バミューダ・トリガー

梅雨姫

十五幕 違和感


「やつらが来るなら、正面からだと思う」

予告された時間が近づき張り詰めた空気のなかで、俺はひと言、そう言った。
根拠は二つ。

一つは、対能力者組織スキルバスターからの予告が偽りのないものであるとするならば、彼らは「警察署」を襲うと明言していたこと。
警察署の裏手は路地が多く戦闘に向かないため、正面から攻めるのが妥当であると考えるだろう。

そしてもう一つは、対能力者組織は俺たちの学舎「怪校」が、地下にあることを知らないと思われること。警察署はエントランスから階段やエレベーターを使って上階へ上がることができる。
そのため事実、正面からだと突入経路を確保しやすい。
無論、敵が俺たちの考えを読んで行動することも十分あり得るため、油断はできないが。

「ハッ、もう前みてぇに手こずってなんかやらねぇぜ」

そう言ったのは、覚悟と自信を宿らせた双眸で怪校の正面入り口を見据えている翔斗だ。
ただ一人の力で敵の襲撃者一人に打ち勝った、少なくとも高校生二年部では唯一の生徒。
これまでの二度の襲撃からして、敵の攻撃のパターンがそう多くは無いことが予想される。

一度戦闘をした翔斗は、此度の防衛戦、魔能力戦バミューダバトルにおいて、戦闘の要となる。

「頼りにしてるよ、翔斗くん」

翔斗よりやや後方。
警察署本署を出てすぐの位置に控える諒太は、隣に妹の京子を連れて立っている。

もうすっかり見慣れた(・・・というかむしろ見飽きた)シスコンを遺憾なく発揮して健闘していただきたい。

まあ、この二人は互いを大切に思う気持ちが世界一強いため、いざ戦闘となったときにお互いが傷つく可能性がある「戦闘」に、積極的に加わるかどうかは疑問だが。

(実際、二つも年下で中三の京子を戦わせたくもないのだが・・・)

戦闘に向く能力である以上、最善を尽くしてもらうしかない、か。

高校生三年部の生徒は、中学生三年部の戦闘派の生徒(植原 京子を除いた一名)と、高校生一年部の戦闘派の生徒(能力を覚醒していない武石 秀雅を除いた二名)と共に、地下の訓練場で待機している。

三年部の生徒は皆、それぞれ強力な能力を習得しているそうだ。
ただ一人、後方支援・・・特に回復において超常的な力を備えているという、宮中 大黒みやなか だいこくだけは、訓練場と繋がった多目的エリアで待機をしているというが。
俺も一度、ついさきほど作戦の流れを話し合う場で彼とは顔を見合わせたのだが、本当に高校生なのかを疑ってしまうほどに、なんというかこう―

―老けていた。

言い忘れていたが高校生二年部の生徒は全員、警察署本署の出入り口を出てすぐの場所に位置した、署職員用駐車場にいる。

作戦の手始めに、敵を地下の訓練場へと連れ込むために、囮の役目を担っている。危険性が高いが、だからこそ人数的に他クラスを大きく上回る高校生二年部が選出された。
敵を連れ込む手順その一で敵を地下まで誘導するために使うのは、あるトラップだ。それは極めて古典的なものである。が、しかし。それであるからこそ―

緊迫した環境で、敵が集中してこちらの出方に気を配っているときに、最たる効果を発揮する。


「時間だ」


携帯を手にして立っていた秋仁が、午後八時を指す画面を確認して辺りに目配せする。普段は気だるそうに開いている目を凝らして、辺りの様子に気を配る。


刹那。
暗く染められた警察署の正面駐車場に、夜のそれより黒く輝く―

―翼が現れた。


さながら昆虫かコウモリの大群が飛び立つように、一対の翼が闇に溶けていく。
後に残るのは、俺たちよりも少しだけ年上であるくらいの二人の青年であった。整った鼻筋と、髪から垣間見える切れ目が印象的な顔立ち。執事のそれのような、タキシードを思わせる服装。細くもしっかりとした、猫科の哺乳類を思わせる華奢であり戦闘に特化した体格。
そのどれをとっても見分けのつかない程に、よく似た二つの姿。

「我等、貞命さだめ時々これちか、五影兄弟」

「里音様の命によりお前らを一掃する」

寸分違わず揃った動作で恭しくお辞儀をする二人の手には、いつの間にか黒い拳銃が握られていた。

「っ!!皆、伏せろ!」

咄嗟に「風読」を発動した翔斗が叫ぶ。
直後。
滑るような挙動のもと放たれた、闇に溶け込む二発の弾丸。
黒く尾を引くそれは、最前列に並んでいた高校生二年部の戦闘の要である翔斗と影近を一撃で居抜いた。被弾した二人は為す術もなく膝から崩れ落ちる。

頭のなかを空白がよぎる。


「・・・・・・っえ、」


「翔斗くんっ!!」
「黒絹っ!」
「影近ぁあ!!」


倒れ伏す二人に駆け寄るには―

―あまりに沈黙が長すぎた。

カシャンッ

怪校の生徒が動揺する間を逃すまいと、二人の青年はマガジンを取り換える音だけを残して闇を駆ける。
たて続けに、非戦闘派の零と鈴が撃ち抜かれ、地面にうち伏せ横たわる。

「諒太!京子と儚を護れっ!!」

俺は言い放ち、無言の視線を了解の意と取るや明日香と秋仁を庇い、前に立つ。

「能力も発動出来ないとは・・・」

「・・・不憫だが、仕方のないことだ」

五影兄弟が怪訝と困惑を見せたのは一瞬。二人の銃口、その黒い拳銃の射線に完全に捉えられる。

(・・・殺されるっ!!)

その瞬間、戦場となっていた駐車場に異変が起こった。それこそ瞬くほどの僅かな時間。五影兄弟が駆けていたアスファルトの地面が、二人の進路を断つように中心で二つに割れる。古典的であり、かつ、緊迫した状況でこそ真価を発揮する罠、「落とし穴」が発動した。

「なんだこれは!?」

「貞命兄さん!」

足場を失った五影兄弟は重力に従って、割れた駐車場ー

―その真下にある、俺たちにとっては大本命の応戦の舞台、訓練場へと落ちていく。


「ちっ、遅すぎるんだよ。どうなってんだ」

仲間を撃たれた腹癒せか、確かに発動の遅れた罠に秋仁が毒づく。

「それより、早く撃たれた皆を大黒先輩のもとへ運ぶぞ!」

地下の訓練場には戦闘派の生徒もいる。場所の都合上俺たちが駆けつけるのも少し遅れる。この場において何よりの優先事項は、負傷した皆を治療できる多目的エリアへ連れていくことだ。

「輪人くん、他の非戦闘派の皆は僕と京子で安全を確保しながら、地下の皆と合流しよう!」

諒太の判断は適切だ。俺たちの警護は植原兄妹に任せた方が良いだろう。

「輪人くん、早く皆を・・・?」

横たわる皆に目をやり言葉を切る明日香。

(一体、何を?)

そこで、気がついた。

「おい神河、黒絹たちの傷は・・・」

同時に同じことに気づいたらしい秋仁が困惑した表情を向ける。
倒れた高校生二年部の生徒。その誰もが、一滴の血を流すこともなく・・・・・・・・・・・・一切の外傷を負っていなかった・・・・・・・・・・・・・・

「・・・どういう、事だ?」

何故、外傷がないのか。

何故、皆は倒れたのか。

何かがおかしい。

怪校を襲った「対能力者組織スキルバスター」の、本当の目的。

少なくともそれは、どうやら怪校の生徒の壊滅ではないらしい。


―何か事情が、裏がある。


そんな違和感を覚えた俺たちには、しかし、倒れた皆を抱えて走る以外に選択肢がなかった。


―――――――――――――――――――――――――


戦場は訓練場へと移る。




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