バミューダ・トリガー

梅雨姫

三十二幕 「異能」と「一般」


「それで、結局どんな能力か、明確には分からないってことか?」

「そうね。声が聞こえたっていうのも、勘違いの可能性だって有るにはあるわ」

「なるほどな」

現在、《厄魔の精霊》と関わりがあると思われる「双蛇の輪デュアルスネイク」に関する調査は、鐵 里音くろがね りおん率いる「対能力者組織スキルバスター」の関係者が調査してくれている。
なんでも、霊峰町やその近郊に住む人たちのなかに、「対能力者組織」を支援してくれる団体があるらしい。
さらに、その中でも体術に多少の心得がある人物には鐵里音の能力で「黒いグローブ」を提供し、対能力者組織たる所以である戦闘力を持たせているという。

「黒いグローブ、衝撃波、襲撃者・・・そ、そう言えば!」

「な、何よ急に大声だして」

「ちょっと思い出したことがある。悪いけど、今日のところは解散、ってことで!」

「え?そう、それは別に構わないけど」

聞くなり俺は二人分の食器を流しに放り込む。
そのまま玄関に向かいスニーカーを履き、あとから続く鈴とともに家から出た。

「じゃあまたっ!」

「え、ええ、またね神河」

そして、一言別れの挨拶をしてから俺は走り出す。突然の事にやや放心気味の鈴であったが、気にしてはいられなかった。

「すっかり忘れていたな・・・」

目的地は旧怪校、警察署の地下だ。


―――――――――――――――――――――――

霊峰町警察署。

ここはかつて《バミューダ》による被害者を「怪校生」として保護していた、国内で唯一《バミューダ》と関連性を持つ警察署である。
現在、新設怪校として独立した怪校生たちとの関わりは無いに等しい。
怪校生の全面保護を終了してからも、町内外の警備や取り締まりなどをを中心にその名に恥じぬ実績を積んで来た。

―今日までは。


「キヒヒヒッ・・・ここネ」


一月二十六日、午後二時。

警察署敷地内の駐車場に、一人の女が降り立った。

青のジーンズに、茶色のパーカー。
睥睨へいげいと嘲笑を同時に称えた目に、僅かに口角を上げた口元。
海のように深い青みを帯びた、腰まで伸びる長い髪。
二つに分けた前髪は、片側を三つの黒のヘアピンで。

もう片方を、それぞれが異なる輝きを持った三つのヘアピン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・で留めている。

女はコツコツと、アスファルトを踏み鳴らして警察署の正面入り口へと進む。


「どうかされましたか?」

正面入り口の手前で、巡回を終えて帰還したらしい警察官が声をかけた。

「・・・質問を、いいかナ」

「はい、構いませんよ。どういったご用件でしょうか」

「ここの地下ニ、囚われ人はいるかナ?」

「囚われ人・・・ああ、千葉 逸ちば すぐるですね。彼は以前、傷害事件を起こして服役しています。少年ですし、被害者の女性とも和解が済んでいるため、近日中には釈放されますよ。・・・ご用件は、面会でしょうか?」

まだ新人らしい警察官は、奇妙な雰囲気を漂わせた女に違和感を覚えた様子で言い淀む。
しかし、あくまで懇切丁寧に女に対応した。

「キヒィッ・・・」

女は、常時つり上がっていた口角をよりいっそう引き上げ、笑う。

「キヒヒヒ、面会、ネ・・・面会で、合ってますヨ・・・もうひとつ質問してもいいかナ?」

「え、ええ、何でしょう・・・」

退ケどけ、邪魔な虫螻むしけらガ」

言って、女は初めて口角を下げた。

「は?君、一体なに・・・ゴフっ」

女は左手を警察官の横腹にめり込ませて・・・・・・、再びニヤリと口角を上げる。

「寝てなヨ」

ブンッ

ドッ

ズザアアアッ

そのまま、捨てるように放り投げられた警察官は、階段の端で弾んだ後に、一言も発さずに地面を転げていった。
横腹に致命傷を負った警官が、血溜まりに沈黙する。

ビッ

女は血に濡れた左手を振るい、正面入り口の自動ドアに血痕を着けた。

「ちか、地下、地下ねェ・・・キヒィ、真下にぶち抜いたラ、居るよネ?」

「お前!何してる!」

騒ぎと謎の違和感に気付き、三十代程の警察官が応援に駆けつけた。

「っ・・・!」

ついで、駐車場の端に転がされた後輩の警察官の姿を目の当たりにして、言葉を失った。

彼は、元・霊峰警察署「特別治安部セーフティーズ」のメンバーである。「特別治安部」とは、かつて怪校生を実質的に保護することを任されていた担当部所だ。

よってこの警官は、世間では伏せられている《バミューダ》に関する知識を多少は持っていた。

「その髪止め、その輝き・・・三年部の生徒たちと同じ・・・!!」

「キヒィ?なんの事かナ?」

「・・・何でもない。だが済まない。俺は全力でお前を取り押さえる!」

「バカを言うのはよせヨ、二匹目・・・」


正体不明の「異能」と、知識ある「一般」が交錯する。



――――――――――――――――――――――――



数分後。

「ふう、見えたぜ警察署・・・久しぶりだな、こうしてここを目指して走ったのは」

俺は、怪校が警察署の地下に位置していた頃、遅刻ギリギリとなる事が幾度かあった。
その度に、「一般市民に怪しまれない」ことを前提にこうして疾走したものだ。


ドオォォォォオンッ!!!


突然の事だった。

警察署を囲う石塀の、その一部。

神河輪人の目の前にあった石塀が、内側から飛んできた・・・・・・・・・パトカーによって吹き飛ばされた。

「ゲホ、ゲホッ、なんだ・・・!?」

俺は砂埃が立ち込めるなか懸命に前進し、どうにか正門までたどり着いた。

この時の俺には、パトカーや残された石塀に付着した血痕を確認する余裕が無かった。



――――――――――――――――――――――――



数分前。

三十代程の警察官は、肩から血を滴らせる。
紙一重の所で初撃をかわした警官は、二撃目を避けきれずに傷を負っていた。

「ぐ、がッ、ゼェ、ゼェ・・・」

「凄いネ!驚き過ぎて、昂るヨッ!」

「なんだ、それは・・・」

「簡単ナ、身体強化だヨ・・・ほんとなら、お前ハ最初の一撃でサヨナラだったんだけド、まさか避けるとはネェ?」

ドタドタドタドタっ

「先輩っ!!」
「青石くんっ無事か?!」

異能の女と、青石と呼ばれた警官が同時に目を向ける。
そこには二十代とおぼしき女警官と、青石と同年代ほどの男警官が立っていた。

「何か五月蝿いのが湧いてきたネ・・・目障りナ」

声に振り向き、表情を険しくした女が左手を構えて睨みを効かせる。

「二人とも、来るな!俺の事より、そこの新人を病院に連れてけ!」

「え、でもっ」

「君はどうするんだ!」

「俺よりそいつの方が重症なのが、見て分からねぇか!!」

突然の大声が空気を震わせ、二人の警察官は肩を震わせる。

「くっ、先輩、急ぎますよ・・・!」

「ああ・・・頑張って耐えてくれ、青石!」

新人警官の元へ駆け寄った二人が、止血を試みながら裏口へと身柄を運びにかかった。

二人の駆ける音が小さくなる。


「・・・良かったノ?」

「・・・何がだ」

「彼らに助けてもらえたラ、身体能力の高いお前ハ、ワタシから逃げられたかもヨ?」

「馬鹿かよ、お前」

嘲笑を隠すことなく問いを投げて寄越した女に対して、いっそ晴れやかに、青石が言い放つ。

「・・・ナニ?」

「はっ、町の皆の平和を守る警察官ヒーローは、親友と後輩を身代わりになんか出来ねぇんだよ!ゼェ、それに・・・」

「それニ・・・?」

「ゼェ、あいつらはともかく、お前に手を出した俺は間違いなくお前に殺される・・・ゲホッ、文字通り「死ぬ」ほどカッコ悪いとこを見せたくなんかねぇのさ・・・ぐっ」

「キヒヒヒヒ!わかってるじゃあないカ!」

狂喜を見せる女のヘアピン、その右端の一つが、血のように赤く輝く。

祟り女の手たたりめのて!」

声と同時、警官の背後に赤い腕が現れる。

「っ!身体強化以外にも力が・・・?!」

ドンッ

突き飛ばされた警官が、正面に構える女に向かって吹き飛ばされる。

「お前ハ、一般人のようだガ、特別に見せてあげるヨ・・・」

「ひっ・・・」

「キヒヒヒッ!最後に良い顔をしたネ!」

目を見開いて叫んだ女が、両手を僅かに開いて前に屈む。
その状態で、続けて右手を振りかぶる。

「・・・呪衝撃インパクト

メキッ

つき出された右手が、何か固いものが折れるような音を―

―命が消える音を鳴らした。


ドオォォォォオンッ!!!


衝撃とともに一直線に飛ばされた人体が、パトカーに激突。
周囲に血の跡を着けながら、パトカーは石塀をぶち破った。


―――――――――――――――――――――――――


神河輪人、参戦。


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