巫女と連続殺人と幽霊と魔法@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

85話「呪いの抜け穴」

「ジュブ=ニグラスの呪い……やっぱりそっちが濃厚かぁ」 ジュブ=ニグラスの呪いの方が可能性が高ければ、やはり、この紙と格闘を続けないといけない。杏香は部屋に散乱している紙を、恨めしそうに眺めた。「二つの信憑性に、そこまで大差は無いですよ。だから、今後は二つ並行して調べないといけないでしょうね」「なるほどね、ってことは、犯人が絞られてきたこの状況の場合、まずはジュブ=ニグラスの呪いの犯人探しを、かたしちゃいたいわよね」「そうですね。ジュブ=ニグラスの呪いが本当だった場合、犯人の見当さえつけば一気に解決できそうですからね」「うーん……この紙、憎らしいわ」 杏香が手に持った紙を睨みつける。「逆に考えましょうよ。『これさえ終われば、もう解決まで目前だ』って」「まあ……そうなんだけどね……」「あ、そうそう、そのジュブ=ニグラスの呪いについてなんですけど、呪い返しは、やっぱりあったんじゃないかって思うです」「呪い返しか……あれも眉唾だったから……」「はい。私達は今まで、ジュブ=ニグラスの呪いについて、呪い返しを明確に認識することはできなかったです」「毎回、必ず二人被害者が出るからね。梓が呪い自体を浄化させたことで、呪い返しから推測することは出来るようになったけど……逆に、必ず二人の被害者が出続けたことで、その呪い返しの存在があやふやになってた」「はい。それで、呪い返しについて、色々と調べてみたんですけどね。まずはこれを見て……あ、あれ?」 梓が、手に持った紙に顔をぐいっと近付けて、まじまじと見た。「どうしたの?」「ああ、これ、違う奴ですね。ええと、どこだっけ……」 梓が、部屋中に散乱している紙を片っ端から拾い上げ、書かれている内容を確認する。「これじゃないですね。ええーと……これでもないですよね……呪い返しについての紙、あったんですけど……」「梓が調べた? ううんと……」 梓がなにやら紙を探しているみたいなので、杏香も探し始めた。しかし……。「あー、何でこんなに紙があるのよ!」 あまりに紙が多過ぎて、その中から梓の言っていた紙を探すのが面倒過ぎる。杏香は自然と片手で頭を掻き毟りはじめた。それでももう片方の手で片っ端から紙を手に取ると、大雑把に書面を眺めては、その紙を床に打ち捨てている。
「仕方ないですけど、ちょっと散らかりすぎてるですね……」「でしょー。ここらで一旦整理をした方が……って、これじゃない?」「え? あ、そうそう、それです。何で分かったです? 凄いです!」「そうなんだ、良かった。目立つ入れ物に入れてあったから、そうかなって。これに入れて正解じゃないの。これなら、この紙だらけの中ででも簡単に見つかるわ」 杏香の手には、明らかに他の入れ物と毛色の違う、派手なクリアケースが持たれていた。人に見せる予定の情報等、大切な情報は目立つようにしておく。そうすれば、こんな紙の山の中でも、比較的簡単に見つかるのだ。梓はその辺り、しっかりしていると、杏香はこくこくと頷いて感心した。「え? ああ、これは……そういう意図じゃなかったんですけど……」「そうなの? 梓の趣味なの……」「は、はい……その時は、ここまでこの部屋が紙でいっぱいになるなんて思ってなかったので……」「そう……」 梓が頬を紅潮させて俯いている。「ああ……いいのよ。だって、女の子なら当然でしょ」 杏香が手に持ったクリアケースを梓に渡す。クリアケースには随所にキラキラしたラメが塗ってあり、所々には、彫刻のような芸術的な柄になるように穴が開いている。どうやら、クリアケースの一部をくり貫いて模様を作ってあるみたいだ。 杏香は若干、このハデハデなクリアケースにぎょっとしているが、にっこりと顔を作りながら、梓がクリアケースを受け取るのを待った。
「すいません、なんか……」 梓は、杏香の顔が若干引き攣っているのを見て取ったので、謝りながらクリアケースを受け取った。「い、いいのいいの。それで話の続きは?」「はい……えと、これ、今までに被害者が発見された日にちをリスト化したものなんですけど……」「ほうほう、事件の日付が書いてあるだけのシンプルな表ね」「ええ。それで、私が死神を浄化した日がここで……」「うん……」「それ以降にも被害者は出てるですよね、きっちり二人づつ。……この人、守れなかったんですよね……」「気にしないで。こういうのは見殺しとは言わないわ。後々のためを考えれば、仕方なかったのよ。梓が悪いんじゃないから……」「は、はい……続けますね。私が浄化した日と、その前後の日、比べてみるです」「ええと……あれ? これは……妙ね……」 杏香は、梓の言っていることを理解した。「梓が浄化した日の後は、随分と期間が開いてるけど、前はそうでもない……というか、梓が浄化した日の後の間隔だけが、異常に長いのか……」「ええ、やっぱり、そこだけ見ると、そういう結論になりますよね。それで……」「ああ、この網掛けしてある場所が、そうなんだ」 杏香は気付いた。この表の所々のマスには、薄いグレーで斜めに直線が描画された網掛けの柄が付けてある。「はい、それで……杏香さんならもう分かりましたよね?」
「ええ。つまり、この網掛けされてある日の後は、梓が浄化した日みたいに、妙な間隔が開いてるってことね」「そうなんです。事件の間隔自体、それほど規則的じゃないので、本当にそれだけを注視しないと気付かないような感覚ですけど……」「いえ……でも、他と比べて明らかに浮いてるわ。でも……これは確かに、答えが分かってないと無視するレベルね」「はい。だから今まで分からなかったんだと思うですけど……つまり、犯人は今までも、何らかの理由で呪いに失敗し、呪い返しを受けてたんじゃないかって仮定することができるです」「なるほど……」「このことから推測されるのは、犯人は呪い返しのための、予備の生け贄を常に用意していたのではないかという事です」「予備……ねぇ……犯人はここまで、この呪いのことを知ってるんだし、計算高くて実行力もある。だったら当然、呪い返しのことも計算してると考えるのが自然でしょうけど……命の予備というのも、穏やかな話じゃないわね」「そうですね。しかも、場合によっては自分の命の予備にもなります。呪い返しは、軽くても、犯人と関わりのある人間が対象になるでしょうからね」「そうなの? 自分が殺されるんじゃないんだ……」「呪い返しの効果は、基本、呪いによる効果と等しいもの以上ですから、私も当然そうだと思いました。でも、それだったら、最初に失敗した段階で、連続殺人は起きなくなってますからね」「そうなのよね……」「ここまで用意周到な方ですから、別の呪いか、ジュブ=ニグラスの呪いに抜け穴があったのか……今はまだ分からないですが、何らかの代替手段があるとしても、犯人は死以上の苦痛を味わうことになるでしょう」「死ぬより苦しい痛み……」 杏香は、梓の言葉を聞いて、ふと考えた。人にとって最大の不幸は、自身の死だ。しかし……中には、そうでない死もあることを、梓とは別の立場で超常現象に関わっている杏香は知っていた。

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