巫女と連続殺人と幽霊と魔法@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

60話「見舞いから――」

「あの……怪物は、僕になんとか出来ないんでしょうか。今回の……連続殺人の……」 瑞輝は思い切って聞いてみた。怪物に対しては、何か自分で出来ることはないのか。
「それは……呪いですから、破魔と似た性質を持つ桃井さんの魔法なら祓えるかもしれないです。でも……近寄っちゃだめです。現に私は呪いを祓おうとしたら襲われたです。だから、不用意に祓おうとしたら、それだけで、逆に呪いに殺されかねないです。呪いに対してどれだけの効果があるか、呪いがどう動くか……色々準備はありますけど……失敗したら殺されるですから、出来る限り百パーセントの勝算が欲しいところです。今回のは、とっても強力な呪いですから、専門家に任せるべきですよ」「そうですか……いや、確かにそうですよね……」 瑞輝が、ただでさえうつむき加減な顔を更にうつむかせた。その様子を見て、何か、大事そうなことを考えているのかもしれないと梓は思ったが、梓には、それが何なのかまでは分からなかった。
 いずれにしても、この瞬間を機に梓と瑞輝の話は途切れ、ふと無言の時間が訪れたのだが――。
「あの……梓さん、そろそろ僕、帰りますね」 先に口を開いたのは瑞輝だった。「ああ、はい。わざわざお見舞いに来てくれてありがとうです」 瑞輝がそろそろ帰るらしいので、梓はお礼を言ったが……梓には、口を開いた瑞輝の雰囲気が、少し違って感じられたのが、心に引っかかった。声色も、どこか緊張を帯びたように感じられる。
「あ……これ、食べませんでしたね」「ああ、そうですね……でもお菓子だから日持ちはすると思うですから、大丈夫だと思います」「そうですね、大事に頂きますね」「はい……じゃあ、これで。体、ゆっくり休めてください。さようなら」「さようなら、桃井さんも気をつけて」 何に対しての気を付けてなのだろう。梓は自分でかけた言葉にも関わらず、意味が分からなかった。瑞輝からしたら怨霊に気をつけろという意味に取るだろうが……梓自身は、一体どういったつもりで「気をつけて」と言ったのか。恐らく、瑞輝の、あの時の決心した顔立ちから、何かを察したのだろうが……。
 瑞輝の決心した顔立ちから、何を感じたのか。梓は、自分の脳裏に急に沸き、急に消えた予感が何なのかが無性に気になりはじめた。瑞輝が去った後も、どうにかそれを明確にしようと考えていたが、その思考は中断されることになった。
 ――ガチャ!「よっ、梓、居るー? ……あ、居た居た。結構大変だったみたいじゃないの」 ノックもせずに、勢いよくドアを開けて梓の病室へ入ってきたのは杏香だった。「あ、杏香さん……てか、杏香さんは、私の怪我については知ってたんじゃないですか?」「んん? そりゃ、私が梓の所に着いた時は、丁度救急車が来た時だったから、大体の状況は把握できたけどね。でも、その後は面会も出来なくて、今になってようやく梓の姿が見れたからさ」「ああ、そういうことですか……杏香さん、怪物は、思ったよりも強力です」「そうみたいね。梓がそうなるってことは、あたしの方に来たら、どうなってたことか……考えただけでぞっとするわ。あたしは霊や呪い退治に、梓ほど特化はしてないからな……」 確かに、杏香は霊や呪いに関しては、梓ほど強力な力を発揮しない。そのため、もしもの時用に、霊を追い払うような手段は持たせているのだが……呪いが予想外の力を発揮して退ける可能性もある。そうなったら、呪いにやられるのを待つだけになってしまう。
「うーん……やっぱり、呪いの怪物と正面から戦うには戦力不足が否めないですね」「そうねえ……でも、そもそも呪いと正面から戦えるクラスの霊能者となるとね……日本全国探すとしても、何人居るのか……」「現実的じゃないですよねぇ」「少しでも被害を食い止めたいとはいえ、このままじゃ駄目ね。替えの効かない梓が毎回こんなことになっちゃ、危なっかしくてしょうがないわ」「そうなんですけどね……あ、そうだ。これ、聞かなくちゃいけないですよね」「え、なになに?」「今回の被害者の数です」「ああ……それね」 杏香はこくりと頷いたが、梓には、一瞬、杏香の顔が曇ったように見えた。
「ええと……いつも通り、二人死んだわ」 杏香が、いいずらそうにしながらも、はっきりと梓に伝える。「そうですか……」 杏香が言ったことに、梓は落胆したが、落胆しながらも次に聞かなければいけないことを口に出す。
「……どこで殺されました?」「えーと……地図でも持ってくればよかったんだけど……ああ、スマホで検索しよっか」「あ、いえ、ポイントで言ってくれればいいです」「ポイント? ああ、梓が事前に調べてたアレね。でも、あの範囲からは、少なくとも死体は見つからなかったわよ。もっと遠く離れた所で、殆ど一緒の場所に二人……よくよく考えると、今回ほど近くで死体が見つかったのって初めてかもね」「そうですか……素直に良かったとは言えないですけど……良かったです」 梓は、少し心が軽くなった気がした。
「良かった? 梓が殺されるかもしれなかった人を、怪物から守ることが出来たからかしら?」「それもありますけど……もう一つ大きいのは、これで呪いの正体に、一つ近付いたからです。今回の呪いは、色々とイレギュラーだったです」「イレギュラーか……私もこの一件については、今までに色々考えてはいたけど、確かに今回って、色々おかしいのよね……梓、まさかそれ計算して、こんな無茶を!?」「ええと……呪いの化身ともいえる、あの怪物を、呪いの効果を発揮しないまま、強制的に浄化すると何かが変わるだろうっていう考えはあったです。それ以上のことは、あまり深くは考えなかったですけど」「へぇ……梓ってやっぱり専門家ね。つまり、イレギュラーを意図して発生させてみたのね」「結果的には、そうですね。最初のとっかかりは、一人でも多くの人を救いたいと思ったことだし、呪いの変化についても、計算とかじゃなくて、漠然とした思いでしたけど」「要は勘ってことね。でも、専門家の勘って、結構アテになる時もあるし、今回、実際にやってみて、変化が現れたわけで……犬も歩けば棒に当たるっていうけど、やっぱ、やってみるべきよ」「結果、こんなボロボロになっちゃいましたけど……」「それでも傷を治せばチャラだし、こっちが一歩リード出来たことには違いないわよ。やっぱ、勘は勘でも、その道のスペシャリストの勘なのよ、梓の場合。これで犯人を、また一歩、追い詰められたと思う」「嬉しそうですね、杏香さん」「梓だって、まんざらじゃないでしょ。ようやく相手の尻尾を掴めるかもしれないんだから」「それはそうですけど……窮鼠、猫を噛む。これからは、今以上に何が起こるか分からなくなったとも考えられるですよ」「それは……その通りかも。まだまだ油断は出来ないわね……」 窓から差し込む明るい日差しに照らされて、ベッドのシーツの白が映える病室の中で、二人の会話は自然と連続殺人事件の話へとなっていった。

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