

痛々しい切り口で断裂された脚は、確かにかなりの出血をしていた。

「俺は転移の能力を使えます、どこまで運べばいいでしょう?」

急を要することは一目見て分かりきっていたため、秋仁は即座に名乗り出た。

「俺らの拠点が、西側のネットカフェの近くにある。頼めるか?」

「・・・驚くほど好都合ですよ、先輩」

秋仁は思わぬ幸運に気持ちを高揚させつつも、すぐに転移させるべく、倒れた青年の手を握った。

「俺の方から、大黒には伝えた。カフェから北に少し行ったところで待ってるはずだ、後は頼む」

その言い様は、まるで蓮鎖はついてこないと言っているように感じられた。

「?先輩は来ないんですか??」

「ああ、向かえない」

「何故ですか」

身内の命の危機であるというのに冷静さを欠かずにやり取りを続ける蓮鎖に、頼矢が首をかしげてそう言った、その時。

「グオォオオオォオォオオッッ!!!」

夜空に、おぞましい重低音の咆哮が轟いた。

「「「っ?!」」」

揃って目を見開く三人に対し、蓮鎖は冷静に振り返り、後方を見据えた。

「俺は、このデカブツをかたづける。・・・まず間違いなく、つい数時間前にうちの構成員を殺したのはこいつだ。さらに言うと、恐らくこいつは《バミューダ》に関する情報源として重要だ。何故なら、こいつは被害者を殺している。このやり方は、対能力者組織スキルバスターのやり方じゃない」

「っ!!確かに、そうみたいだね・・・」

三人が息をのみ、影近が代弁した。

「貴ぃ、様ぁあ・・・」

巨躯の男の声がした。

先程よりも重く冷たく、冷血動物の―

恐竜の嘶きのような音を孕んでいる。

立ち上がったこと自体が信じられないことであったが、その体にはさらに驚くべきことが起きていた。

「腕が、再生している・・・?!」

そう。

龍王蓮鎖が打ち飛ばしたはずの両腕が、再び生えていたのだ。

さらに腕だけではなく、削り取られた頭も回復していた。

そして、何よりの異変は―

「ボクが思うにあれは、恐竜、かな?」

似合わずも緊張した面持ちの影近が発した言葉は、しかしその本質を的確に捉えているように思えた。

全身をおおうように現れた、紺青の鱗。

ただでさえ凶悪な両腕両足の威力をさらに底上げするように生えた爪。

腰の辺りから延びる、男の身の丈ほどの長さをもった尾。

は虫類特有の目、牙の生えた口。

その姿はまさに、太古の昔この地球上を制していた覇者、「恐竜」であった。


―――――――――――――――――――――――――


人の体格に恐竜の身体的特徴。

一億五千万年の時を経て現代に産まれたその異種混合種は、雄叫びをあげて猛進する。

コメント

  • 《梅雨姫》

    有り難うございます、大学受験があったため活動を止めていましたが、再開することとしました
    もしよろしければ、バミューダ・トリガーで検索よろしくお願いします
    (アカウント引き継ぎができませんでしたので)

    2
  • ノベルバユーザー293057

    いいと思うこう言う作品は初めて見たかも、まだ読み始めなのでこれからも読み進めていきます。

    4
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