巫女と連続殺人と幽霊と魔法@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

88話「梓とミズキと駿一と」

「あっ……!」「誰かと思ったら、梓さんか」 瑞輝が小さな悲鳴を上げ、駿一の方は思わず椅子から思わず立ち上がってしまった。急に教室に梓が現れたからだ。
「ああ、すいません。今回の件で……ちょっと必要に迫られて、来ちゃったです」 梓が瑞輝と駿一両方に微笑みかける。「来ちゃったですって……ロニクルさんじゃねーんだから」 駿一が、呆気に取られて口走る。「ポ? 何でロニクルピ?」「ああ、いや……こっちの印象の問題だ。気にせんでくれ」 この事に言及すると、色々とややこしいことになりそうだ。そもそも、わけも分からずに口から出てしまった一言なのだから無視して流してくれればいいだろう。駿一はそう思って、ロニクルに気にしないように勧めた。「そうかプ……?」「そうだプ! しかし、必要に迫られてって、穏やかじゃねーな」 梓の「必要に迫られて」の一言に、駿一は少しぞっとした。梓が必要に迫られて、ここに来た。それはつまり、ここに何らかの霊的な問題があることを示しているからだ。
「そうプね。きっと何か……」「お……っ!?」「あっ!」 駿一が思わず、小さいながらも声を上げ、瑞輝は思わず立った。今度は梓の急な登場に驚いたからではない。空来が突然、教室から飛び出していったからだ。「逃がさないですよ……!」 梓もそう言いながら、教室を走って飛び出した。それを追うかのように瑞輝が、更にそれを追うかのように駿一が、次々と走りだし、教室を後にした。




「はぁ……はぁ……」 瑞輝の息が切れる。ライアービジュアルを解いて魔法を使えば梓に追いつけるがどうするかを、瑞輝は全力疾走で梓の後を追いながら考えている。 どこかに身を隠せば、学校の皆にばれないようにライアービジュアルを解くことはできる。しかし、そうすれば梓さん達を見失ってしまうだろう。梓さんはずっと、結構なスピードで走っている。その前に居る空来さんも同様だろう。この様子では、どこかに身を隠している時間は無さそうだ。 となれば、ひとまずこのまま、ライアービジュアルを解かずに走り続けるしかない。
「空来さん……」 瑞輝にとって、ライアービジュアルを解くか解かないかよりも悩ましいことがある。それは空来のことだ。 梓が空来を追いかけている。それはどうしてなのか。瑞輝には、なんとなく察しがついたが、そのことを受け入れる心持ちは、まだ整ってはいなかった。 梓さんが追っているからには、十中八九、空来さんが犯人だということだ。そのことは受け入れないといけないのだが……どうにも、すんなりとは出来そうにない。 しかし、もし、空来さんが、本当に、この連続殺人の犯人だったのなら……一体、空来さんは何を思って、こんな恐ろしい事をしたのだろうか。 瑞輝の脳裏に、今まで、空来が見せた顔が浮かび上がる。笑った顔、怖がっている顔、悲しそうな顔……。 空来さんは、あんな恐ろしい事をやる人ではない。瑞輝はどうしても、その考えを捨てられずにいる。しかし、ここまで来たら、空来が追い詰められるのは時間の問題だということも、瑞輝には察せられた。そして、その時は、もうすぐ近くに迫っているだろうことも。




 空来を追う梓、梓を追う瑞輝。そして、瑞輝の更に後ろから三人を追っているのは駿一だ。「ち……どうして俺まで追いかけっこしてんだよ……!?」 駿一が舌打ちする。自分で自分にどうしてこんなことをしているのか問うくらい、駿一は自分の行為を意外に感じている。それが予想以上に悠を気にしていることの裏返しだとも思えるところが、更に駿一を自己嫌悪にさせる。 教室から走って出ていったのが梓と桃井でなければ、駿一は机に座ったまま、目の前の出来事に冷めた視線を投げかけていただろう。しかし、この事件の一部始終を知っている駿一は、梓と桃井が突然走り出したのを見て、ただならぬ雰囲気を感じてしまった。しかも、悠に深く関わっている二人だ。「さて……どうする?」 ここで何事も無かったように止まり、普通に今日を過ごすことも出来るだろう。しかし……隣で走ってる人物の存在がある以上、それも少し格好がつかない。駿一は、その隣の存在に話しかけた。「……で、お前は何でだよ?」
 駿一に併走するように走っているのは冬城だ。駿一には、冬城が何故、隣で走っているのか分からない。「こういう時、ティムならこうしてると思ったからだよ。お前、ティムはいつも、お前とつるんでただろ?」 冬城がさらりと言った。「ほう、ティムとは犬猿の仲だと思ってたがな」「喧嘩仲間の義理だよ」「ほう……相変わらず分からんな、お前らの感覚は」 喧嘩仲間の義理だの何だのというのは、どうにも理解し難い。こういった感情はティムの方にもあるらしいが……駿一は、仁義だとか、そういったものを重視する感覚は理解できない。
「だろうな。分かってもらおうとは思わないよ。だが……この状況、腕っぷしは必要だろう? ティムの抜けた分は、私が代わりにやってやる!」「お前もティムも、感情の人だねぇ、まったく」 駿一が呆れた様子でボソりと言った。駿一は、霊に絡まれたという時に、咄嗟にお守りを出したりと、自然と対策を取ることはあるが、それは日頃から霊に絡まれ続けているからだ。……もっとも、それは決して自慢できることではなく、むしろ自分が超霊媒体質だということを、心から恨む理由なのだが……。とにもかくにも、準備と今までの経験あってのものだ。しかし、この冬城やティムといった人種は、何事にも感情が先に、しかも優先的に体を動かしている。それが心霊以上に不思議でたまらない。
「さてさて……バックレることになるのか? 俺は。……お前もだが」 駿一がうんざりしながら言う。梓は空来を追っているが、とすれば、このままいけば、学校を出ることになるのではないだろうか。ともなれば、これから始まる授業には出席しないということになる。
「いい子ちゃんの桃井が先陣切ってるんだ。気にするなよ」「気になるよ! てか、そういう問題か!」 さらりとアウトローなことを言い出す冬城に、駿一が思わず叫んだ。お前はいいだろう。しかし、俺は少なくとも、先生達からは不良だとは思われていない。俺が被るリスクは、冬城とは比べものにならないだろう。……もっとも、冬城の言う通り、桃井にとっては、更に大きいのだろうが……。
「しかし……空来が捕まるのは時間の問題かな。梓さんと比べて、空来の方が明らかに体力を消耗してるみたいだぜ」 空来の体はふらついていて、息も絶え絶えなのが、駿一の距離から見ても、あからさまに分かった。

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