バミューダ・トリガー
九幕 輪人・メモリアル・ブースト
侵入してきたのは、以前俺を襲うために何者かから送られた、能力者の代市 冬と同じく、黒いグローブを着けた青年。明日香の母親は、玄関に倒れ伏し、ピクリとも動かない。
「お母さん!!」
明日香の声が響く。
怪しく微笑む青年は、状況を把握しかねている明日香に目をやり、一層満足げに笑みをつくる。
しかし、その笑みはすぐに消え、不満気な様子で俺の方を見てきた。
「あらま。今、家には母親と二人だと聞いてきたのですが・・・」
(やっぱり俺の時と同じだ・・・こいつは何らかの手段をを使って明日香の情報を得ている・・・!)
そんな思考の間に襲撃者の青年は、何かを思い出したかのように手を打った。
「おや!貴方は知っていますよ!神河 輪人君ですよねぇ?いやぁ、なんという巡り合わせか。冬君が殺し損ねた能力者さんに、こんなところで出会えるとは!」
決定的な言葉を聞いた。やはり代市 冬と、この少年には繋がりがある。例え僅かであっても、この突然の襲撃の真相が知りたい。
しかし、それを知るためには避けられない事があった。
(こいつを、倒さねぇと・・・!)
だがそれを成す過程に問題がありすぎる。
1つは場所。ここは明日香の家であり、住宅地だ。俺の時よりも住居が多く立ち並んでいるため、被害が大規模に及ぶ可能性が十分にある。
2つ目に、明日香の母親のこと。明日香の母親は玄関で倒れている。敵が、グローブを用いて攻撃したのであれば、重症であるに違いないため、処置は急を要する。
3つ目に明日香のこと。母親は倒れ、得体の知れない男が家に侵入し、精神的に不安定である。その上、どうやら相手の標的は明日香だ。
そして、4つ目にして最大の問題は、今この場に、能力者を相手にして十分に戦える戦力が無いことだ。
(明日香や、明日香の母親をこれ以上危険な目に合わせないためにはどうすれば・・・)
全力で考えるも、何も作戦が浮かばない。
そして、侵入してきた青年も待ってはくれなかった。
「大丈夫ですよぉー僕は冬君程不器用じゃありませんからっ!」
言うが早いか、グローブに宿ったエネルギー
が、青年の指先で集束し、鋭利なナイフを思わせる黒い刃を形作る。
それを躊躇なく振りかざし、切先を明日香に目掛けて猛進する。
玄関に通じる廊下から、俺たちまでの距離など知れている。一瞬で明日香の目と鼻の先まで迫る。
明日香はというと、放心した様子で固まっている。
(まずいっ!!!)
とっさに明日香を目掛けて手を振りかざし、彼女をつき飛ばすことで攻撃を回避させる―
はずであったのだが。
ズシャッ
「遅いよ、神河君。何もかも」
悪魔の声が響いた。
左手に鋭い痛みが走る。
空白に支配されていた意識を取り戻し、明日香を守りたい一心でつき出した左手を見る。
青年のグローブから突き出た刃は、俺の左の手のひらを貫通し、明日香の胸を貫いていた。
「ハイッ、残念でしたね、輪人君」
愉しそうに口を歪める青年は、乱暴に刃を引き抜く。
自分の左手の痛みなど忘れ、力なく倒れる明日香を抱き止める。
「あ・・・輪、、、人、、く」
明日香はかすれるような声を発する。
だが、その言葉を言い終えることなく、焦点を合わせられなくなった瞳が閉じられる。
体温が、失われていく。
もう明日香は助からないと、こんな時ばかり無駄に優秀な本能が伝えてくる。
気が遠くなる。
(は?死んだ?明日香が?)
とても大切なものを失った感覚。
厄魔事件《バミューダ》で家族を失ったときと同じ喪失感。
でも今回は、前とは決定的に違う。
俺は目にしていた。
敵の持つグローブに、人を殺す程の力があるという事実を。
俺は知っていた。
再び敵の襲撃があるかもしれないという、可能性があることを。
明日香を、守ることができたはずなのに、守れなかった。
救えた筈の大切な人を―
拾えた筈の大切な命を―
取りこぼした。
震える手に涙が落ちる。
そして、明日香を手にかけた悪魔が、絶対に発してはいけなかった言葉を口にする。
「あのぉー輪人君?随分長いこと抱きかかえていますがー、その子はもう、死んじゃってると思うんですけど?」
俺の中の人間らしさが壊れた。
今までに感じたことの無い無力感と、大きな穴が空いたように空虚な感情。
それを埋め尽くして余りある「憤激」が、頭のなかを蹂躙した。
目が熱い。
耳が熱い。
腕が、足が、熱い。
体が熱い。
心が熱い。
「なぜ、そんなに不機嫌なのですか?」
―うるさい。
「あぁ!そうですね、分かりました!自己紹介が遅れたからですね?!」
―うるさい。
「僕は千葉 逸っていいます!」
「黙れ」
何故か落ち着いている俺がいた。
それはきっと、目的が定められたからである。冷静に、確実に、千葉 逸を殺すという、目的が。
「は?急に何を言ってるんですか?ってか、黙るのは貴方の方ですよ。ついでなんで、貴方も殺しておくことにしましたから」
そう言うと再び、黒く光るエネルギーが刃を形成した。それも両手に3本ずつ。
その一つ一つが人体を裂く、死の刃。
「黒炎造形術式・死刃射!」
そう言い放つと、形成された刃のうちの1つが、一直線に放たれた。
俺は反射的に横へ飛んだ。
肩を床に打ち付け、鈍い痛みにうめいた。
そのとき―
俺の目は、にわかには信じがたい光景を写した。俺の手の中で、確かに体温を失ったはずの明日香の指が―
(・・・動いた・・・?)
願望が、幻覚でも見せたのかもしれない。
執着が、空想を描いたのかもしれない。
(だが、そうでないとしたら?)
(明日香にまだ生きる可能性があったら?)
そこまで思考したとき、俺は失われた理性の片鱗を取り戻した。
明日香を助ける。
叶わなかった願い。
三度目は無いかもしれない。
二度目の、正直だ。
やることは変わらない。
冷静に、確実に、千葉 逸を、倒す。
人間らしさを取り戻した輪人に向かって、逸の二発目が放たれる。
さっきかわせたのはまぐれだ。俺なんかの身体能力では、完全にかわし切る事は出来ないだろう。頭を低くして床を転がるも、左手を刃が掠めた。
刹那―
左手に結んであった「ミサンガ」が
切れた。
左手を掠めた刃は背後の壁に突き刺さり、生まれた衝撃で前のめりになる。それと同時に、切れたミサンガは前方、逸に向かって吹き飛ばされた。
――――――――――――――――――――
輪人、輪人!ミサンガ作ったよ
ミサンガ?何で?
だって何か可愛いし!それに、これが切れたとき、かけてた願い事が叶うんだよ?
高校生だからそれくらいなら知ってるよ。ま、本当かどうかは分からないけどな
じゃ、輪人!願い事何にする?
俺は今、十分幸せだし、特に願うこともないかな
じゃあ、願い事は決まったね
え?・・・あっ、そうだな
《こんな時間が
これからも続いていきますように》
じゃあ私も―
ゴァッ!ドオオオオオォォン・・・
――――――――――――――――――
これは―
(《バミューダ》直前の、俺の記憶?―)
翔斗の言っていたことが正しければ、記憶を取り戻した、俺は今―
「輪人君、これなぁに?ミサンガ?」
挑発的になった言葉とともに右手を掲げる逸は、先程の攻撃によって切れた俺のミサンガを握っていた。
「お母さん!!」
明日香の声が響く。
怪しく微笑む青年は、状況を把握しかねている明日香に目をやり、一層満足げに笑みをつくる。
しかし、その笑みはすぐに消え、不満気な様子で俺の方を見てきた。
「あらま。今、家には母親と二人だと聞いてきたのですが・・・」
(やっぱり俺の時と同じだ・・・こいつは何らかの手段をを使って明日香の情報を得ている・・・!)
そんな思考の間に襲撃者の青年は、何かを思い出したかのように手を打った。
「おや!貴方は知っていますよ!神河 輪人君ですよねぇ?いやぁ、なんという巡り合わせか。冬君が殺し損ねた能力者さんに、こんなところで出会えるとは!」
決定的な言葉を聞いた。やはり代市 冬と、この少年には繋がりがある。例え僅かであっても、この突然の襲撃の真相が知りたい。
しかし、それを知るためには避けられない事があった。
(こいつを、倒さねぇと・・・!)
だがそれを成す過程に問題がありすぎる。
1つは場所。ここは明日香の家であり、住宅地だ。俺の時よりも住居が多く立ち並んでいるため、被害が大規模に及ぶ可能性が十分にある。
2つ目に、明日香の母親のこと。明日香の母親は玄関で倒れている。敵が、グローブを用いて攻撃したのであれば、重症であるに違いないため、処置は急を要する。
3つ目に明日香のこと。母親は倒れ、得体の知れない男が家に侵入し、精神的に不安定である。その上、どうやら相手の標的は明日香だ。
そして、4つ目にして最大の問題は、今この場に、能力者を相手にして十分に戦える戦力が無いことだ。
(明日香や、明日香の母親をこれ以上危険な目に合わせないためにはどうすれば・・・)
全力で考えるも、何も作戦が浮かばない。
そして、侵入してきた青年も待ってはくれなかった。
「大丈夫ですよぉー僕は冬君程不器用じゃありませんからっ!」
言うが早いか、グローブに宿ったエネルギー
が、青年の指先で集束し、鋭利なナイフを思わせる黒い刃を形作る。
それを躊躇なく振りかざし、切先を明日香に目掛けて猛進する。
玄関に通じる廊下から、俺たちまでの距離など知れている。一瞬で明日香の目と鼻の先まで迫る。
明日香はというと、放心した様子で固まっている。
(まずいっ!!!)
とっさに明日香を目掛けて手を振りかざし、彼女をつき飛ばすことで攻撃を回避させる―
はずであったのだが。
ズシャッ
「遅いよ、神河君。何もかも」
悪魔の声が響いた。
左手に鋭い痛みが走る。
空白に支配されていた意識を取り戻し、明日香を守りたい一心でつき出した左手を見る。
青年のグローブから突き出た刃は、俺の左の手のひらを貫通し、明日香の胸を貫いていた。
「ハイッ、残念でしたね、輪人君」
愉しそうに口を歪める青年は、乱暴に刃を引き抜く。
自分の左手の痛みなど忘れ、力なく倒れる明日香を抱き止める。
「あ・・・輪、、、人、、く」
明日香はかすれるような声を発する。
だが、その言葉を言い終えることなく、焦点を合わせられなくなった瞳が閉じられる。
体温が、失われていく。
もう明日香は助からないと、こんな時ばかり無駄に優秀な本能が伝えてくる。
気が遠くなる。
(は?死んだ?明日香が?)
とても大切なものを失った感覚。
厄魔事件《バミューダ》で家族を失ったときと同じ喪失感。
でも今回は、前とは決定的に違う。
俺は目にしていた。
敵の持つグローブに、人を殺す程の力があるという事実を。
俺は知っていた。
再び敵の襲撃があるかもしれないという、可能性があることを。
明日香を、守ることができたはずなのに、守れなかった。
救えた筈の大切な人を―
拾えた筈の大切な命を―
取りこぼした。
震える手に涙が落ちる。
そして、明日香を手にかけた悪魔が、絶対に発してはいけなかった言葉を口にする。
「あのぉー輪人君?随分長いこと抱きかかえていますがー、その子はもう、死んじゃってると思うんですけど?」
俺の中の人間らしさが壊れた。
今までに感じたことの無い無力感と、大きな穴が空いたように空虚な感情。
それを埋め尽くして余りある「憤激」が、頭のなかを蹂躙した。
目が熱い。
耳が熱い。
腕が、足が、熱い。
体が熱い。
心が熱い。
「なぜ、そんなに不機嫌なのですか?」
―うるさい。
「あぁ!そうですね、分かりました!自己紹介が遅れたからですね?!」
―うるさい。
「僕は千葉 逸っていいます!」
「黙れ」
何故か落ち着いている俺がいた。
それはきっと、目的が定められたからである。冷静に、確実に、千葉 逸を殺すという、目的が。
「は?急に何を言ってるんですか?ってか、黙るのは貴方の方ですよ。ついでなんで、貴方も殺しておくことにしましたから」
そう言うと再び、黒く光るエネルギーが刃を形成した。それも両手に3本ずつ。
その一つ一つが人体を裂く、死の刃。
「黒炎造形術式・死刃射!」
そう言い放つと、形成された刃のうちの1つが、一直線に放たれた。
俺は反射的に横へ飛んだ。
肩を床に打ち付け、鈍い痛みにうめいた。
そのとき―
俺の目は、にわかには信じがたい光景を写した。俺の手の中で、確かに体温を失ったはずの明日香の指が―
(・・・動いた・・・?)
願望が、幻覚でも見せたのかもしれない。
執着が、空想を描いたのかもしれない。
(だが、そうでないとしたら?)
(明日香にまだ生きる可能性があったら?)
そこまで思考したとき、俺は失われた理性の片鱗を取り戻した。
明日香を助ける。
叶わなかった願い。
三度目は無いかもしれない。
二度目の、正直だ。
やることは変わらない。
冷静に、確実に、千葉 逸を、倒す。
人間らしさを取り戻した輪人に向かって、逸の二発目が放たれる。
さっきかわせたのはまぐれだ。俺なんかの身体能力では、完全にかわし切る事は出来ないだろう。頭を低くして床を転がるも、左手を刃が掠めた。
刹那―
左手に結んであった「ミサンガ」が
切れた。
左手を掠めた刃は背後の壁に突き刺さり、生まれた衝撃で前のめりになる。それと同時に、切れたミサンガは前方、逸に向かって吹き飛ばされた。
――――――――――――――――――――
輪人、輪人!ミサンガ作ったよ
ミサンガ?何で?
だって何か可愛いし!それに、これが切れたとき、かけてた願い事が叶うんだよ?
高校生だからそれくらいなら知ってるよ。ま、本当かどうかは分からないけどな
じゃ、輪人!願い事何にする?
俺は今、十分幸せだし、特に願うこともないかな
じゃあ、願い事は決まったね
え?・・・あっ、そうだな
《こんな時間が
これからも続いていきますように》
じゃあ私も―
ゴァッ!ドオオオオオォォン・・・
――――――――――――――――――
これは―
(《バミューダ》直前の、俺の記憶?―)
翔斗の言っていたことが正しければ、記憶を取り戻した、俺は今―
「輪人君、これなぁに?ミサンガ?」
挑発的になった言葉とともに右手を掲げる逸は、先程の攻撃によって切れた俺のミサンガを握っていた。
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