巫女と連続殺人と幽霊と魔法@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

43話「暴走する怨霊」

 桃井が居なくなってから数ヶ月、桃井が居ない違和感は、ようやく無くなろうとしていた。どうにか気持ちの整理がついて、心のざわつきも無くなってきた。そんなところだろうか。とはいえ、どことなく手持無沙汰な感は否めなかった。が、しかし、その問題は、少し経ったら問題無くなった。いや、問題が増えたというべきだろうか。
 桃井が戻ってきたのだ。突然行方不明で居なくなったと思ったら、また突然現れた。吉田としては納得がいかず、原因を誰これ構わずに聞いたものだが……誰にも分からなかった。
 桃井は、行方不明になっていた間のことを話したり、メンタル的な治療のために、発見されて暫くは学校へと来ることはなかった。 ――そして、桃井が学校へと復帰する日、俺は学校に行くまでの間、桃井と会ったらどう感情を表現すればいいのかを、必死に考えていた。思えばそれは、桃井への愛情や、親近感の類だったのかもしれない。初めて桃井をいじった時も、そうだったのだろう。だが、教室に入って、桃井の姿を一目見た時、分かり易く、単一の感情が沸いた。 憎しみだ。桃井のせいで、俺の人生はこんなにも狂ってしまった。もっと孤独ではなく、もっといい高校に入れて、悠だって死なせなくてよかったかもしれない。そう、俺にとって桃井は、忌々しくてたまらない存在だったのだ。 悠が死んで、桃井も居なくなって、心にぽっかり穴の開いた気分になって……それでも、俺は気持ちを整理できた。時間はかかったが、気持ちの折り合いがついたのだ。それなのに……桃井は再び俺の前に現れた。なんて忌々しい奴なのだろう。だから、俺は迷いもせずに、桃井を再びいじり始めたのだ。
「うおおぉぉぉ! お前はぁぁぁぁ!」
 そして、それは今でも同じだ。だから、ひと思いには殺さない。嬲り殺しにして、今までの、俺の苦しみを味わわせてやる。そして……俺の気が済むまで嬲った後、殺し……桃井は俺と同じ、亡霊になる。そうすればまた……俺は桃井をいじってやれる。
「ぐおおおぉぉ……ははははぁぁ! そろそろ終わりにぃ……」 そう、桃井を俺と同じ所に引きずり込んでやるのだ。そうしても、桃井は俺からは逃れられない……いや、そうすれば、桃井をまた、前と同じようにいじれるようになるだろう。
「ふはぁぁぁ!」
 だから、桃井は死ぬ。悠と同じ、俺が殺す。吉田は、桃井の首をねじる決断をした。瞬間……吉田の心から、優越感と支配感が消え去り……感情が少し収まった。そんな気がした。
「だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 どこからともなく、小さな女の子の声が聞こえ、吉田がその方向に振り向いた時、吉田の心はまた、ざわつき始めた。




「これ以上投げられたら、桃井君、死んじゃうよ!」「ううむ……そろそろまずいな……悠、吉田がどんな状態なのかはよく分からんが、まずは桃井から離したい。ひとまず突き飛ばしてから、どうにか時間稼ぎを……っと」 駿一が話しているうちに、悠は桃井の方へと走り出した。いや、幽霊だから、高速でスライドしだしたという表現の方をいいのだろうか。いずれにしても、悠が精一杯のスピードで、暴れ狂う吉田に向かっていく。
「ふはぁぁぁ!」 吉田が、今まさに桃井の首をねじって桃井を殺害しようとしている姿を、悠は近付きながら目の当たりにした。
「だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」 もはや、一刻を争う事態となったことを、悠は感じ、本能のみで叫んだ。そして、悠は我を忘れて――気が付いた時には、吉田を思いきり突き飛ばしていた。「はぁ……はぁ……はっ!? 桃井君!?」 悠がきょろきょろと周囲を見渡すと、すぐに桃井の姿を捉えた。桃井はぐったりとして、地面に倒れていた。「桃井君!」 悠は叫んで、桃井に大慌てで近付いていった。




「う……う……?」 僕は死んだのか――? 朦朧とする意識の中で、瑞輝は思った。吉田君に首を折られて、道路に倒れて――視界がはっきりしない。今、どうなっているのか分からない。「桃井君!」 誰かの叫び声が聞こえる。……ということは、まだ生きているという事か。指を動かしてみる――少しだけ、動いた感触があった。「うぅ……」 全身を激しく打ち付けた打撲のせいか、体がなかなか動いてくれないが、僕は腕になけなしの力を入れて、地面を押し、どうにか仰向けの体勢になった。「……」 少なくとも、まだ、あの世には行っていないみたいだ。ぼんやりとしている視界でも、周りの高い塀と、少し雲の多い空は、辛うじて認識できるようだ。
「桃井君! 桃井君!」「……エミナ……さん?」 瑞輝は、自分の目の前に顔があるのを感じた。その顔は、はっきりとは見えないが、どこか、エミナさんに雰囲気が似ていた。
「えっ……エミナ……さん?」「違うの……? そうだよね……エミナさんが、こっちに居るわけが……え……もしかして……」 瑞輝には、その声に心当たりがあった。昔……何年も前に聞いたことがある声をしている。目が霞んで、顔ははっきりとは見えないが……。
「何なんだ……何なんだよぉ!」 瑞輝の耳に、吉田の声が聞こえた。どうやら、吉田君はまだ居るらしい。吉田君からの攻撃は止まったみたいだけど……。 瑞輝は周りの状況がよく分からないので、これまでの状況を頭の中で整理することにした。吉田君はまだ近くに居るが、こちらに攻撃はしてこないらしく、近くで何やら取り乱した声を発している。 さっき、僕の名前を読んだ人を、僕は最初、エミナさんだと思ったが……それも違う、僕のもっと古い記憶に残っている人だが……今は、ひとまず吉田君から身を守る事を考えた方がよさそうだ。こんな状態でも、無理矢理にでも腕を動かして吉田君に魔法を打つことくらいはできそうだ。しかし……僕にはまだ、吉田君に魔法を撃ち、吉田君を消滅させる決心がつかない。だから……逃げるしかない。何故だかは分からないが、吉田君は激しく動揺しているように見える。 曖昧ながらも状況が掴めた瑞輝は、次に、吉田が動揺しているうちに、吉田から、どうやって逃げるかを考え始めた。僕はまだ生きているらしいが、全身の打撲によるダメージが酷く、体は自由には動かせない。足の感触からして、膝から下は骨折でもしているのだろうか。痛みしか感触が無く、動かそうとしても動かせない。こんな状態で、なんとか逃げなければならないが……。
「お前がここに……いや、生きてるはずがないだろぉぉぉ!」 吉田の声が響く。しかし、その声が聞こえるのは一部の人間だけだ。吉田の恨みの対象である瑞輝か、同じ幽霊の悠か、超霊媒体質の駿一か……そして、梓か。もし、梓が近くに居れば、吉田の声だけでなく、激しい怨霊の怨嗟をも感じ取れるだろう。
「う……に……逃げ……」 足の動かない瑞輝は、どうにか手で這うだけで、吉田から遠くに離れようとする。しかし、それは、あまりにもゆっくり過ぎる。吉田がいつまた攻撃を始めるか分からないが、とても逃げ切れるとは瑞輝自身にも思えなかった。

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