巫女と連続殺人と幽霊と魔法@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

73話「エミナのクッキー」

「へぇ……凄くいい香り」 瑞輝が入れたての紅茶のカップを持ち、鼻に近付けて匂いを嗅いだ。「イルベール地方で採れた早摘みのお茶なんだって」「へぇー……」 瑞輝が紅茶を一口すすると、口の中に香ばしい風味が一気に広がった。甘みと旨味のバランスも良い。「あ、美味しい」「味もしっかりしてるでしょ」「うん、美味しい」 瑞輝がこくこくと頷く。エミナも一口紅茶を飲んだ。「元々、味が濃いお茶だから、香織の強い早摘みが一番、丁度良い具合に、この紅茶を味わえるんだって」「そうなんだ。色々あるんだなぁ」 瑞輝が更に、お茶をズズズと口に運ぶ。
「えっと……もう一つあるんだけど……持ってくるね」 エミナが椅子から立ちながら言った。瑞輝にはエミナが妙に緊張した面持ちに見えたので、どうしたのだろうと思いつつ、呆気に取られながら返事をした。「うん? ……うん」 エミナはそのまま部屋を出ていったが、瑞輝は淡白な返事しか出来なかったのを気にしつつ、紅茶をまた一口すすった。「ふぅ……」 紅茶をちびちびと飲み、ディスペルカースの練習で緊張した体が、紅茶によってほぐれるような感覚を感じながら、瑞輝はエミナを待った。
「……お待たせ」 麻色の布を被せたお皿を運んできたエミナは、相変わらず緊張している様子だ。「あの、エミナさん、どうし……」 エミナの様子を心配した瑞輝は、様子がおかしい事を聞こうとした。しかし、その声に被せるような形で、エミナが力んだ大声を発した。
「あの……あとこれ、私が作ったんだけど……!」 エミナは頬を紅潮させながら速足でテーブルに歩み寄ると、これも急ぐようにテーブルの上に皿を乗せ、むしるように片手で布を持ち上げた。
「え? あ、クッキー」 瑞輝エミナの並々ならぬ態度に驚きつつ皿の上を見ると、そこには様々な形をしたクッキーが乗っていた。「あの……焼き菓子を作るのって、これが初めてで……うまく出来てるか分からないけど……」 エミナが、どこか恥ずかしそうな顔をしながら声を震わせて言う。「なあんだ、そういうことかぁ。大丈夫だよ。僕だってお菓子なんて作ったことが無いんだから……おっと」 瑞輝がクッキーを持ち上げると、クッキーはボロボロに砕けて、お皿の上にバラバラと落ちていった。
「ああ……何だろ。上手く固まらなかったかも……」 エミナの顔が急に暗くなり、肩はガクッと落ちた。「い、いや、そーっと食べれば大丈夫だよ、そーっと……」 瑞輝は、手に力を入れ過ぎないように注意しながらクッキーを握り、ゆっくりと口に運んだ。「ん……美味しいじゃないこれ!」 クッキーを食べた瑞輝の気分が高揚する。
「そ、そうかな……?」 瑞輝の様子を見て、エミナもクッキーを食べてみた。「うん……なんか、やっぱり乾燥し過ぎてる。だからボロボロだったんだ……」 エミナが顔をしかめた。
「てか……エミナさん、味見、しなかったの?」「ああ、そういえば……なんか、気が気じゃなくって……」 ああ、そういうことか。瑞輝は納得した。エミナさんは、今のこんな調子でクッキーも作ったに違いない。だから、きっと肩に力が入ってたりとか、不安だったりとか、色々したんだろう。
「うーん……やっぱりあんまり美味しく作れなかったな……ボロボロだし、硬いし……」「そ、そんなことないよ。本当に美味しいと思うよ。なんか、凄くサクサクしてて、甘みも丁度いいし!」「気休めはいいんだよ、瑞輝ちゃん……」「いや、本当に美味しいんだって! 少なくとも、僕は好きだよ、本当に」「瑞輝ちゃん……ありがとうね。そうだよね、瑞輝ちゃんが嘘を言うはずないよね……うん、今度はもっと上手く作ろう」「自信、持っても大丈夫だよ。本当に、このサクサクした食感、好きだもの。それに味は完璧でしょ。普段から料理してるって分かるよ」「うん……ありがとう。ごめんね、もう大丈夫だから」 エミナが、少し火照った様子の表情をしながら、紅茶を一口飲んで息を吐いた。 瑞輝も動揺していたのか、紅茶の存在を忘れていたので、紅茶に手を伸ばす。「ああ……紅茶とも合うんだね。紅茶の風味とクッキーの甘味が、いい感じだ」「ふふ……ありがとうね。なんか、瑞輝ちゃん、本当に美味しそうに食べてて……本当に自信が出てきちゃう」「本当だって」「ああ……そうだよね。瑞輝ちゃんは嘘つかないもんね」 エミナが、申し訳なさそうに眉をハの字にしながら、一口、紅茶をすすった。
「……ね、瑞輝ちゃんが頻繁に来るようになって、なんだか最近楽しいんだ。一時期姿を現さなくなった時は、ちょっと心配だったけど……そこいって十日くらいなんだし、ちょっと心配性過ぎたって、反省してる」「……ごめんね。それは僕が悪かったと思う」「え?」「多分……怖かったんだ……」「怖かった……?」「色々な事から、逃げ出したくなってた……だから……ごめん……」「あ、謝る必要無いって、瑞輝ちゃん。急にどうしたの!?」 エミナは慌てた、何故か瑞輝が急に落ち込み始めたからだ。
「魔法を成功させなきゃいけないことが……いや、それも違うんだ。あの怪物と戦うことが怖かったんだ。だから、きっと、その原因になる魔法を使うのも怖くて……」「そうなんだ……」「それで……ここに来ると、そんな魔法も使わなくちゃいけなくなるから……ちょっと、来たくなくなっちゃったんだ……ごめん……」
「瑞輝ちゃん……瑞輝ちゃんさ、いつも思うけど、素直だよね。私、瑞輝ちゃんのそういうとこが好きなんだ」「エミナさん……」「慎重になり過ぎてるって、なんとなく感じてたけど……それってやっぱり瑞輝ちゃんが優しいからなんだって、今、分かったよ。不安でしかたがない時って、誰にでもあると思うから……瑞輝ちゃんは、それが今だったんだね」「不安……そっか、僕、怪物のことが怖くて……不安だったから消極的になってたのか」「あっちの世界、大変そうだもんね。だから、瑞輝ちゃんが、私に心配かけないようにって思ったり、あっちの世界をどうにかするために、凄く責任を感じてたりしてたんだよね」「え……」
「瑞輝ちゃんが、これだけ悩むんだから、自分のためじゃなくて人のためなんだろうなって、なんとなく思って……それに瑞輝ちゃんが、これだけ慎重になるってことは、何か大変な理由もあるんだろうって。多分……あっちの世界で光属性の魔法を使う必要に迫られてて、だから、それがとってもプレッシャーになってて、失敗が怖くて……いつも慎重な瑞輝ちゃんが、更に慎重になってるんじゃないかって」「エミナさん……」「この前は、ゆっくりやればいいって言ってたけど、私には、その言葉とは逆に、時が経つほど瑞輝ちゃんが焦ってくのを感じたんだ、だから、ひょっとしてって……」「エミナさん……エミナさんは凄いね、何でも分かっちゃう。僕自身にだって分からない事も、分かっちゃってるみたい」「だって、いつも瑞輝ちゃんのこと、見てるから……責任感が強い瑞輝ちゃんとか、人を傷付けたくない瑞輝ちゃんとか……そして、今みたいに、自分がやらなきゃいけないことができた時に、気負い過ぎちゃう瑞輝ちゃんも……」「……」 瑞輝がエミナの顔を見て、呆然とした様子で「エミナ……さん……」と一言だけ呟いた。
「瑞輝ちゃん……? えと……違うの? ごめんね、なんか、分かったようなことばっかり言っちゃって」「……」 瑞輝は暫く、唖然とした顔のまま、沈黙した。エミナは瑞輝が再び口を開くまで、瑞輝のおかしな様子を心配に思った。しかし、瑞輝の発した一言を聞いて、ほっとした。
「いや……全然怒ってないよ。でも……多分、エミナさんの言う通りなんだと思う。ただ、ちょっとね……自分でも分からない事なのに、何でエミナさんは分かってるのかなって思って、ちょっとびっくりしたんだ」「そうなの? でも、そういうことってあるかもね。自分でも分からないことって、私も確かに結構あるかもしれないわ」「そう……かもね。確かにエミナさんの言う通り、ちょっと気負い過ぎてたかもしれないな、僕は」「瑞輝ちゃん……あ、そうだ!」 エミナが、何かを思い出したように立った。

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