バミューダ・トリガー

梅雨姫

七幕 禁断の部屋


青く澄み渡る空。

風に揺れる草花。

・・・うだるような暑さ。

夏も本番といった調子で、ギラギラと照りつける太陽は、俺たちの肌を焼きながら今日も高々と浮かんでいる。
これほどの暑さにも関わらずまだ時刻は正午を過ぎていないのだから、気が滅入ってしまう。
ちなみに俺は今、商店街を抜けて国道沿いに歩いている。家からさほど遠いわけでもないのだが、インドア度が八割五分の俺にしては滅多にない遠出だ。
わざわざこんなところまで来たのには理由がある。
先日、翔斗 しょうとと話したときに掴んだ可能性。

翔斗が最後に発した言葉―

「俺も、冬ふゆみてぇに能力を使ったんだ・・・・・・・・

そう、《バミューダ》の被害者であり、《トリガー》を持つ俺たち「怪校」の生徒が、
襲撃者「代市 冬しろいち ふゆ」のように、何らかの能力を発揮できるかもしれないという可能性。
それは、いつまた訪れるかもしれない襲撃を防ぐことができるかもしれないという可能性であった。
この情報は、俺と翔斗が知っているだけでは意味がない。翔斗の話が正しければ、能力を発現する可能性は、《トリガー》を持つ俺たち全員が秘めているはずだ。
それは、怪校の生徒全員が知っておくべきことである。

と、いうわけで。

俺は今、クラスメイトである明日 明日香ぬくい あすかに会うために・・・では断じて無く、一人の生徒である彼女に情報を伝えるために、国道沿いの住宅地を目指して歩いている。
もっと近くの生徒はいなかったのかって?
いなかったよ。うん、いなかった。

(・・・5、6人ぐらいしか)

なぜ彼女の住所を知っているのかって?
俺たち怪校の生徒にはお互いのことが結構詳しく伝えられるのさ。

(尾行とかしてないからな?)

俺は、頭のなかで架空の敵に様々に言い訳をしながら足を進めた。
明日香の《トリガー》は確か、ミステリー小説『奇想事件簿』だ。不可能事件や完全犯罪等を題材にしたフィクションで、読み進めるほどにのめり込んでしまう、読んでいてとても楽しい作品だ。
俺も気に入って何度か読み返した本である。そのため今日は、もしかするとその話で、明日香と幸せな会話を楽しむことができるかもしれないのである。

数分がたった頃だろうか。
俺は、明日香の住む家がある住宅地に着いた。明日ぬくいという苗字は珍しいので、表札はすぐに目に留まり、彼女の家は簡単に見つけることができた。
住宅地に建てられた家としては珍しく、広々とした庭があり、管理の行き届いた芝生や植え込みの花が、陽の光を浴びて青々と輝いている。
明日香と能力の事について話すため、俺は僅かに緊張しながらインターホンを押した。

「はいー」

スピーカー越しに聞こえる声は、明日香のものより少し低く、間延びしていた。
少しだけ、紗奈に似ているような気がした。

(明日香の声じゃないな・・・)

声色から察するに、明日香の母親だろうか。
明日香を中心に引き起こされた《バミューダ》は、破壊のエネルギーによって人を巻き込まなかった、数少ない例だ。
ちなみに、その数少ない例とは全部で二件であり、そのどちらも俺の身近にいる生徒の事なのだが。

詳しくは聞いていないが、明日香の場合、一人で本を読んでいるときに《バミューダ》が起きたらしい。
親族も誰一人として失っていないため、つまるところ明日香は、今でも普通に両親と暮らしている。まあ、怪校に通っている時点で普通とは言いがたいのだが。

「こんにちは。明日香さんと同じクラスの神河です。明日香さんと少し話したいことがあって訪ねたのですが、今、明日香さんはいますか?」

「あら、明日香のお友達ね。ごめんね。あの子、今部屋でぐっすりなのよ」

(ぐっすり・・・ってことは、寝てんのか?)

少し驚いた。
今は、まもなく太陽が高く上る昼時である。夏休みであるとはいえ昼まで寝ているというのは、天然だが真面目な、明日香の普段のイメージとは少し違っていた。
まあ、なんにせよ、寝ているというのに無理に押し入るわけにもいかない。
期待が泡のように消えてしまい、大変心の内が盛り下がるが、ここは出直すとしよう。

「そうでしたか。では、また時間をおいて訪ねます」

「あ、ちょっと待ってちょうだい。ええと、神河君」

インターホン越しにそう言い残すと、今度は家の中から足音が聞こえてきた。玄関のドアの向こうまで音が続いたかと思うと、気持ち強めにドアが開け放たれた。
明日香とよく似た顔立ちの、主婦らしき人物がそこにいた。

そして言葉を紡ぐ。

「せっかくだし、あがっていきなよ」

「えっ?いいんですか」

「そうだ!ついでだからさ・・・」

「はい?」

「明日香の部屋にあがってから、明日香を起こしてきてくれない?神河君も、明日香に用があるのよね?」

(・・・・・・・)

「ほえっ?!」

いったい明日香の母親は、今、何と言ったのだろうか。明日香の部屋にあがれ・・・・・・・・・・と言ったのか?本気なのだろうか?俺は確かに明日香に用がある。だが、睡眠中の女子の部屋に上がるなど女子(とくに明日香)に免疫のない俺には厳しすぎる。
そう、俺は、明日香の部屋に上がりたいなどこれっぽっちも思っていないのだ。

・・・いや、それほど思ってはいないのだ。

まあ、実を言うと4対6くらいの割合で上がりたいと思っていたりはする。

・・・というか!正直10対0で上がりたいと思っている。

(しかし、しかしぃ・・・!!)


―――――――――――――――――――――――――


あの葛藤から三分後。
結局、甘い誘惑に秒で負けた俺は今、俺の心のエンジェル明日 明日香ぬくい あすかの部屋に入っている。正直、背徳感が半端ではない。
しかも、それだけではない。
彼女の部屋に入ると、目の前にはやや信じがたい光景が広がっていた。
部屋にあるベッドには、首元まで布団を被った明日香が眠っていたのだ。
窓は開いているものの、クーラー等の冷房器具は使われていないようだ。それなりに暑い。
それもそのはず。ご存じの通り今は夏休み。夏真っ盛りなのだ。窓から吹き込む風すらも熱気を孕んでおり、むしろその風からは暑苦しささえ感じる。
布団をしっかり被って寝るなど、俺には決してできないだろう。

「さて・・・どう起こすか・・・」

明日香の親にも頼まれたため、早いとこ起こさないと怪しまれる。
やましい方向で怪しまれる。
となると、もう明日香を起こす他に道は残されていない。
だが、起きて真っ先に、恐らく寝顔を見られたであろうクラスの男子を見て、喜ぶ女子がいるだろうか?
いや、いない。

絶対いない。

(俺はまだ、明日香に嫌われる勇気を持ち合わせていないっ・・・!!)

俺はどうすれば良いのだろうか。明日香の親に悪く見られるのは避けたい。だがしかし、明日香自身に嫌われることには耐えられない。俺の今後にダイレクトに関わる問題に直面した俺は、結論をくだす。

「俺には無理だ・・・」

ピュアすぎるとつっこまれてもいい。
意気地無しと罵られてもいい。
俺は絶対に、明日香にだけは嫌われないように生きることを、もう決めたのだ。

(すみません、明日香のお母さんっ)

俺はそのまま、まわれ右をすると、部屋のドアノブに手をかけた。

―そのとき

「あ、あれ・・・?輪、人君?」

聞き覚えのある、しかし今までと違って、怯えた子猫のような声が背中にかけられた。

(あれ?なんだろう・・・)

真夏だというのに背中にヒヤリとしたものがはしり、俺は身震いをした。

まずい。

非常にまずい。



冬の時とはまた別の緊張が、はしった。

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