異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~
心の在り方(10) アリエルside
彼女の――、クリステルの言葉に私は……。「そうでしたか……」と、しか答える言葉しか持ち合わせてはいなかった。
…………何故なら、私も最近ずっと眠れない毎日が続いていたから。
「クリステルは……」
「何?」
「あの。クリステルは、自分が殺してしまった人達に対して罪悪感を抱いているのですよね?」
「そうね。だからこそ、私は自分が殺してしまった人数よりも、より多くの人を助けたいと心に誓ったわ。それでも……」
「……」
クリステルが、言い淀んでしまった言葉の続きは何となくだけれども想像はできた。
どんなに手を尽くしても助けられないと言いたいのだろう。
それでも彼女が、その事を口にしないのは言えば心が折れてしまうと思っていたからかもしれない。
「クリステルは強いですね」
「――え?」
彼女は、驚いた表情で私を見てくる。
――でも、それ以上に自分自身の発言に驚いたのは私自身で。
それと同時に、ストンと胸の奥に答えが落ちてきたように思えた。
……そうか。
私は――。
私は……。
「ハハハッ……」
意図せずに小さな含み笑いをしてしまう。
それは乾いた笑いになっていて。
心配な表情でクリステルが私の名前を呼んできたけれど、答える余裕は私にはなかった。
――そう。
私は、ずっと自分を誤魔化してきた。
最初に人を殺した時に本当は気が付いていたはずだった。
人の命は――。
違う……、人の命だけじゃない。
どんな生き物も命と言うのは平等に一つしかない。
同じ命なんて何一つ無いということを。
何人も殺してきて私は必死に仕方ないと自分に言い聞かせて命令に従うだけだった。
だけど……、そんな私にも死の間際であっても「ありがとう」と、感謝の言葉をくれる人がいる。
――はじめて……、人に「ありがとう」と、感謝してもらえた。それは、私にとって大きな意味合いを持っていた。
自分が、今、この場所に居ても良いと言われているようで――。
私を本当の意味で求めてくれた。
私を心の底から認めてくれた。
私にも生きている意味があると。
――そんな人達と、私が今まで殺してきた貴族が一緒だと思いたくなかった。
だから、ずっと心の中が淀んでいたのだろう。
認めてしまえば。
認めてしまったら。
私は……。
きっと耐えられないから。
……でも……。
そうじゃない。
私は目の前の女性――、クリステルを見る。
彼女は心配そうに私を見てきているけれど、本当に彼女は強いと思ってしまう。
クリステルは、たくさんの人を殺したと自分自身を責めているけれど、それは貴族が命令したことであって、結果的には大勢の人は死んだけれど彼女は悪くないと思う。
……だけど、彼女は自分が行った過ちから目を逸らさずに戦おうとしている。
――対して私は、どうなのだろう?
命令とは言え……、私は直接、貴族を殺してきた。
それは、クリステルより酷いことだ。
それなのに、私は目を背けている。
自分は悪くないと。
命令をした人が悪いと。
殺した貴族が悪いと。
……本当に、滑稽を通り越して愚かとしか言いようがない。
「クリステル。私は、この病の治し方を知っています」
「そうなの?」
「はい」
「――でも……」
クリステルは言い淀む。
病に関して突然話し始めたことに彼女から戸惑いが感じられる。
きっと、クリステルは遠まわしに聞こうとしていたのかも知れない。
だけど……。
多くの人から感謝の言葉を貰って、クリステルの過去を聞いて私は自分がどれだけ甘えていたのか分かってしまった。
これ以上、胸の中に積もり重なっていく淀みを放置したくない。
何より耐えられないのだ。
看病して親しくなっていく人達の死に際を見るのがこんなに辛いことに。
「気にしなくていいです。それよりも、病の治し方については私が教えます。ですが……、一つだけ条件があります」
「条件?」
眉間に皺を寄せるクリステルを見ながら私は口を開く。
「はい。条件を飲んで下されば教えますが、そうでなかったら……」
「それは、エルトール伯爵領に迷惑が掛かることなの?」
「いえ。それはありません」
「……そうですか。それなら教えてもらえますか?」
「いいのですか?」
「ええ。今の貴女の表情で嘘を言うようには見えないもの」
「ふふっ、それも薬師としての感ですか?」
「そうね」
彼女の言葉に私は大きく溜息をつく。
別に条件を飲むことを断られても治療方法については教えるつもりだったけれど、彼女は私の言葉を信じて条件を呑んでくれると言ってくれた。
本当に彼女は強い。
そして、私はどこまでも弱かった。
「……そうですね。私は、【ベルンハルト】の人間です。エルトール伯爵を篭絡させるために派遣されたメイドであり間者です」
「――え? そうなの?」
「はい。ですが……、もう【ベルンハルト】の命令で動くことは致しません。表向きは、命令に従う振りはしますが……」
「そう。それなら良かったわ。ルーズベルト様は、真っ直ぐな方だから篭絡させるために送り込まれたってことは、そういうことに詳しいのよね?」
「ええ、まぁ……」
「そう。それなら疫病が収束した後も大丈夫そうね」
「え――? クリステルは疫病が終わった後は……」
彼女は、頭を左右に振る。
「薬師ギルドに逆らったもの。きっと薬師としての資格は剥奪されているわ。一度、王都に行かないといけないもの。もうエルトール伯爵領に戻ってくることは無いと思うわ」
ルーズベルト様がクリステルに好意を抱いているのはエルトール伯爵領に仕えていた私には一目で分かった。
「クリステル」
「何?」
「ルーズベルト様は、貴女に好意を抱いているようですが……」
「そんな訳ないわ。私は一介の薬師よ? それに大勢の人を殺した奴隷だもの。こんな傷だらけの体を――、奴隷の紋章が入った体を好む殿方なんていないわ」
「そうですか……」
私は心の中で小さく溜息をつきながら、これ以上は話しても意味を為さないと思ってしまう。
男女の恋愛というのは第三者が言ったところでどうにもならないことはメイドをしていて色々と見てきたから分かるから。
それに私達がすることはたくさんある。
まずは疫病から町の人を救わないといけない。
「クリステル。それでは話は本題に戻ります。まずは――」
私は、イリア病に関する治療方法をクリステルに話しはじめた。
それから、一週間後にアルカの町は平穏を取り戻し一か月後には街道封鎖も解けることになる。
そして……、クリステルはフレベルト王国の王都にエルトール伯爵の紹介ということで薬師としての勉強と資格を取りにいくことになった。
それから5年後。
エルトール伯爵ルーズベルト様と、クリステルは結婚することになり翌年の冬に娘が生まれることになった。
名前はシャルロット。
幼いながらも母親であるクリステルに似たのかメイドである私にもシャルロット様は、甘えてくる。
ただ5歳になったある日、高熱を出してからは以前と雰囲気が変わってしまってはいたけれど、家事の手伝いをしてくれるようになった。
いくら人手が足りないと言っても貴族の令嬢や子息が手伝うなんてことはない。
だけど、シャルロット様は率先して手伝ってくれるのだ。
シャルロット様は、人を疑うことを知らず、まっすぐに成長していった。
好ましいと思う反面、私は心配になった。
貴族の社会と言うのは、悪意に満ち溢れているから。
それでも、エルトール伯爵領は不味しいから中央貴族からの良縁には恵まれないと思っていた。
さすがに公爵家から縁談があった時には驚いたけれども、きっとルーズベルト様とクリステルが何とかして下さると思って様子を見ていた。
だけど、シャルロット様が特殊な薬を作れると見せに来た時には驚いた。
もしかしたら、シャルロット様が危険な事に巻き込まれることがあるのではないのか? と――。
そして、それはシャルロット様が魔法を使っていたのを見て確信に変わった。
矢張りというか【ベルンハルト】から、薬に関する報告を上げるようにと私に命令がきた。
私は、そこで一計を案じた。
それは――。
何かに殴られた衝撃と共に私は目を覚ました。
目の前にカルロが居る。
彼は私を睨みつけていた。
「やっぱり寝ていたのか!」
「うるさいわね。――で、何よ?」
「お前が送った報告書だが、全てデタラメだったんだろ!」
「そんなことないわよ」
私は肩を竦めながら答える。
全てデタラメではない。
一部がデタラメなだけなのだ。
意図的に仕組んだ。
シャルロット様の存在が、【ベルンハルト】に伝わらないように……。
当然、スケープゴートは必要。
そのスケープゴートは、クリステルに頼んでいた。
彼女は、寂しそうな目で私を見てくると了承してくれた。
クリステルもシャルロット様が人を疑わなすぎる素直な子供である事に気が付いていたのかも知れない。
いまは両親がいる。
だけど、シャルロット様は特別な力を持っている。
何れ命の危険に晒される場面に直面することだってあるかも知れない。
その時に人を疑うと言う事を知らないというのは大変危険だ。
だから、私が間者だと言う事を伝えることで身近にも危険はあると言う事をシャルロット様には知ってもらいたい。
「私だって知らなかったもの。それに知っていたら……、ルーズベルトと繋がっていたのなら同じ部屋に閉じ込められる事なんて無いでしょう?」
「それは……」
「もういいでしょう。貴方は知らないけれど私は縛り首だろうし」
「……そうだな……」
貴族の屋敷で働いている以上、貴族に危害を加えれば他領への見せしめもあるから軽い刑にすることは出来ない。
だけど……、私の死でシャルロット様の成長が促せるのなら、それはきっと良いことで――。
大勢の人を殺してきた私にとって初めて誰かの為に出来る最後の仕事なはずで
「本当に最後の最後まで私は馬鹿だよね……」
シャルロット様は私を信じて会いに来てくれたのに。
突き放すように、心にもない事を言ってしまった時に、シャルロット様が泣いた時に……。
私は、本当のことを言いそうになってしまった。
本当は、そんなことないと。
私は自分の手を見ながら思いだしてしまう。
シャルロット様が生まれて、「アリエル」と甘えてきてくれた時に涙が出そうになるくらいうれしかったことを。
そして毎日のように私に笑顔で話しかけてくれたことを。
その全てを自分から捨ててしまった。
「ううっ……」
なんて胸が痛いのだろう。
あの子が……、シャルロット様は目を真っ赤にして泣いていたのに……。
手を差し伸べることも出来なかったなんて。
でも、シャルロット様は優しすぎるから――。
きっと、言葉だけでは伝わらないから。
私は誰にも聞こえないくらい小さく「シャルロット様、ごめんなさい」と、言葉を紡いだ。
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