ぱらのまっ!@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

19 雪女

 ――彼女の部屋に行こう。もしかすると病気とかで倒れてるかもしれない。でも、いざ彼女の家に入るとなると、勇気が出ない。彼女が単に、俺に手を振るのに飽きただけだとしたら、俺は嫌われるだろう。しかし、気になる。神様、俺に勇気を与えてくれ!――


「はぁ……」
 今日は屋上の風が涼しく、こうして床に寝転がっているといい避暑になる。完璧な納涼スポットだ。
「駿一っ! どうしたの、疲れた顔して?」
 無論、この暑苦しく話しかけてくる霊が居なければの話だが。
「そりゃ、お前の相手をしてるからな」「それに何だか不機嫌」「まあな。ただでさえお前に寝付く時に話しかけられて寝不足なんだ。これ以上、夜の時間を削られたら、俺は不眠症になって死んでしまうだろう」「だって、寝てる時って無性に話したくならない?」「ならないな。寝たくなる。誰かさんに話しかけられる前に寝付く事ができた時には、実に清々しく朝を迎えられるからな」「もう、駿一ったら、そういう素直じゃない所、直した方がいいよ」「俺は素直に迷惑がってるんだが……」「よう、今川いまかわ
 今日は厄日だ。最近は悠だけじゃなく、イミッテやロニクルさんだって、いつの間にか部屋に居座っていたりするのに、クラスの奴にも話しかけられるとは。
崎比佐さきひさか」
 何時の間にか俺を見下ろしていた同じクラスの崎比佐が、俺に話しかけてきた。
「なあ今川、霊って本当に居るんだな」
 崎比佐は俺の横に寝転がりつつ話を続けた。
「なんだよ、改まって」「いや、俺も最近、それ系のトラブルがあったからさ」「ああ、だから行方不明になってたのか」「そうなんだ。心配させちまったよな」「そうだな。お前の普段の行いのせいで、家出と夜逃げで意見が真っ二つに割れてな。どっちが正解か分からないで、本当に心配だったぞ」「ははっ、そりゃ良かった。ところでお前、霊能者とか……ええと、オカルト関係の便利屋とかとは会う機会があるのか?」「便利屋……? 何だか知らんが霊能者の類とだったら、普通の人よりかは会う機会が多いだろうな」「そうか。じゃあさ、惚けた感じの巫女さんの事は知ってるか?」
 俺は今まで会った、覚えている範囲の全ての霊能者の顔を思い浮かべたが、惚けた巫女さんの顔は思い浮かばなかった。
「知らんな。てか、一々霊能者の特徴なんぞ覚えてない」「そうなのか。あの人は頼りになるぜ。どこに行くか悩んでたら、迷わずあの人の所に行くべきだぞ」
 崎比佐の言い方からすると、その惚けた巫女さんを心底信頼しているようだ。
「惚けた感じなのに頼りになるのか……まあ、お前がそこまで言うのなら、そうなんだろうな。俺には特定の所でお祓いを受ける習慣は無いが、ばったり出くわしたら頼らせてもらうか。ま、忘れてなければだがな」「ああ、きっと頼りになるぞ……うん? 丸山、またあんな所で携帯いじってる」
 崎比佐の目線の先を見てみると、丸山が手摺に寄り掛かってぼおっとしながら携帯電話をいじっていた。
「本当だ。黄昏ながら携帯いじってやがる。変わらんな、あいつも」
 丸山の携帯電話好きは相当なものだ。もうそろそろ手が携帯電話と同化してもおかしくないのではないだろうか。
「全くだな……うん?」
 不意に入り口のドアが開く音がして、崎比佐はドアの方を向いた。俺もつられてそちらを見ると、そこにはたった今階段を上ってきたのであろう中村の姿があった。
「中村か? 珍しいな、あいつが屋上に来るなんて」
 中村は暫くきょろきょろと屋上を見回していたが、こちらを暫く見つめた後、俺達の所へと向かって来た。
「こっち来たぞ」
 崎比佐は少し警戒している。
「ようお二人さん。こんなとこで何話してたんだよ」「惚けた霊能者の話さ。お前こそ、どうしてここへ? お前が屋上に来る事なんて、滅多に無いだろ」
 俺は妙にフレンドリーな中村に聞いた。
「ん、その事なんだけどさ、崎比佐、お前、今夜暇か?」「うん? 何で?」「今夜肝試ししようと思うんだ。お前、一緒にやらないか?」「いや、やめとくよ。暫くそれ系の事には近寄りたくないからな」
 崎比佐の気持ちは痛いほど分かる。幽霊になんて一生近寄りたくない……のだが……。
「ん? 何?」
 俺が悠の方を向くと、悠は呑気にそう言った。
「……何でもない」
 俺はぼそりと呟いた。
「そうか? まあ嫌なら仕方ないか。駿一、お前は……」
 中村が懲りもせず、また俺を誘ってきた。もう答えは分かりきっているので、俺は中村が話し終わるのを待たずに言う。「パス。前に言っただろうが」「ああ、そうだったな。分かった。邪魔したな」
 中村はそう言うと、忙しそうに俺達の元を後にした。
「熱心だなあ」
 崎比佐が呆れたような、感心したような表情をしている。
「まったくだ。あの情熱はどこから来てるんだろうな……うん?」「どうしたんだ今川?」「いや……なぁ……」
 俺は中村が次に話しかけようとしている人物を見て呆れた。
「あいつ、丸山にも話しかけてるぞ。丸山も一回断ってただろうに」「はは、気が変わったかどうか確かめてるんじゃないのか?」「そんな簡単に気が変わるわけねえだろ。しつこい勧誘は嫌われるぞ」「全くだな。さて、俺はそろそろ教室に戻るかな」「おう、またな」「今川は戻らないのか? そろそろ時間だぞ?」「ああ、もう少しここに居る。夜に備えて少しでも体力を回復しておきたいからな」「夜?」「そ、夜」「行くのか、肝試しに」「いや、恐らくはそれより何倍も体力と精神力を消費する事をやるんでな」「随分大変そうだな……」「ああ、大変だろうな。うん。とんでもなく……」「なんか、本当に大変そうだな……まあ、がんばれよ」
 崎比佐はそう言うと、ここを後にし、入り口に向かっていった。
「ふう……ま、今から気に病んでも仕方ないが……」
 俺は目を閉じて、今夜実行するであろう事をなるべく考えないようにしつつ、冷たい屋上の風をしばし堪能した。


「駿一がいつも行っている学校を見物してみたいピ」
 発端はロニクルさんの一言だった。この一言で、俺はこうやってこそこそと夜の学校を徘徊する羽目になったのだ。 ロニクルさんが言うと、ティムも行きたいと言った。そして、いつも俺に付いてきて、学校には腐るほど行っている悠も、行きたいと言って聞かなくなってしまった。しかし、昼間にこいつらを連れていったら、どんな騒動を起こすか分かったもんじゃない。俺は仕方がなく、人目に付かない夜に学校を散歩する事にしたのだ。
「ニンゲンの町の中にしては広いな、ここならボクもトレーニングし易そうだ!」「悪いが、昼間のグラウンドには、お前が好き勝手暴れられるスペースは無いと思うぞ」「えっ、そうなのか?」「そうなんだ。地面にボコボコ穴を開けられたり、そこら辺の物を壊されちゃたまらないからな。今まで通り、トレーニングしたけりゃ山の中にでもひとっ走りしていってくれ」
 ティムはどうやら、人間の中で生活していると体がなまってしまうようなのだ。かといって、公園に連れて行ったときは、危うく遊具を壊しそうになってしまった。 困り果てた俺が手近で適当な山を進めた所、ティムは走ってそこへ行ってしまった。が、残念な事にそこに居着く事はなく、夕飯前には満足そうな顔で帰ってきて、ぎゃーぎゃーやかましい声で喋りながら、貴重な食料を食い漁ってしまうのだ。
「しかし、やはり昼間の学校も観察してみたいポね」
 ティムの隣を歩きながら、ロニクルさんが言った。
「まあ、ロニクルさんなら外から覗くくらいは大丈夫だとは思うが……こっそり誰かを拉致したりしなければだが……」「大丈夫プ。今は駿一の分析が第一ポ。そのためにも、駿一の言う事は聞いておくプ」「そうか。なら……とりあえずはいいのか」
 自分の分析が終わった時の事を考えたくない俺は、とりあえず肯定しておいた。
「……で、悠、何でお前が一番きょろきょろしてんだよ。お前はいつも俺に引っ付いて、しょっちゅう来てるだろうが」「だって、あたしも夜の学校なんて初めてだもん」
 悠はきょろきょろと辺りを見回しながら答えた。
「なんかさ、広い気がするよね、校庭とか。それに、校舎の中は真っ暗だけど、何か居そう」
 悠が尚も辺りを見回す。その瞳はきらきらと輝いている。
「実際、今日は居るぞ。あいつらが肝試ししてる筈だからな」「中村君だっけ? そっか、そういえば話してたもんね」「ああ。あいつらに見つかっても色々と面倒だから、気を付けないとな」「別にいいと思うけど……あ、あれ、そうじゃない?」「何っ!? 誰だ……!」
 俺は悠の指差す先を見た。焦りで変な汗も出てきた。この時間ならば、もうとっくに校舎の中へ入り、肝試しを堪能している筈なのだ。成り行きとはいえ、もし、奴らに俺が、こんなヘンテコな連中に囲まれてしまった事を知られた日には……恥ずかしくて死にたくなるだろう。
「あれだよ。でも白っぽい服着てるし、ここの制服じゃないよ」「ああ、確かに白っぽい奴、居るな。てか、夜なんだから、普通は制服じゃ来ないだろ」
 誰かが校舎に向かって歩いている。幸いにもこちらを気にしてはいなそうだ。
「ああ、そっか、そうだよね」「が、あれは違うな。肝試しするなら一人じゃ来ないだろ」
 周りに人は見当たらない。人影は一人、夜の学校を歩いている。
「え? 二人居ない?」「二人か? 俺には見えないが……どちらにせよ、肝試しに遅れた奴だという可能性が無くもない。なるべく目立たない様にしよう」「おおっ! あれ、何だ?」「今度は何だよ……」
 立て続けにティムに指を差されて少しうんざりしながら俺は言った。
「何かが光ってるぞ!」「光ってる? ……ああ本当だ。何だ、あれ」
 ティムが興奮しているのでまじまじと見ると、確かに光っている。僅かではあるが、プールの方に、青い光がぼんやりと浮かんでいる。
「ほほー、これは興味深いプ」「行ってみようよ、面白そう!」
 ロニクルさんと悠が乗り気になってしまった。厄介な事に、この三人、意外と気が合うのかもしれない。
「よしっ、ボクが一番先に着いてやる!」
 そう言うなり、ティムが走り出した。
「お、おい、ちょっと待てよ!」
 俺もティムを追いかけるために走り出した。プールに行くかはともかく、ティムは止めないと何をしでかすか分からない。

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