異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~
商業ギルド(2)
しばらくすると、エレナさんは3つの白い陶器で作られたカップを持って戻ってきた。
「エルトール伯爵様、こちらを――」
とてもお父様に気を使っているのは端目から見ていても分かる。
お父様、私、カルロさんの順でカップが並べられると「どうぞ、暖かい内に」と、カルロさんが勧めてきた。
カップの中を見ると、中に入っているのは色合いからしてコーヒーのように見えなくもない。
冬が開けたばかり。
しかも馬車で長時間移動してきたこともあり暖かい飲み物は、正直言ってうれしいけど……、私はチラッとお父様の方を見る。
よく分からないけど、お父様はコーヒーには口をつけずにカルロさんをまっすぐ見ていた。
どうやら、お父様が飲んでから私が飲むという方式は取れそうにないみたいだった。
「いただきます」
「シ、シャルロット!?」
私は暖かいうちにコーヒーを飲もうと陶器で作られた器を手にとり口に運ぶ。
味は苦いというよりもココアに近かった。
半分ほど飲んだあたりで「シャルロット、大丈夫かい?」と、お父様が私に話しかけてくる。
「どうかしたのですか?」
「いや、その……」
「ああ、なるほど! エルトール伯爵様、それは泥水ではありませんよ? 南の島で取れるカカオ豆を原料とした飲み物で今は王都の女性や子供に人気なのですよ」
お父様は何か誤解していたようであった。
「――それよりも……」
カルロさんは、私へと視線を向けてくる。
どうやら、お父様も知らないカカオを知っていた私に興味が沸いてしまったようで。
私は、椅子から立ち上がるとスカートの裾を持ちながら「シャルロット・フォン・エルトールです」と、自己紹介することになった。
「なんと、あの黒の真珠姫ですか!? ほほう、噂だと思っておりましたが、まさか本当に黒髪に黒い瞳とは……」
「娘を異端者でも見るような目で見るのは止めて頂こうか?」
「いえ、決して! そのようなことは……」
何故か分からないけど、お父様は苛立っているように見える。
あまり同じ話を長引かせても双方にとって良いとは言えないと思うので少し無理矢理だけど話題を変えることにした。
「あの……、カルロ様。朝から馬車で迎えに来た理由をお聞きしたいのですけど……」
「そうですな」
どうやら、カルロさんもお父様の機嫌を損ねるつもりは無かったらしく子供の姿をしている私の話に幸いと乗ってきてくれた。
「精霊様に関してです」
「精霊様に関して?」
首を傾げながら私はカルロさんの言葉を復唱する。
「はい。前回、お渡し致しました物で満足して頂けたのかと思いまして」
ニャン吉に渡した鰹節が、ニャン吉を満足させることが出来たのか気になっていた様子だけど、正直、ニャン吉にはカリカリを食べさせても「うまいニャ!」とか言いそうだから、そんなに気にしなくてもいいと思うけど……。
「満足していたみたいですよ」
「そうですか、それはよかったです。それで、折り入ってお願いが……」
「でも……、もっとすごい鰹節を探しにいくってお家から出て行きました」
「――え!?」
笑顔で会話していたカルロさんの顔が強張る。
直訳すると、「お前が余計なことをするから精霊が居なくなったんだが、どういうこと?」と、言うことになる。
そりゃ、猫型精霊を崇めているのだから、それが居なくなった原因を作ったのが自分だと指摘されたら顔面蒼白も分からなくはない。
「そうですよね? お父様」
「ああ、娘の言うとおりだ。更なる鰹節を探しにいくと出て行ったと妻が言っていたが?」
「……」
無言になってしまったカルロさんを見た後、私はココアを口にする。
「そ、それでは……」
「お願いは聞けないと思いますよ?」
少しでも希望が存在すると後々、面倒な事になりそうだと思って望みを断ち切っておいた。
「そういえば、精霊様は無断で近づかれたと言っていたが……、鰹節を渡した時も私を通さなかったな?」
「――そ、それは……。人前に姿を現す精霊様は、とても貴重でしたので」
カルロさんは、お父様かニャン吉に何かお願いをするようだったみたい。
まぁ、ニャン吉が居ないということで、それは受けられないしお父様はお父様で、勝手に話かけてくれて何してんじゃ! という感じで追求しているからカルロさんからはすでに笑みが消えていた。
商業ギルドから出るころにはすでに日も上がっていた。
結局、話し合いは精霊が居なくなったこと、その原因を作った商業ギルドの問題が大きな焦点になってしまって、それ以外の話はまったく出来なかった。
「お父様、疲れました」
「まったく! 人を試すような真似ばかりしおって!」
商業ギルドから出てもお父様は怒っている。
「でも、鰹節を返すのは聊かもったいなかった気もします」
「返さないと嘘をついていると思われるからな。とりあえず薬師ギルドに向かうことにしようか」
「はい!」
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