騎士と魔女とゾンビと異世界@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

69話「戦いの傷跡」

「ここら辺に間違い無いんだよなぁ?」「ええ。リーゼの目撃情報もあるわ。騎士が乗り込んだって情報もあるから、十中八九、アークスよ」 アークスはリーゼを借りて任務にあたっていた。今の状況から考えると、リーゼに乗った騎士はアークスくらいだろう。「んー……居ないんじゃないか?」「いや、居ないからおかしいのよ。この辺り以外の目撃情報は少ないし、城に戻った様子も無かった。この周辺には間違い無いわ」 アークスがリーゼを借りているということは、城からの情報でも分かった。しかし、城からの情報だけでは、どこへ行ったかまでは分からなかった。なのでリーゼの目撃情報を辿ってアークスを探したが、ここ、サウスゴールドラッシュ付近でその情報は途切れている。
「ふーむ……ブルジョア仕様のリーゼなら、何回かすれ違ったがなぁ。ブリーツも中々いい趣味になったと思ったが……」「成金商人の遊びよ。ああいうの、気にする必要は無いわ」 サフィーが不機嫌そうにため息をついた。
「そうかぁ? この馬車とか、ちょっと塗ってみないか?」「塗らないわよ! てか、どっから出したの、それ!」 ブリーツが手に持っているのは金色のペンキが入ったバケツと、そこに突っ込んであるハケだ。
「いやあ、今回はさすがに仕込むのは無理なので……」 ブリーツが言うと、ペンキセットはすっかり消えてなくなった。「げ……幻影魔法……しかもノンキャストで結構リアルなのを……」「どーだ!」「どーだじゃない! 無駄な魔力使うな!」 サフィーが叫んだ時、突然、馬車が止まった。
「何? どうしたの!?」「それはな、馬が腹を減らして……」「マッドサモナーじゃないの!?」 サフィーがブリーツの声に被せて言い、馬車を飛び降りた。
「えっ、何……?」 勢いよく馬車を飛び降りたサフィーだが、目の前に広がる光景に思わず絶句した。
「どしたの?」 サフィーが馬車から飛び降りる光景を、大袈裟だなと思ってみていたブリーツだったが、唖然とするサフィーの様子を見て、なにやらおかしな事が起こっているのだと思った。 とはいえ、いつものように怒り気味で叫ぶ様子も無い、急を要することでもなさそうなので、安全にゆっくりと馬車から降りた。
「おお……こりゃ凄いな」「まるで戦争の跡みたいよ! 何なのよこれ……!」 サフィーが驚く。目の前に広がっているのは、いつものように綺麗に舗装されたサウスゴールドラッシュの道ではなかった。周りの草原は抉れて地肌が剥き出しになり、土はそこら中に飛び散っている。道路もところどころに傷が出来ていて、大きく抉れている場所もある。巨大な石が、ごろごろと転がっているのもおかしい。
「酔っ払いが暴れたかな?」「そんなもんじゃないわよ。大規模な……いえ、リーゼ戦が行われた跡じゃないの、これ!? アークス!」「うーむ……こりゃ、アークス、無事じゃないかもしれんな……」「呑気に頭を掻いている場合じゃないわよ! この周辺を徹底的に探しましょう!」 サフィーが駆け出した。「んじゃあ、俺は馬車で回ろうかな」「ブリーツも降りるのよ! 荒れてる範囲は、そう広くはないから馬車を使うまでもないでしょ!」「ん……そうだな……」 ブリーツも馬車から降り、サフィーを追って駆け出した。
「この跡、リーゼの足の跡じゃないかしら」 追いついたブリーツに、サフィーが言った。サフィーが見ているのは、手前に見える、大きな抉れた跡だ。草による緑の絨毯の一部が、結構な範囲において抉れて、黒い地肌が剥き出しになっている。「うへぇ……これ、結構激しく地面蹴ってるなぁ」「ええ、激しい戦いがあったに違いないわ……やっぱり、近接タイプのリーゼの足跡だと思う。足跡に特徴があるわ」「えーと……確かアークスが乗っていったのはナイトストライカーだったな」「記録ではそのはずよ。やっぱりアークスだわ。アークスはここで戦って……どこへ行ったの……?」 サフィーは心の中でアークスの行方を想像した。アークスはリーゼ、ナイトストライカーでここまで来た。しかし、ここに姿が無いということは、ここで一戦交えた上で、またどこかへと移動したと言う事だ。 一体、どこへ移動したのだろう。いや、それより先に……。「アークスは、何と戦っていたの? この辺りでリーゼを見かけた人は少ない……」「恐竜じゃね?」「恐竜なわけないでしょ! ……でも、恐竜が暴れたくらい激しい跡ってことは確かね。あってもドラゴン……ドラゴン?」 サフィーの脳裏に浮かんだのは、憎むべき者の顔だ。
「いや、この足跡はリーゼの足跡には見えんぞ……? 恐竜だろーこれー」「そんなわけないでしょ! これは……」 魔女……つまり、マッドサモナーの顔が思い浮かぶ。マッドサモナーならば、巨大なドラゴンだって召喚することは可能かもしれない。それならば、リーゼの目撃証言が少ないことにも辻褄が合う。「魔女め……ここまであくどい奴だったなんて……」
 ブリーツの手前にある、リーゼとは別の足跡を、サフィーはまじまじと見る。確かにリーゼのものではなさそうだ。リーゼというよりは、もっと有機的な……形が整っていないような印象を感じる。ドラゴンの足跡とも違う。もっと別の……ゴツゴツした岩のような……。「……!? ゴーレムを召喚したっていうの!?」 サフィーは周りを見た。サウスゴールドラッシュに唐突に出現した巨大な石。それはこの荒れた一体にしか存在していない。長い長いサウスゴールドラッシュの道の、恐らくここだけに散乱している。「ストーン……ゴーレム……!」
 サフィーは、ブリーツがここでストーンゴーレムと戦ったと結論付けた。 アークスがここでマッドサモナーが仕向けたストーンゴーレムと戦っていたとすれば、この石の量から推測すると、ストーンゴーレムは二体……もしかすると三体居たのかもしれない。「アークス……大丈夫なの? ……無事で居てよ……!」
 普通のリーゼでストーンゴーレム三体を相手にするのは分が悪い。サフィーが知る限り、アークスはリーゼに乗っての実戦経験にもとぼしい筈だから、勝率は更に低くなるだろう。仲間は居るには居るが、信用出来る仲間ではないだろう。何故なら、今、一番、マッドサモナーである確率が高い魔女の弟子だからだ。場合によっては完全に敵になっている可能性もある。ストーンゴーレムを召還したのは弟子の方かもしれない。 ストーンゴーレムを抜きにしても、一般的なリーゼと対等に渡り合う魔法使いは珍しくはない。魔女の弟子と偽って、どの程度の実力を隠し持っているのかは分からない。しかし、凶悪なマッドサモナーに仕えていて、単独で騎士団内に侵入するほど信頼されている人物だ。相当手強い相手に違いない。 考えれば考えるほどサフィーはアークスの事が心配でたまらなくなっていくのであった。

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