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バミューダ・トリガー

梅雨姫

二十九幕 受け継がれる記憶


すずの故郷である清泉村きよいむらまでは、バスで高速道路を経由して行っても片道一時間半はかかる道のりだ。

彼女の両親は以前、少し都会よりの町へ引っ越した後に鈴の身の回りを消し飛ばした《バミューダ》による爆発に巻き込まれて消えた。

清泉村は総人口五十名にも満たない、小規模であり、それ故にのどかな村だ。
帰ったところで、そこに特別久しくしている友人がいたりするわけではない。

鈴はただ、墓参りをするためだけに今日の帰郷を決めた。

鈴の《トリガー》は、である。
以前、神河輪人にダジャレかと突っ込まれたことがあったが、そういうわけではない。
その鈴は、彼女が《バミューダ》に遭うよりも半年前に亡くなった、祖母からもらったものである。

鈴の祖母はとても優しい人だった。


――――――――――――――――――――――――

両親が共働きで、休日は祖母と生活することが常であった私は、すっかりお祖母ちゃんっ子に育っていった。

私がまだ、小学校低学年だったあの日。

お祖母ちゃんは縁側に座って、草花が風になびく庭を眺めていた。




おばあちゃん、なにしてるのー?


ああ、鈴かい?これはねぇ、生き物の「声」を聞いているんだよ


声?誰とおしゃべりしてるの?


今は、そうさねぇ・・・鈴、あの梅の木が見えるかい?


きれいな白い花が咲いてる木?


そうそう、その木の枝に雀がいるでしょう?


すずめ・・・鳥さんのことでしょ?


そうさ、今、あたしゃあの鳥さんの声を聞いているんだよ


ふぅん、おばあちゃん、すごいね!


鈴にも、いつか聞こえるさ―

―生き物の命を、大切にしてればねぇ



―――――――――――――――――――――――――


清泉村は、標高三百数十メートルに位置しており、麓のバス停から、徒歩二十分ほどの道のりを行く必要がある。

「ふう、ついたぁー」

鈴は、人か獣にしか登れないような細い道を登りきり、一息ついた。
本来ならば、大型車でもぎりぎり通れるほどの車道が続いている、正規の道を登る。
しかし、ひとが一人登る場合には、この細道が最短ルートとなる。

周囲を見渡すが、また数軒、空き家が増えたように思えた。
現在も人が住んでいる家は二十軒前後、人口は四十人程であろうか。

「大分減っちゃったなぁ・・・」

一言呟き、鈴は、かつて祖母が住んでいた家に向かう。

祖父の話をしていなかったが、鈴の祖父は彼女が生まれるよりも前に亡くなっていたため、鈴自身、顔も声も、見たことも聞いたこともなかった。

「・・・ただいま、お祖母ちゃん」

瓦屋根の、古民家。
さながら現在の怪校のような佇まいのその家こそ、鈴の、今は亡き祖母の家である。
帰郷の機会などめっきりと減ってしまった上に、鈴以外に家や庭の手入れをする人がいるはずもない。
最後に見たときよりも、要所要所に時間の経過を思わせる荒廃の影を見てとれた。

鈴は雑草が足に触れるのも気にせず、真っ直ぐに玄関へと歩いていった。

ガラガラッ

さすがにまだ不便なく開閉する扉を開き、古民家特有の畳の香りが染み付いた部屋を覗き込む。

(・・・これって、不法侵入じゃ無いわよね)

きわどい点に気づきながらも、靴を脱いだ鈴は、居間に足を踏み入れる。

たとえ法に触れていたとしても、こんな山に警察など来るはずもない。
つまるところ、法がどうこうという些細なことに気兼ねするだけ無駄というものだ。

「この縁側に座ってたのよね・・・懐かしい」

縁側に腰かけて、庭を眺める。少し背の伸びた梅の木が、冷たい風に揺られていた。

(なんだか、懐かしいな・・・)

しばらくの間眺めていると、枝に小さな何かがくっついているのが見てとれた。

(あれは・・・梅のつぼみ?)

実際、枝にはいくつもつぼみが付いていた。
今は二月の上旬。梅の樹に蕾が付く事には何の疑問もない、まさに時期まっただ中だ。

しかし、鈴の目は、丸々とした梅のつぼみとは違ったものを捉えていた。

(細長くて、大きい・・・?)

あまり見慣れない形に、鈴は思わず縁側におろした腰を浮かせ、靴下のままで一歩、二歩と梅の木へと近づいた。

梅のつぼみよりも大きく、縦に長い。
アーモンドのような形をしたそれは、樹皮の欠片をかき集めたような質感と色をしていた。

(!、これは・・・蓑虫みのむしね)

そう、寂しい庭に生える梅、その枝に付いていたのは、蓑虫であった。

(よく見ると、一匹じゃないわね)

他の枝に目を移すと、そこにも蓑虫がいた。鈴が見つけたものより一回り小さいものが、五、六匹。

(あっ、こんなとこにも)

ふと下を見ると、それが地面にもあることに気づいた。

しゃがみ込み、観察する。

(え、この蓑虫は・・・)

地面に落ちていた簑。

しかし、この状況が、蓑虫にとって何を意味するのか、鈴は何故か知っていた。

生命を感じなかった。


「あれ、何で私は・・・」

目頭が熱くなるのを感じた。
視界がぼやける。

(何で・・・どうして?)

吹けば転がるような、こんな虫に感情移入したことなど、今まで一度もなかった。

「私は、泣いてるの・・・」




涙。

或いは、亡き祖母への想いが溜まっていたこともあったかもしれない。

伝えたいことを伝えられない相手が居るということは、十中八九、悲しいことである。

久方ぶりの帰郷に、寂寥の念が溢れるのは仕方のないことなのかも知れなかった。


―――――――――――――――――――――――――


《生き物の命を、大切にしてればねぇ》


―――――――――――――――――――――――――



―チリィン


《鈴》の音は小さく、現在進行形で涙を堪える鈴の耳には入らなかった。



―――――――――――――――――――――――――



十数分後。

縁側から室内へと戻った鈴は、迷う素振りもなく玄関へと向かった。

靴を履き、玄関の扉を横に引く。

ガラガラッ


「またね、お祖母ちゃん。お墓参り、忘れてないから安心してよね」


祖母の家であった場所を去るにも拘らず、鈴の表情は僅かばかり晴れ晴れとしていた。

それは、鈴本人にも自覚のないほどに小さな変化であるに違いは無かった。

しかし同時に、彼女と彼女の祖母にとって、それはとても大きな意味を持つ変化であるのも確かであった。






―思いの強さが、能力ちからに変わる―


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