ぱらのまっ!@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

22 コンピューター室

 ――結局、彼女の家には行けなかった。俺は彼女の居ない通学路を、一人歩いた――。


「これは……酷いですね……」「目も当てられぬな。一体どうして斯様な事になったのやら」
 梓と丿卜は、目の前の、思わず目を覆ってしまいたくなるような惨状に呆然とするしかなかった。
「被害者はシステムエンジニアで、もう何日も寝てなかったそうです」「ほう……だが、うっかりでこんな事になることはあるまい?」「全くその通りですね。うっかりどころか一人では意図的にも出来ない。いえ、何人がかりでも、こんな状況を作り出すのは物理的に難しいです」
 梓の目の前には、異様で、そしてグロテスクな死体が存在していた。 腰までの死体で上半身は無く、断面はパソコンの液晶ディスプレイにぴったりとへばり付いている。同じ様に手首の断面もディスプレイにへばり付いていて、掌はがっちりと画面の縁を掴んでいる。
「上半身だけパソコンに吸われた死体……」
 梓は呟いた。この室内を右往左往している警察関係者の間では「パソコンに吸われた死体」だと、早くも名付けられている。
「上半身は、部屋のどこを探しても無うて、出血も量的に下半身からのもののみに御座るか」「はい。認証システムの履歴も、ちゃんと部屋にはこの人しか居ないようになってるです」「後は指紋か……」「多分、何も出てこないでしょうね。パソコンから放たれている霊気から考えると」「凄いのか?」「パソコン自体からは、もう霊気は発せられていませんけど、残留している霊気は相当強いです。この分だと相当長い間、霊気の跡が残るでしょう」
 梓は珍しく、苦み死を噛み潰したような険しい顔をした。
「梓よ。未然に防げなかったのは残念に御座るが、そう気に病むな」「いえ……そうじゃないんです」
 未然に防げなかった事はいくらでもある。霊現象は、基本的に突発的なもので、その兆候を察知する事は不可能に近い。でも……。
「今回は未然に防げたかもしれないです……」「……梓?」「この霊気の感じ、前に感じた事があるです」
 梓には、ずっと引っ掛かっていた事。そして、ずっと心配して来た事があった。
「この霊の中に、金本さんの部屋で感じたのと似てる霊気が混じっるです。いえ、沢山の霊気の中にあって、これだけ似ているっていう事は……多分、同じ霊気だと思うです」「ほう……」「なんとかしないと……これ以上被害が広がる前に……!」




「さあ、いよいよとっておきだぜ」
 中村は楽しそうにそう言って、コンピューター室にあるパソコンの電源を入れた。
「とっておきってお前、今まで何も無かっただろうが」
 後藤はうんざりしながら言った。今までの肝試しの道中も、中村は校舎の要所要所で小細工を仕掛けていたが、どうにもぱっとしないのだ。
「あっただろ、廊下に響く女の声とかさ」「あれ、音質悪すぎて全然怖くなかったぞ」
 携帯電話の音源だったのだろうが、どうにも声がくぐもっていて、人工の感じがバリバリした。とはいえ、素人が思いつきで肝試しを敢行しようというのだから、贅沢は言えない。後藤はこれ以上は文句を言わない事にした。
「まあ、見てろよ、これからだから……確かこれだ」「これ?」「この十六番PCで、ある動画を見ると呪われるんだそうだ」「ふうん……」「立ち上がったぞ」
 後藤の横で二人の会話を聞いていた丸山が口を開いた。 画面の起動音がし、デスクトップ画面が映し出された。暗い部屋の中で、モニターの明かりだけが明るく光る。
「ちょっと待てよ……」
 中村がインターネットブラウザを起動し、検索エンジンに「呪いの動画 カメレオン ガチ」と入れて検索した。
「これだよ」
 画面には動画サイトの動画が映し出されている。タイトルはそのものずばり「呪いの動画」だ。
「何だこれ、見たことねえな」
 丸山が言った。
「俺も見たことねえ」
 後藤も言った。
「だろ、二人が見たことなさそうなやつ見つけてきたんだ。まあ見てみろよ」
 中村はそう言って、再生ボタンをクリックした。 動画が始まると、小鳥の泣き声が聞こえる中で青空を蝶が飛んでいるシーンが流れた。蝶はひらひらと空中を舞い、カメラはそれを追いかけている。
「これ、怖いのか?」
 後藤が聞くと、中村はこくこくと軽く二回頷き、顎で画面を指して、まあ見てろと言わんばかりに動画を見るように促した。 蝶の飛ぶ穏やかなシーンが暫く続くと、突然、蝶が画面から消えた。カメラが視点を変えると、そこには蝶を口にくわえたカメレオンが、くちゃくちゃと口を動かしながら、ぴくぴくと動く蝶の羽の一部分をちらつかせている姿があった。
「いや、単なるどっきり系なだけじゃねーかよ!」「怖くないし……びっくりするだけだし……」
 後藤と丸山がそれぞれ言った。
「いやいや、これからなんだって。これはほんの序盤」
 三人が再び画面を見た。 動画は淡々と進んでいく。カメレオンの目が溶け始め、どろりとした液体となって、カメレオン自身の肌を滴っていく。 不意に画面が移り変わり、ベージュ色の床に、真上から白いどろどろの液体が垂れる所を見下ろしている映像になった。 白い液体は時間が経つにつれて床に広がっていき、床全体を覆いかけた時、垂れている液体は、赤い液体へと変わった。まるで血のようだ。本物の血みたいにどろどろしていて、どこか生々しい。 元からあった白い液体と混ざり合ってもなお真っ赤なそれは、白い液体を侵食するように画面全体を覆っていき。やがて完全に画面全体を赤で満たした。 すると、赤い液体で満たされた画面に、白いつぶつぶが浮かんできた。それは白く細かい卵のようで、赤い液体のそこかしこから次々と浮かんできている。 それは僅かに、くねるような動きを見せた。まるで蛆、白くて小さい蛆が浮いている様だ。
「まあ、こんな感じなんだけどさ」
 中村が言った。
「なんか、怖いってより、気持ち悪い動画だったな」
 丸山が不本意げな顔を浮かべた。
「さ、帰ろうぜ」
 何かをやり遂げたかのように、自慢げに中村が言った。が、後藤はそこを離れようとはしなかった。
「待てよ、まだ終わってないじゃん」「いや、これで終わりだぞ、この動画」
 動画を紹介した張本人の中村が否定したが、後藤は画面を指差し、さらに言った。
「いや、まだ動いてるぞ、ほら」「あれ? なんだこれ」
 動画の表示されている画面の下、動画の進行状況を表すシークバーが、終点を突き抜けてスライドしている。
「バグか?」
 丸山は再生時間を見た。左側の現在の時間が、右側の全体の再生時間の値を越えている。
「うおおっ!」
 後藤は驚いた。動画の中の水が、徐々にそこからあふれ出て、ブラウザを、更にはデスクトップをも覆い隠そうとしている。
「停止、停止!」
 中村は、辛うじて浸水していない再生ボタンを押して、動画を停止させようとした。が、反応が無い。
「ブラウザ閉じろよ」
 後藤が言い、中村は言われた通りに閉じるボタンを押したが、やはり反応しない。
「コントロール、オルト、デリートは?」
 丸山が言った。
「何?」
 中村が聞き返した。
「タスクマネージャーから強制終了させるんだよ。ちょっと変わってみ」
 丸山は中村と位置を入れ替わると、キーボードのコントロールボタン、オルトボタン、デリートボタンを同時に押した。すると、画面にタスクマネージャーのウィンドウが表示された。
「キー入力は受け付けるのか。たちの悪いフラッシュだなぁ」
 丸山が中村を振り返り、そう言った。
「いや、早くしないとやばいぞ、それも沈む」「へ?」
 中村の言葉を不思議に思った丸山は、ディスプレイの方を視線を戻した。
「うわ、何だ、こりゃ」
 タスクマネージャーのウィンドウに、周りの赤い液体が覆いかぶさっていく。まるで新たに浮かんだ島が、浮かんだそばから沈んでいくようにだ。 丸山はオルトキーとF4キーを同時に、何回も押して、全てのウインドウを強制的に閉じようとした。が、反応が無い。
「駄目だ、こりゃもうウイルスだよ」
 画面は赤い水と白いつぶつぶに満たされ、キーが効いているのかも分からない。
「こりゃあ、電源を切るしかないな」
 丸山は電源を切ろうとパソコンの画面から目を離した。電気が消えている暗い部屋がパソコンの真っ赤な画面の光に照らされて、まるでこの部屋全体を異様な雰囲気が支配しているようだ。 丸山は、そんな光景を気にする間も無く電源に手を伸ばした。そして、指先が電源ボタンに触れようとした時、悲鳴が上がった。
「うわぁっ! うわぁぁぁ!」
 悲鳴の主は後藤だ。
「どうした!?」
 中村が振り返ると、後藤は恐怖に駆られた顔をして言った。
「血が……パソコンから血が出てる!」「……え?」
 丸山が確認しようと、電源を切ろうとした指を引っ込めた時、丸山はその指に違和感を覚えた。
「何だ……」
 違和感の箇所を見ると、そこには机から垂れた赤い液体が付いていた。
「うわあ!」
 三人は思わずたじろいだ。ディスプレイのそこかしこの隙間から、まるで画面から溢れだしているかのように赤い液体が垂れ流され、テーブルへ、そして床へと流れている。 その中にはうねうねとした白い何かも存在している。
「おい逃げようぜ!」
 丸山が言った。
「お、おう」
 後藤もそう言って、体を翻して走り出そうとした時だ。
「ま……待って!」
 中村の、懇願するような声が二人に聞こえた。
「どうしたんだよ! 早くしろよ!」
 後藤が言った。
「掴まれてるんだよ……掴まれてるんだよ」「……え?」
 後藤は恐る恐る、中村の体を見た。
「ひっ……!」
 後藤の恐怖心は更に掻き立てられた。中村は誰かに手を掴まれている。掴んでいるのはこの四人のうちの誰かの手ではない。腕は画面から突き出ている、まるで赤い液体の中から誰かが伸ばしているかのように、手が画面から出ているのだ。足もそうだ。床にまで達した赤い水の中から手が伸びていて、その手に掴まれている。
「うわぁっ! 放せ! 放せよ!」
 今度は丸山が叫んだ。後藤はそれを聞くと、反射的に丸山の足を見た。
「ああ……」
 案の定、丸山の足も床に流れ出た赤い液体の中から伸びた手に掴まれていた。
「……!」
 後藤は自分の足元も見た――掴まれている。中村や丸山と同じように、気味の悪い手に掴まれているのだ。 後藤は力一杯にそれを振り解こうとしたが、凄い力で掴まれていて、全く離れる気配が無かった。
「おわ!」
 突然、その手が後藤の足を、下へと引っ張るのを感じた。 後藤のもがきも空しく、足は徐々に下へと沈んでいった。ここが二階で、下には床、更に下には一階がある事など無視する様にだ。 後藤が二人を見ると、丸山は既に膝の上まで沈んでいて、中村に至ってはディスプレイに上半身を突っ込み、足だけで必死にもがいていた。
「うわああっ! うわあああぁぁぁぁっ!」
 後藤は必死でもがいた。何も考えず、一心不乱にもがいた。そして、突然静寂を感じた。
「……うん?」
 違和感を覚えた。いや、周りから違和感が一切無くなった事に、逆に違和感を覚えている。 後藤は二人を見た。二人も同じように呆然としている。 後藤は周りも見渡した。ごく普通のコンピューター室だ。赤いどろどろした液体も、白い蛆の様なつぶつぶも無い。
「……あ?」
 変わっているところと言えば、部屋の入り口に立っている人物だ。あれは巫女さんだろうか。
「良かった。間に合いましたね」
 巫女さんが三人に近寄りながらそう言った。
「赤い水みたいのは? 俺達あれに引っ張られそうになって……てか、貴方はだれ? いや、あれは夢だったのか……?」
 後藤は戸惑いながらも巫女さんと思われる人に聞いた。
「私は四季織梓。あれは夢じゃなくて、霊です」「四季織梓さん?」
 丸山が聞いた。
「そう、四季織梓です」
 梓は丸山の質問に答えた。
「霊って、誰の霊が……?」
 続いて後藤が聞いた。
「色々な人の霊です。初めは一人の霊だったのかもしれませんけど、ネットの中を通じて色々な人の魂を取り込んでいったんでしょう。今はそれ自体に意志は無く、ただただネットを彷徨い、遭遇した人を、自分の所に引き入れるだけの存在になってしまっていました」「じゃあ本物の……夢とかじゃなくて?」「三人が三人共、同じ夢を見る筈ないじゃないですか」「三人がって……お前ら……?」
 後藤が二人の顔を見ると、二人はこくりと頷いた。二人は後藤の様子と、この状況を見て、既に察しはついていた。
「本物の霊で肝試し出来るなんて、良かったですね。中々できませんよ、こんな体験」「ははは、そ、そう……ですかね……」
 他人事のように、にっこりと笑って言う梓に、後藤は戸惑いながらも返した。
「そろそろ帰ろうぜ。疲れちまったよ」
 丸山が言うと、後藤も途端に疲労感が増した気がした。
「そうだな、帰るか」
 後藤が言うと、中村もそれに同意する様にこくりと頷いた。
「ありがとうございました」
 後藤は疲れ切った様子で、中村はまだ些か震えが残っている声で、丸山は少し不明瞭にそれぞれお礼を言い、三人は部屋を去っていった。
「暗いから足元気を付けて帰って下さいねー」「やれやれだのう」
 梓が三人を見送り終わった事を見計らって、丿卜が言った。
「未然に防げたのは良かったですね」「うむ、さて、本題に戻ると致そうか」「そうですね。霊気を追ってたら通りすがっただけですから」「通りすがりの除霊巫女か……」「便利屋ですけどね、一応。さて……」
 梓は、ずっと探していたあの霊の気配を探るべく、目を閉じて、辺りに意識を集中させた。
「……うーん」「何も感じぬのか」「はい」「本当にここなのか?」「間違いありません。検証はまだですが、あの『パソコンに吸われた死体』と同一の霊が起こした霊障だと思うですし、やっぱりあの時と同じに、金本さんの家で感じたのと同じ霊気を感じるです」
 金本直義。ひとりかくれんぼで本当に霊を降霊させてしまった、あの人物だ。梓はあれ以来、暇を見つけては色々な所へ赴き気配を探っていた。
「あの霊の痕跡は、確かにここ周辺に集中していると思うんですけど……」
 あの二組の霊のうち、片方の霊の気配や痕跡を見つけた場所が、明らかにこの学校の周辺に集中している。 あの二人のうちの、どちらの霊なのか。そして、どちらの霊がこんな事をしているのかは、はっきりとは分からない。しかし、梓は少なくとも、この学校に何かの手掛かりがあると思って、この学校へと足を運んでいた。
「校舎の中じゃないんでしょうか」「校庭に戻ってみるか?」「そうですね。目立った痕跡は無かったものの、校庭が一番強く、あの霊を感じられた気がしま……!」
 刹那、梓の意識は暗転した。丿卜は、口に布の様な物を当てられた梓が倒れるのを、ただ見守るしかなかった。

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