バミューダ・トリガー
三十七幕 防御と強化の攻防
「うおおおおっ!」
とっさの判断で、俺は鈴と、異能によって産み出された異形の手との間に滑り込む。
「・・・えっ?!」
「ナッ・・・!!」
鈴とエイプリルの驚嘆の声が重なる。
瞬間、鈴の矮躯を引き裂かんと迫っていた腕が、その速度を目に見えて鈍くした。
(・・・やっぱりそうか!エイプリルは俺の体に極力ダメージを与えたくねぇんだ!)
しかし、安堵の時は一瞬。
異形の手は、その目的を「殺害」から「捕獲」へと転換し、あくまで神河輪人を捕らえるためにその掌をさらけ出す。
「逃げられるト、思うなヨッ!!」
吠えるエイプリル。
その声に呼応するように、今度は輪人の両脇から赤い腕が現れた。
前方には、捕まれば最後、対象の一切の挙動を封じるだけの大きさを誇る巨腕。
そのうえ両脇の腕は、輪人を逃がすまいと速度を重視した俊敏さをもって一斉に掴みかかる。
「!?まずい・・・!」
両脇の朱腕を避けるべく身を引くが、まるで回避先を読んでいたかのように、二本の腕は追い縋ってきた。
「・・・くっ!」
「ここまでダ!諦めろヨ!!」
獲物を追い詰めた肉食獣のように獰猛な、残酷な瞳を輝かせて、エイプリルが両手を交差する。
対応して、確実に神河輪人を捕獲するために更に二本の腕が出現。活路の見えない死線が、輪人の動きを完全に封じ込めた。
「ぅあっ!!!」
逃げ場を失い立ち竦んだ隙を逃すことなく、両脇に追い縋った異能の手がついに輪人の両腕を捕らえる。
「キヒヒヒヒヒッ!!」
「がっ!」
次いで追加で現れた二本が両足の動きを封じ、とどめとばかりに樹木の幹に相当する異様な大きさを誇る巨腕が輪人の胴体を掴んだ。
「キヒッ!」
ダンッ
直後、エイプリルが身体強化をかけた脚力をもって跳躍し、鈴が正面に展開した障壁を飛び越えて飛来した。
「キヒヒィ!お前モ眠ってるト良いヨ!!」
そのまま脚力の強化を解くことなく、空中から無防備な鈴の背後へと落下。
落下の最中に体を大きく振る事で遠心力を生み、何の比喩でもなく人を殺める強烈な蹴りが叩きつけられる。
「ずっと思ってたけど、その笑い方、どうにかならないのっ!」
迫り来る極刑に対して鈴は、一歩も退かずに上を見据えて言い放った。
ガァンッ!!!
「キヒッ・・・」
無挙動のうちに再構築、及び再展開した瓦礫の壁をエイプリルの蹴りにぶつけ、身体強化の能力をもって強化された一撃をあろうことか完全に相殺して見せる。
瓦礫の壁を盾にした防御。
つい先程「呪衝撃」を防いだ際には、意趣返しのごとくエイプリルの手を破砕して見せた。しかし、脚を強化した今回の一撃に対しては、さすがに反動のダメージを与えられないでいた。
「キヒッ、キヒヒヒ、あっさりト、簡単ニ終わるのモ、勿体ないカ・・・!」
「そう?私としては、今ので全身弾け飛んで自滅してくれたら一番良かったんだけどね」
「キヒッ!口の減らなイ、女ダッ!!!」
ドゴォン
鈴の障壁の上で再び体をひねり回転を加えたエイプリルの二撃目。
追加の一撃に、鈴の盾が砕ける。
「キヒッ!」
ガァン!
耐えかねて砕け散った一枚目の障壁をエイプリルが嘲笑ったのも束の間。
周到にも、鈴が一枚目の内側に隠していた二枚目の障壁が貫通を遮った。
「・・・すげぇな」
一人拘束された神河輪人は、抜け出す方法を模索するのを中断し、場違いな感心を声にしていた。
―――――――――――――――――――――――――
ガァン!
「うおっ!?」
「すごいね・・・!」
重々しい轟音が鳴り、目視できる位置にある警察署の門・・・があった場所から、砂煙が吹き出す。
警察署まで百数十メートルほどの地点、異変に気づき駆けつけていた怪校生・黒絹翔斗と植原諒太が駆け抜ける。
二人はようやく目的の場所へとたどり着こうとしていた。
「もうすぐだ!」
「うん!・・・その前に、と」
懐からスマホを取り出した諒太が、画面の数字盤をフリックする。
プルルルルプル・・・カチャ
『もしもし?お兄ちゃん?』
「はぁっ、ああ!京子、ごめんね急に」
『どうして謝るの?私としては五分おきにかけられるくらいならむしろ嬉しいと思ってるけど?』
「いやいや、僕としてももちろん、二分おきにかけるくらいなら息をするより簡単だけど・・・って、今はちょっとだけ後回し!京子に大切なお願いがあるんだ」
いつも電話するときからは想像できないほど真剣な声色に、京子が押し黙る。
『・・・《バミューダ》関連?』
「そうだよ」
―――――――――――――――――――――――――
神河輪人の周りには、いつも誰かが居た。
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