巫女と連続殺人と幽霊と魔法@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

103話「再び引かれる引き金」

「この部屋には、その、人を殺す呪いを実行するための環境があるんですね」「巫女さん達は、それを壊しに来たんだろう?」「……ええ。ここからでは見えないですけど、あるんですよね。興味あります」「……おっと」
 ――パーン! ピュンピュン!
「……!」 梓の体が強張る。冬城の拳銃から放たれた弾は、梓の横を素通りして壁に当たる。音からして、何回か壁に跳ね返ったようだが、梓には目視することはできなかった。
「う、撃った!? 冬城さん……!」「お、落ち着いて瑞輝さん、二人共、怪我、無いですか?」「お……おう……」「だ、大丈夫みたいです」「そうですか……」 自分を含めて三人、どうやら弾は当たらなかったようだ。梓はほっと、胸を撫で下ろし、冬城の方を向いた。
「冬城さん……」 冬城は、頬に切り傷を負っていた。梓が見たところ、深くは無いように見える。恐らくは跳弾した弾が当たったか、弾が命中した部分のコンクリートが飛び散り、その破片が当たったのだろう。
「……この部屋ん中に入るつもりだろうが、そうはさせねえよ。呪いを失いたくはないからな」 冬城の言葉を聞いた梓の緊張が高まる。梓はもとより部屋に入るつもりなど毛頭無かったが、状況は、あまり良くはない。
 梓が恐怖している部分は二つ。一つは冬城が跳弾を気にせずに拳銃の引き金を引けることだ。自分が撃たれる危険があるからではないのは、さっきの拳銃の打ち方を見れば分かる。弾の軌道は明らかに梓を逸れて、近くの階段に当たった。つまり、冬城は一時的であれ、梓を殺したくはないと思っている。 梓を殺したくないという気持ちがあるのなら、梓の身は比較的安全なのは、梓自身、推測できた。しかし、梓の懸念はそうではなく、冬城が自分の命を顧みていない部分にあった。 今までの連続殺人から、犯人は少なくとも、自分の命は大切にしている。そう推測していた。必ず自分が呪いに脅かされず、警察にも怪しまれないように呪いを実行していたからだ。しかし、今の行動から、その推測は間違いだと分かった。余裕が無い場合は、自分の命を捨てても、呪いを守るために賭けに出る。どうやら冬城はそういう性格らしい。 もう一つ怖いのは、梓の言葉を聞いて、冬城の心がここまで追い詰められたことだ。梓は、この部屋の環境。もっと言えば、呪いを実行する環境を聞いただけだ。それを見せてくれとも、壊すとも、一言も言っていない。しかし、冬城は自分を騙して呪いの環境をぶち壊す気だと受け取り、引き金を引いた。今までそれなりに会話をしていたのにだ。 梓の方も、出来るだけ穏便にことを済ませようとしている。殺人的な呪いを許容することはできないが、それでも、ある程度冬城の欲求を満足させられる生き方は存在するだろうとも考えている。なので、冬樹と打ち解けることでその道を探ることも出来るのではないか。そういう道も考えつつ、冬樹と話をしている。
 しかし、冬城は引き金を引いた。冬城の引き金を引かせたのは危機感、そして恐怖心だ。呪い部屋の環境を梓に壊されるかもしれないという危機感。そして、梓に呪いを実行できないようにされるかもしれないという恐怖だ。その二つが、半ば脅迫観念となって冬城を襲い、梓との会話よりも、自身の危機回避を優先させた結果、その気持ちが拳銃の引き金を引かせたのだ。
「なあ巫女さん、この部屋は私が結構前に目を付けたんだ。呪いの本を読むにも静かだし、人目に触れることも殆ど無い、呪いを実行するのに最適な場所だ。この場所があると知ってから、この場所を手に入れるまでには、そう時間はかからなかったよ。でも、最初はこっそりと出入りしてたんだ。親には内緒で」
 それで親を殺したのか。梓はそう思ったが、それは口に出さなかった。冬城のさっきの行動を見てしまった以上、迂闊に刺激することを言ってはまずいかもしれないと思い始めたからだ。呪いの話をすれば打ち解けられるのではないかと思ったが、そう簡単な話ではないのかもしれない。
「……私が親を殺したのも知ってるよな?」「親だけじゃないですよね」「ああ……一家惨殺。まさか、本当にやれちまうとは思わなかったぜ……私のとこだけじゃなく……な」「ええ……見事にカムフラージュされていました。あれが無ければ、警察でも犯人の目星くらいは付けられたでしょう」「そうかい……最初は、こんなことする予定じゃなかったんだけどな……そのうち、親が不思議がるようになったんだ。その時……少し、殺そうと思った」「……」「でも、出来なかったよ。楽器の練習をしてると言って、誤魔化した。そうしたら、ころっと騙されやがった。俺がピアノを弾くなんてガラじゃないのには、全く気付かないらしい」 冬城の、愚痴混じりの独白に、梓はハッとした。そうだ。自分の育ての親を何の躊躇も無く殺せるはずがない。冬城自身、親を愛していなければ、呪いは親を生け贄とは認識しないだろうからだ。
「その時は潮時だと思って呪いはやめた。もう隠し事は出来ないからな。だから、その刺激を高校に求めることにした。元々不良キャラだったんだ。少しくらい喧嘩したって、誰も気にしないと思ったからだ」「あ……ティム……」「そうだよ。ティムと喧嘩するようになった。今じゃ、皆、俺達が、ずっと喧嘩してるように思ってるみたいだがな」「んん……言われてみると、最初は何の関わりも無かった気がするな……」 駿一が、顎に拳を当てて、古くて曖昧な記憶を思い出した。
「駿一、それにお前でさえそんな印象なら、他の奴は、さぞ私とティムが好敵手だって思ってるだろうな。だが、実際には違う。俺は……ティムとの喧嘩なんかじゃ満たされなかった。刺激が足りなかった……もっと刺激が欲しい。そう思って毎日を過ごしていた。……そんな時だ。両親が……どちらかは分からないが、この部屋を勝手に探って、呪いについて聞いてきた。正確には、楽器の練習をしてたんじゃない事に腹を立てて、追及してきたんだが……」
「そんなことが……」「同情なんて要らないよ。私が悪人だってのは分かってるからな」 梓の悲しげな声を遮るように、冬城は続ける。「親はさぞ善人だったんだろうな。父さんも、母さんもさ。だが、そんな親が、私を暴走させたんだ。しばらく忘れていた呪いに対しての欲望を、それがきっかけで、私は思い出した。再びあの刺激が欲しくなったんだ」 梓の目には、オレンジ色の明かりに照らされて真っ赤に見える冬城の茶髪が、まるで燃えているように見えた。まるで、未だに冷め上がらずに……それでいて、決して表に出て露になることはない、冬城の静かな呪いへの情熱のように。

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