巫女と連続殺人と幽霊と魔法@異世界現代群像のパラグラフ

木木 上入

24話「吉田と杉村」

「よう」 俺が軽く手を上げると、奴はいつもの態度で俺を見た。「吉田か、何だよ」「面白いこと、やってんじゃねえか、ああ?」「何が?」「しらばっくれんなよ、呪いだよ」
 奴は一瞬硬直したが、僅かに口角を上げて、軽く息を吐いた。「ああ、あれか……今更何の用だよ」「いいな、あれ」 ティムが怪我したおかげて、瑞輝が落ち込んでいる。最近は女子にちやほやされていて調子に乗っていると思っていたが、やはり罰が下ったのだ。「……で?」 奴が気怠そうに、そっけない返事を返す。
「お前は俺を、一度誘ったんだぜ? 仲間に入れてくれよ」「お前、信じてなかっただろ」「いや、あの時は俺が悪かった。今は信じてるよ」「随分と都合のいいことだな」「なあ、嫌だっていうんなら、バラしてもいいんだぜ? そうしたらお前は人殺しになる」「そう殺気立つなよ、別に嫌じゃないさ」「じゃあ、教えてくれるのか?」 しめた。上手い具合に食いついた。
「教えるさ。お前の事だ、瑞輝の奴をどうにかしたいんだろう?」「へ……分かってるじゃねえか」 交渉成立だ。生き返った……というか、どうせ目立とうと思って雲隠れでもしていたのだろうが、何にしても、帰ってきてから反抗的になっている。瑞輝には罰が必要だ。
「だが、やる事はやってもらうぞ」「勿論だ。タダで教えてほしいとは言ってないさ」 黒魔術が本当に使えるとは思わなかったが……この方法ならミズキを追い詰めることができる。 もう一回ティムを呪えば、今度こそ死ぬだろうか。死んだとしたら、瑞輝のせいで、また一人、人が死ぬことになる。 そう、瑞輝と関わると不幸になるのだ。あの時もそうだ。悠はミズキを庇ってばかりだった。俺の方には振り向いてもくれなかった。
「来いよ、教えてやる」「ああ……」 俺は、にやつきを隠すことができなかったので、それとなく手の平で口を隠しながら、奴の後に付いていくことにした。




「さぁてと……」 夜の暗闇に紛れてこんなことをするのは惨めでしょうがないが、俺は努めて明るい所には行かずに息を潜めてタイミングを待っている。「あの野郎……本当にこんなペラい紙一つで呪いなんて使えるんだろうな……」
 奴にやり方は教えてもらったので、別に馬鹿正直に約束を守る必要も無いのだが……そんな事をしたら、奴が怒って俺を呪い殺しかねない。どうせこれっきりの深い関係なのだ、付き合ってやろうじゃないか。「ひ……ひひひ……」 もうすぐ、あいつの……瑞輝の悲痛な顔が見れると思うと、ついつい笑いがこぼれてしまう。 そう、俺は悠を瑞輝に取られたわけじゃない。まして、あいつに負けたなど、絶対にあり得ない。あってはいけない。そう……俺の方が上だという事を証明して、瑞輝に認めさせないといけない。
「ん……」 来た。あれがターゲットか。俺は障害物の影に身を潜めながら息を殺す。 ――違う。あれは女性だ。間違えて呪いを使えば、約束とは別の人を殺しちまう。おれだって、殺す人は最小限にとどめたい。「おっ……」 次が来た――男性だ。が……特徴が違う。「くそ……」 ここで待っていれば、いつかターゲットが来ると奴は言っていた。が……こんな事をしているうちに、もう三日も経っている。
「あと三十分待つか……」 これが終わったら、いよいよ瑞輝に罰を与えるのだ。最初はだれを殺して苦しめようか。やはり、不自然に瑞輝と親しいティムか。腕っぷしの強いあいつを放っておいたら色々と厄介だ。それとも急に瑞輝といちゃいちゃし始めて煩わしい空来か。ティムの周りから攻めるという手もあり得る。駿一グループだ。ティムは瑞輝といちゃいちゃしているが、その前は駿一にべったりだった。更にその周りにはロニクルさんと雪奈が居る。 殺すならロニクルさんだろうか。コミュ障で無反応な駿一の抵抗など、たかが知れているし、臆病な雪奈は、むしろいじるのに最適だ。問題はロニクルさんか。ロニクルさんは、転校してからすぐに、そこらじゅうの奴らに手を出して素早くコネを作っている。駿一グループに手を出すなら、放っておいたら危険だ。
「ち……まだかよ……」 早く瑞輝を屈服させたい。女子にいちゃいちゃされて勝ったつもりでいる瑞輝に、本来の上下関係を思い出させてやる。あいつが俺より下の存在だと認識させて全てを元に戻せば、このモヤモヤした気持ち悪さを取り除けるはずだ。どこかで掛け違えたボタンを、もう少しで直せるんだ。「うん……?」 また誰かが来た。身を縮こませて息を潜める。




 見つけた。犯人はあいつだ。骨を模したマスクと、ボロボロのマントを着ている。あの瑞輝という少年の証言通りだ。 瑞輝は気が動転していた様子で、時折、魔法という言葉を口走っていたが、それは最初だけだ。彼は徐々に冷静さを取り戻したので、少なくとも後半の証言は信用できると踏んでいる。 それにしてもこんなふざけた格好をして、一体何がしたいのだろうか。ターゲットを威嚇し、狼狽えさせるためか? それとも自分に陶酔し、死神か何かだと思い込んでいるナルシストか。 ……もしかして、自分の姿を見せびらかしたいために、こんなことをやっているのか。だとしたら、露出狂と思考が似ている。完全なる愉快犯だといえるかもしれないがそうだとしたら、かなりのサイコパスだ。 いずれにしても、その答えはもうじき分かるだろう。もうそこに犯人がいるのだから。 あんな所にぼおっと立って何をしているのか。答えは簡単だ。きっと次に通る通行人を狙っているのだ。誰かをターゲットにしているわけではない。
「凶悪な連続殺人犯め……」 殺人犯の手に持った鎌が、蛍光灯の光に照らされてぎらりと鈍い光を放つ。その巨大な鎌は、見れば見るほど奇妙な威圧感を感じる。あの鎌も、あまりに現実離れをしているので偽物に見えるが……状況証拠から判断して本物なのだろう。それにしても、なんとも不気味な雰囲気を出している鎌だ。あんなものをどこから調達したのか。
「もうすぐだ……もうすぐお前を逮捕してやるからな……」 杉村は殺人犯を凝視しながら、自然と腰のホルダーに手を触れさせた。 聞きたい事は山ほどある。今すぐにでも、この腰のホルダーにある手錠であいつを拘束してやりたい。だが相手は凶悪殺人犯だ。慎重に動かねばならない。 応援は電話で呼んである。あと十数分で到着するだろう。それまで奴の様子を監視しながら待たねばならない。相手は連続殺人犯、いわば現代の切り裂きジャックだ。一人で仕掛けるのは、あまりにも迂闊で危険だ。




「なにをしてやがる……!」 俺は苛立っていた。奴に言われた通り、出来るだけターゲットに近寄って、あの紙に自分の血を垂らしたのだ。 そうしたら、奴の言う通り、「呪い」が出た。出たのだが……動かない。
「動けよ……!」 何故動かないのか。やり方は合っている筈だ。呪いを見る。呪いは微動だにせず、その巨体も、禍々しい大鎌も、不気味な骸骨も、全く機能していないように見える。
「何でだよ……」 頭の中で、呪いの手順を何回も思い出し、反復してみるが、手順に間違いは見つからない。「これでいいのか?」 額に冷や汗が滲む。こちら側を襲ってきやしないかとハラハラして仕方がない。「大丈夫……な筈だが……」 呪いの効果範囲は決まっている。つまり、あいつの効果範囲内に足を踏み入れなければ安全が保たれるわけだ。
「うん……?」 もしかしてターゲットが近寄ってこないのか。ターゲットが急に方向転換をしたということだろうか。 もしそうなら、タイミングが早すぎたのかもしれない。もう少し引き付けてから、呪いを使うべきだった。「くそ……!」
 ここで失敗したら、奴はまた俺に指図してくるだろう。なんて忌々しい奴だと思いながら、呪いの方を見る。 奴は、こんな呪いを自由自在に操れるのだ。この呪い、そして奴だけは敵に回してはいけない。「……」
 かといって、ここでターゲットを仕留められなかったら、奴はもう一回やれと俺に言うだろう。そうなったら、またこんな面倒な事をやるはめになってしまう。瑞輝に俺の力を思い知らせるのが遅くなる。 もう呪いの方法は知っているのだ。奴に従う義理は無いが……奴に逆らえばどうなるかは分からない。こいつに首をはねられて助からないのは、呪いを目の前にすれば痛いほど分かる。「ち……」 ここから二歩ほど歩けば、物陰からターゲットの方を覗ける。勿論、呪いの範囲には入らないので俺の体は安全だ。しかし……刑事に顔を見られる危険がある。まだ何もやっていないのに顔が割れるのはまずい。
「くそ……仕方ねえか……」 一体、今、何が起きているのか。そもそもターゲットは本当に居るのか。もしかしたら、急に引き返したのではないか……それを確かめるには、多少の危険は仕方ないか。 俺は腹を決めて、そっと物陰から顔を出した。

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