ぱらのまっ!@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

13 ビッグフット3

「やっと落ち着いたね」
 悠が話しかけてきた。
「いや、滅茶苦茶緊張してる。ビッグフットの体は、俺達人間の体と根本から違うようだからな。もしかしたら視力が常人の百倍良かったり……」「こらー! 降りて来い!」
 俺の言葉を遮り、ティムの叫び声が聞こえてきた。
「……だろ?」「うん……」
 俺と悠ががっかりしていると、突然木が揺れ始めた。
「うわっ!」
 幹を掴む手に自然と力がこもる。
「おいおい、この木、結構太いんだぞ!?」「臆病者! 降りて来い!」
 木が更に激しく揺れる。
「うわあっ! ど、どうやってここに俺が居るって分かったんだよ!」「においで分かる!」「そっちかー!」
 目ではなく、鼻だったみたいだ。 ティムが更に木を揺らすと、木はみしみしと嫌な音を立て始めた。
「うおっ、やばいな。こうなりゃ一か八かだ」
 俺はティムの居る場所をちらりと見て確認した。どうやら、この木を挟んだ反対側で揺らしているらしい。
「だったら好都合だが……」
 俺はなんとかバランスを取りながら、枝の上に立ち上がった。徐に下を見てみる。結構高い。目見当だが、二階のベランダくらいはあるかもしれない。
「ええい、南無三!」
 幹から手を離すと足で枝を蹴り、俺は飛び降りた。
「わっ! ちょっと!」
 悠が焦っているのを尻目に、俺は一瞬で地面に叩き付けられた。体を転がして衝撃を出来るだけ和らげたつもりだが、効果があったかは定かではない。
「うう……なんとか立てるか……」
 右足に痛みを感じるが、骨折やら脱臼はしていないみたいだ。良かった。
「なんだ、それくらいで痛がってるのか。貧弱な奴だなあ」
 ティムが呆れた顔をして、腕組みしながらこちらを見ている。
「俺にはお前みたいに化け物じみた頑丈さは無いんだよ。ビッグフットのお前と一緒にするんじゃない!」「大丈夫ピか?」
 ティムのでも悠のでもない、聞き慣れた声が俺の耳に響いた。
「あれ? ロニクルさん……」
 声の方を見ると、俺のすぐ近くのブランコに座った、暇そうなロニクルさんが居た。
「合流してしまったポね」「あ……ああ。それより、ロニクルさんは足が速いんだな。それに、全然疲れているようには見えない」
 ブランコで休んだからだろうか。にしても、相当足が速い。
「宇宙船の転送装置を使ったプ」「あ……!」
 そう、俺が隣町まで飛ばされたアレだ。
「それだ、ロニクルさん! そいつで俺をどこか遠くへ飛ばしてくれ!」「残念だけど、それは無理ポ。さっき使ってしまったから、今チャージ中だプ」「なっ……」
 希望がまた絶望へと変わってしまった事に唖然としていると、後ろにティムの気配を感じ、俺はとっさに前に飛び退いた。
「うわあっ!」
 案の定、ティムのパンチが地面に炸裂し、そこにぽっかりと、クレーターのような穴が開いてしまった。
「もう充分休んだだろ? 休憩終わりだ!」
 ティムが嬉々として、また俺を追いかけ始めたので、俺は仕方なく走り出した。
「完全に楽しんでるな。こっちは命懸けだってのに」「頑張って! あたし、あんな穴ぼこの開いた駿一なんて見たくないよ!」「そりゃこっちだって願い下げ……うん?」
 俺は悠の言葉で思い付いた。とはいえ、今まで以上にくだらない方法だが……。
「こんな方法しか残ってないのは情けないが……ロニクルさん、頼みがある!」
 ロニクルさんの座っているブランコからは、もう結構離れてしまったが、俺はロニクルさんに聞こえる様に叫んだ。
「なんだピ?」
 ロニクルさんの声も、辛うじて聞こえる。
「あそこに砂場がある。そこに穴を掘ってくれ!」「分かったプ」
 ロニクルさんは、一言の返事の後、砂場へと向かっていった。
「さてと、俺は時間を稼がなきゃな」
 とは言ったものの、今のところ、走る事以外は思い付かない。俺はとにかく走った。 滑り台の外側を回り込んだり、ジャングルジムに上って撹乱してみたり、ドーム状の遊具の中に身を隠しもした。が、ティムの強靭なスタミナと嗅覚は、そんな俺の悪あがきを尽く打ち破り、俺の体力を徐々に蝕んでいった。
「はぁっ! はぁっ!」
 ――ティムからの激しい逃走を続けていくうちに、俺の息遣いは、いつの間にか相当激しくなっていた。その事を気にかけてか、悠が話しかけてきた。
「大丈夫、駿一?」「全然大丈夫じゃない。が、ここで止まったら死んでしまうからな。で、悠、ロニクルさんの様子はどうだ?」「相変わらずマイペースで掘ってるよ。でも、ティムちゃんの体の半分くらいは入るかもしれない」「そうか。ヴェルレーデン星人の生体については分からないが、ロニクルさんも女性だ。そんなもんだ……ろう……な……」「ちょ、ちょっと、駿一?」「う……大丈夫、大丈夫だ」
 一瞬気が遠くなったが、なんとか持ち直した。
「ほんと? でも、このままじゃ駿一……うー……」
 悠が悩みだしている。出来ればもう少し前から悩んで欲しかったが、この状況ではそんな贅沢は言っていられない。
「そうだ! 噴水に飛び込めばにおいが消えるんじゃないかな?」
 悠が噴水の方を指差しながら言った。
「噴水?」
 良くて時間稼ぎにしかならなそうな手だ。が、今、俺の心臓の鼓動は更に激しさを増し、口ではちゃんと呼吸できているかどうかも分かっていない。どうなるにせよ、この辺で何かやらなければ、俺はあと少しで気を失ってしまうだろう。
「……一か八か、やってみるしかないか!」
 俺は噴水の方へと方向転換して全力疾走し、勢いよく飛び込んだ。水面と体がぶつかりあい、激しい音を立てながら、俺の体は噴水の水の中へと入っていった。 体全体に帯びていた熱が、周りの水にみるみる吸収されて冷えていく。
「ぶはっ! はぁっ、はぁっ!」
 俺は頭を水から出した。噴水の水は浅く、手と膝を底についても、十分に息ができる程度だ。
「何やってんだ、ニンゲン」
 ティムの呆れたような声が、俺の頭上から聞こえてきた。俺が頭上を見上げると、腕組みをして見下ろしているティムと目が合った。
「き……気付かれたか」「目の前で水しぶきを上げられたら、気付かない方が難しい」
 全くその通りだ。反論の余地は欠片も無い。
「ハハハ、それもそうだ……」
 俺の口からは乾いた笑いしか出てこない。 ティムの目が普通の人間程度には良いという事だけは分かったが、それが分かったところでどうしようもない。
「ご、ごめん、それは計算に入れてなかった」
 悠が気まずそうに言った。
「いや、こんな提案を無条件で受け入れてしまった俺も馬鹿だ……」
 俺が項垂れていると、ティムが威勢の良い声を発した。
「さあ、覚悟しろニンゲン!」
 ティムの振り上げる拳が、俺にはゆっくりと見える。今まで何度か自分の死にざまを考えた事はあったが、まさか、ビッグフットのせいで死ぬ事になるとは予想もしていなかった。いや、むしろ誰かの霊に呪い殺されずに済む事に感謝すべきなのだろうか。 俺は目を瞑り、拳を握りしめて覚悟を決めた。
「だめええええっ!」
 悠の、悲鳴にもにた叫びが辺りに響き、一転して静かになった。そして、そのすぐ後にはティムの叫び声も響き、その静寂をかき消した。
「!? 誰だお前は!」
 ティムは、両手を大きく広げて仁王立ちしている悠の前で、驚き、たじろいでいた。
「悠が見える様になったのか!?」「邪魔するならお前が先だ!」
 気を取り戻したティムは悠に殴り掛かるが、ティムのパンチは悠をすり抜けてしまった。当然だ。幽霊に物理的干渉をするなんて、いくらビッグフットといえどもできないだろう。
「こいつ、ボクの攻撃を……!」「え……ちょ、ちょっと待って……」「待たない! お前を捉えられるまで、ボクはお前を殴るのをやめないぞ!」
 ティムはがむしゃらに悠を殴り始めた。
「……悠、頼んだぞ、出来るだけティムの気を引いておいてくれよ」「う、うん」
 悠は戸惑いながらも引き受けた。俺は悠にこの場を任せ、ロニクルさんの居る砂場へと向かう。
「今の内だ、ロニクルさん、出来るだけ深く掘るぞ」
 砂場に着くやいなや、俺もロニクルさんと一緒に穴を掘り始めた。
「これ、使うピ?」
 素手で掘る俺に、ロニクルさんがシャベルを手渡してくれた。
「スコップか。誰かが遊んだあと放置したんだろうな。使わせてもらおう」
 俺はロニクルさんの隣に位置取って、手に持ったシャベルで穴を掘り始めた。
「ティムが悠に構っている間に、出来るだけ深くするんだ!」
 一心不乱に穴を掘る。底に手が届かなくなったら、穴の中に入って更に掘り進む。 そして、どれくらいが経ったのだろうか。数分か、数十分か、それとももっと長いのか。夢中で穴を掘っていたのでどれくらい時間が経過したかは分からないが、悠の叫び声が俺の耳に届いた。
「駿一! 逃げて!」
 穴を掘るのをやめ、悠の方を見ると、ティムが凄い勢いでこちらに向かってきていた。
「もう来たのか!」
 俺は急いで穴をよじ登り、外へと這い出た。が、その後の事については何も考えていない。いや、例え考えていたとしても、穴をカモフラージュする時間も無ければ、ティムを誘導する余裕も無い。
「もう女は後だ! お前を先に……うわっ!」
 そして、ティムの姿が俺の目の前から消えた。ティムは馬鹿正直に俺に向かって直進し、そして頭から勢いよく穴へ落ちたのだ。
「あ……落ちた」
 あまりの呆気無さに拍子抜けした俺は、逃げる事もせず、気が付くとぽかんとティムを見下ろしていた。
「う~、ニンゲン!」「ひっ!」
 ティムがこちらを睨んだので、俺は思わずたじろいだ。
「やるな、ニンゲン。ニンゲンにしては中々骨のある奴じゃないか」「……へ?」「悪かったな、臆病者とか言って」「いや、まあ、実際逃げてただけだしな。臆病といえば臆病かもしれん」「そんな事ないぞ。お前は勇敢で強い。戦法も中々だった」
 良く状況が飲み込めないが、どうやら俺は、ティムに感心されているらしい。
「戦法……ねえ……」「ということでだな……」「あ……用が済んだなら、俺はそろそろ家に帰る事にする。じゃあな」
 嫌な予感がした俺はすぐさま踵を返し、早足で歩き始めた。が、ティムはまだまだ有り余っている体力で俺の前まで走り込み、両手を広げて通せんぼした。
「待て待て、でだな、お前はニンゲンにしては強くて勇敢だ。ボクは強くて勇敢な奴はビッグフットじゃなくても大好きだ!」「ええと……と、言いますと?」
 俺は覚悟の上で聞いた。
「うむ、ボク、お前と暫く一緒に居る事にする!」
 分かっていた。分かってはいたが、俺は急に気が遠くなった。
「おっと、大丈夫プか?」
 危うく倒れそうになった俺を、ロニクルさんが受け止めてくれた。いや、受け止めてしまったと言うべきだろうか。 この場合、倒れれば見逃してくれたかもしれないが……。
「ロニクルも駿一の近くで色々と研究させてもらってるんだプ。そして、ティムも実に興味深い存在だポ。でも、駿一は学生だから、貧乏さんなんだピ。ティムはお金、持ってるピ?」 ロニクルさんが攻めた! さすがロニクルさんだ。ここぞという時にはしっかりとしてくれる。そう、俺には二人分の食いぶちなんて出せるわけがないのだ。経済的に、そして、絶対的に無理なのだ。
「そ、そうだな、俺にはティムを養ってやれるだけの経済力は無いな」「えー、ボク、ニンゲンのお金なんて持って来てないよお」
 ティムが困った顔をした。しめしめだ。
「そうかそうか。なら残念だが……」「分かったポ。じゃあロニクルがお金を工面してやるプ」「……へ?」
 俺は呆気に取られた。ロニクルさんは、いったい何を言っているんだ。
「ティムの生活費はロニクルが出してやると言ったんだポ」「あの……ロニクルさん?」「やったぜー! じゃあこのニンゲンと一緒に居られるんだな!」「そうだポ。ロニクルも、ティムの近くに居られて嬉しいピ」「ああ……」
 俺は再び気が遠くなった。
「大変だね、駿一」
 悠は俺を気遣ってくれているらしい。
「ああ……って、お前もその大変な一人なんだがな……ま、どうでもいいか、もう……」
 もうすっかり投げやりになった俺は、とっととアパートに帰る事にした。何故か、また一人増えてしまった共同生活者どもと一緒にだ。華の一人暮らしが音を立てて崩れていく様を間近で見せられているようで、俺の気持ちは不安と不満で一杯になっていったのだった。

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