巫女と連続殺人と幽霊と魔法@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

90話「解呪戦」

「あ……梓さん!?」 突然、梓に弓を向けられた瑞輝は狼狽し、頭の中が真っ白になった。「僕は犯人じゃない!」そう叫ぶべきだと頭では思っているが、あまりにも突然のこと、あまりにも衝撃的なことだったので、口が声を出してくれない。代わりに、竦んだ足で、無意識に後ろに後ずさって、梓から離れようとする。 その時、梓が叫んだ。
「駄目! 伏せてくださいです!」 梓は二言叫んだだけで、何が駄目なのか、誰に言ったのかは口に出さなかったが、瑞輝には何となく、梓が何を伝えたいのかが分かった。なので、咄嗟に地面に伏した。
(見えた……!) 地面に伏した瑞輝の後ろに、怪物の姿が露になった。怪物の狙いは梓だ。自分が追い詰められれば、追い詰めた人を殺して身の安全を確保する。そう考えた梓の読みは当たっていた。梓の狙いが、本当は空来ではなく冬城……つまり、より犯人の確率が高い人物の方へと移ったと分かった時、そして、それが当たっていた時。冬城は咄嗟に、呪いを梓にぶつけた。 これは梓の読み通りの出来事だ。しかし、梓にとってはこの瞬間が一番肝心なタイミングだ。怪物に狙われている梓自身が死なないように怪物を浄化しないといけない。つまり、梓が怪物に勝つこと。単純明快な、そのことが最重要だ。
「これで……!」 鎌を振り上げながら猛スピードで迫る怪物を、梓は見据えている。集中力を乱さず、矢に破魔の力を乗せる。荒々しくない、穏やかな破魔の力。その力を慎重に乗せて……後は、この引き絞った弓を離せばいい。「……くっ!」 梓が歯を食いしばった。恐怖を振り払うためだ。当たらなかったら自分が死に、犯人は野放しになる。そのプレッシャーは梓にとって、それは威圧的にのしかかる恐怖だ。しかし……その恐怖を一瞬で振り払わなければ、梓の胴と頭は怪物によって真っ二つになる。
「……!」 梓の手が、矢を離した。矢はブレることなく、怪物に直線的に飛んでいく。そして、その閃光のような輝きは、瑞輝の頭上を通り越し、怪物へと命中した。
「やった……!」 怪物が光に包まれ消えていく。浄化されていくのだ。瑞輝はその様子を呆気に取られて見ているが、梓はそうはしていられない。次に何が起きるのか分かっているからだ。
「やっぱり……!」 怪物の後ろには、次なる怪物が呼び出されていた。梓は、呆気に取られている瑞輝を突き飛ばし、出来る限り早く、次の一矢の準備をしたが、怪物は、梓が弓を引き絞るより早く、鎌を振り下げ始めた。「間に合わない……!」 今からでは間に合わない。梓の弓の一撃よりも、怪物が大鎌で梓の体を切り裂く方が早いことを悟った。後ろに跳んで、致命傷を避ければ、あと一呼吸だけ余裕が生まれるが……恐らく、怪物に傷を負わされた体では、満足に弓を引けずに二撃目の鎌で、梓か瑞輝、どちらかは殺されてしまうだろう。梓はそう思ったが、それでも後ろに跳躍して、なけなしの余裕を生み出すしかないことも分かっていた。 狙われる確率が高いのは、恐らく私ではなく、桃井さんだ。梓はそう思いつつも、後ろへと跳躍をした。無念と悔恨によって顔を歪めながら、梓は瑞輝の方を見る。
 瑞輝の髪は、いつの間にか桃色へと変貌していて、瑞輝の口元は僅かに動いていた。 ――直後、目の前で眩い光が発生し、梓は思わず目を細めた。
「穢れしその身に解呪のげんを……ディスペルカース!」 その呪文と共に放たれたのは、魔法「ディスペルカース」。ディスペルカースは破魔の矢の軌跡と似た眩い光を放ちながら、怪物へとぶつかっていった。怪物の動きは、ディスペルカースに干渉され、ディスペルカースの光に正面から殴られたように、後ろへと体を弾かれ、姿勢を反らした。
「今……!」 梓は、後ろへと跳躍させていた体を、出来る限りしっかりと着地させ、弾き絞ったままの弓の照準を怪物へと合わせ、打った。
「……!」 破魔の矢の命中した怪物は、悶え苦しみながら、その光の中へと消えていった。
「はぁ……はぁ……はぁっ……!」 梓と瑞輝の激しい呼吸の音が辺りに響く。
「良かった……やっぱり、まだまだでしたね……はぁ~……」 梓ががっくりと肩を落とし、荒いため息をついた。
「や……やった……!」 瑞輝の方も、尻を地面につけて、ぺたりと座り込んでいる。梓と同じく、肩で息をしている。「う……」「あっ、み、瑞輝さん!?」 体をぐらりと傾けさせた瑞輝に、梓は慌てて駆け寄り、瑞輝の体を左手で支えた。「ううっ……梓……さん? ごめんなさい、これ、ディスペルカースって魔法なんだけど、魔力の消費が激しくて……」「瑞輝さん……無理、しなくていいですよ」 梓はそう言いながら、地べたへと座った。そして、意識すらはっきりしない様子の瑞輝の頭を、梓はゆっくりと、自分の膝へと乗せて、膝枕をした。
「しっかし、見事に女の体なんだな。全く、あの化け物といい、最近、わけのわからない事が多過ぎるぜ……いや、最近だけでもないか……」 髪がピンク色なのは、マンガ的に考えると女の特徴だろうとは思うが、他の部分も、すっかり女の体になってしまったのかと、駿一は改めて驚き、目を疑った。体の大きさやフォルムはは、髪の色が変わるのと同時に変わった制服ともぴたりと合っている。つまり、すっかり女の骨格になった。そういうことだと駿一には読み取れる。正真正銘、女になってしまったのだ。
「はぁ……はぁ……やっぱり、この世界じゃ、厳しいや……」 瑞輝の体は若干の熱を帯びていて、顔ものぼせているように紅潮している。それが魔力を使い過ぎた体に現れる症状だ。この状態は少し苦しいが、命の危険があるほどは酷くない。瑞輝は、そのことを自覚している。「苦しそうです……少し、休んだ方が良さそうですけど……」 梓が瑞輝の額に手を滑らせ、そっと撫でた。「……」 梓は瑞輝を安心させようと笑顔を作ってはいたが、心の中では焦っていた。

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