異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~

なつめ猫

鰹節です。




 両親に隠していた秘密を伝えたことで肩の荷が下りたのか良く眠れた。

「シャルロット、おはようニャ」
「おはようニャン吉」

 朝早くから起こしてくれたのは、私のサポート役の猫であった。
 両親の話だと有名な大精霊らしいけど、私にとってはただの猫に過ぎない。

 昨日の話し合いの時に、本来の長い名前を聞いたけど寝たら綺麗サッパリ忘れていたからニャン吉でいい事にした。

「それにしても、昨日までは朱音って呼んでいたのに何の心境変化なの?」
「転生者だと分かると色々と目をつけられるかも知れないニャ。それに、朱音はシャルロット本人ニャ」
「だから私のことをシャルロットって呼ぶことにしたの?」
「そうニャ。でも、名は体を表すって言うニャ。どうしても嫌なら止めるニャ」
「ううん、大丈夫。昨日は、ニャン吉ありがとうね」
「少しは、吾が輩の偉大さが分かったニャ?」
「うん。ずっと、この猫使えないとか、メルルって駄女神だって思っていたけど、少し見直したの」
「……謎の上から目線ニャ」

 ――コンコン

「シャルロット? 起きたの?」
「は、はい!」
「お母様、こんな朝早くからどうかしたのですか?」
「娘の顔を見にくるのはいけないことなのかしら?」
「そんな事ないのですけど、朝早くから来られて体の方に差し障りがあると思います」
「言ったでしょう? 貴女の薬を飲んでから体調がいいって」
「シャルロット」
「ニャン吉?」
「シャルロットが作った薬は300個もの傷薬を濃縮して作ったものニャ。その効果はエリクサーと同格の回復量を持つニャ」
「ニャン吉、お母様が飲んだのはエリクサーなの?」
「そうニャ」
「と、言うことは、お母様の体は?」
「完治しているニャ」
「良かった……
「これで一件落着ニャ」
「精霊様、今回は本当に――」
「気にすることはないニャ。大地母神の女神メルル様からシャルロットのサポートをするように言われているニャ」
「そうでしたか。これからも娘のシャルロットをお願いします。それと、これですが以前に商人が持ってきた物ですが、お口に合えばと」
「ニャ!?」

 ニャン吉が、私の頭から跳躍して空中で回転しながらお母様の手に持っていた鰹節を受け取る。
 そして空中で回転したまま絨毯の上に着地するとベッドの上に上がって鰹節を削り始めた。

「何というか、色んな意味でニャン吉すごい……」
「さすが精霊様!」

 私は半分呆れて言葉を紡いでいたけどお母様はニャン吉を崇拝するような目で見ている。
 
 ――シャクシャクシャク

 しばらく、ニャン吉が鰹節を削る音が室内に木霊すると扉が開いた。
 
「奥様。旦那様がお呼びです」
「ルーズベルトが?」
「はい。シャルロット様もご一緒にと」
「私も?」

 私の問いかけにアリエルさんは頷いた。
 それにしても、お父様からの用件はいつもセバスさんが伝えてくるのに、どうしてアリエルさんが?

「セバスさんは、お父様と一緒にいられるのですか?」
「それが、朝早くから旦那様の命で出かけたようです」

 昼ごろに町へ買い物にいくのは知っていたけど、朝から出かけるのは珍しい。

「シャルロット、ルーズベルトのところへ向かいましょう」
「わかりました。ニャン吉はどうするの?」
「鰹節を食べているニャ」

 執務室に入ると、「待っていたぞ」と、お父様が語りかけてきた。・

「貴方、何かあったのですか?」
「ああ、シャルロットが助けた少年の話があってアリエルにお前たちを呼びに行かせたのだ。そこの椅子に座っている少年も、長年呪いに体を蝕まれていて本調子では無かったからな」

 私は、執務室の椅子に腰掛けている少年に視線を向ける。
 一昨日、体中に広がっていた黒い色は跡形も無く消失しており褐色の肌が姿を見せている。
 少年は青い瞳で私を見てきていた。

「彼はアドルと言う名前だそうだ」
「アドルさんですか」

 家名が無いということは、貴族ではないと思う。
 
「アドル氏が、お礼をシャルロットに言いたいからぜひにと言って聞かなくて困っていたのだ」
「そうでしたか」
「僕の呪いを引き受けて生死の境を彷徨っていたとお聞き致しました。僕に掛けられていた黒色病はもっとも凶悪な呪いです。それを移すにせよ対処するためには、エリクサーが必要だと言われていました。それにエリクサーは、城を一つ購入するに値する価値があると聞きました。そんな高価な物を使って頂きまして、ありがとうございます」
「いえ、おかまいもなく」

 私は条件反射的に答えながらも少年の口から出た城一個と同じ価値という言葉に内心、動揺していた。
 量産すれば、すぐに借金返済できる。
 あとで、お父様とお母様に提案してみよう。

「やはり、価値を知ってはいなかったのですね」
「い、いえ……、知っていましたよ? 本当ですよ?」

 それにしても草原で取れた野草だけでエリクサーが作れるとは。
 
「私としては、草原で倒れていたアドルさんを助けただけですので、お気持ちだけでいいです。それより、どうして呪いになんて掛けられていたのですか?」
「それは、お伝えできません」
「人には色々と事情があるということですね」

 あまり深くは追求しない方が良さそう。

「エルトール伯爵令嬢?」
「何も言わなくていいのです。全て分かっていますから」

 適当に全部知っているフリをしておこう。
 
「そうですか……、全て知っているのですか……」
「はい」
「……わかりました。それでは、僕が大人になった時にお礼をしたいと思います」
「別にお礼は要らないですよ?」
「いえ、それでは僕の気がすまないので」
「そうですか。無理をしない範囲でいいですからね」

 さすがに城一個分の価値があると言っても野草で作っただけの薬に執着は特に無い。
 まぁ、適当に約束をしておけば5年もしたら子供の頃にした約束なんて綺麗サッパリ忘れているだろうし。
 


 話し合いが一段落ついて部屋に戻るとニャン吉がベッドの上で毛繕いをしていた。

「あれ? もう鰹節を全部食べたの?」
「あのくらいすぐニャ」
「そうなの? 鰹節の体積って、ニャン吉の体の半分くらいなかった?」
「…………おいしかったニャ」
「お腹、壊しても知らないわよ?」
「精霊はお腹を壊さないニャ」

 ニャン吉の言葉に私は小さく溜息をつくとベッドにダイブする。

「今日は、疲れた」
「朝食は食べてきたニャ?」
「うん。食べてきたけど、やっぱり知らない人がいると少し緊張しちゃて……」
「あの小僧のことニャ?」
「小僧って……、アドルって名前があるからね」
「小僧は小僧で十分ニャ」

 何故か知らないけどニャン吉が苛立っているように感じられるのは気のせいだろうか?
 それよりも、ニャン吉に提案したいことがあった。

「ねえ、ニャン吉。傷薬を大量に複製してくれない?」
「エリクサー大量生産のためにニャ?」
「そうだけど? 大量生産して売れば借金がすぐに返せるし、いいと思わない?」
「それには協力できないニャ」
「ど、どうして!?」
「どうしてもニャ。エリクサーを大量生産なんてしたら世界のバランスが崩れるニャ」
「別に世界のバランスが崩れるまで売ろうとしているわけじゃないから。借金が無くなるまでだから! 良いでしょう?」
「エリクサーは、錬金術の到達点ニャ。そんなものをポイポイそこらじゅうに生えている野草で作っていたら、戦争の引き金になりかねないニャ。この領地がエリクサーが原因で戦火に巻き込まれてもいいニャ?」
「それは……」
「自分が作る物が、回りにどういった影響を与えるのか、それを良く考えてから行動に移すニャ」
「分かったわよ。でも、借金返済のためにはどうすればいいの?」
「人のためになって戦争が起こりにくい薄利多売が必要な薬をたくさん売ればいいニャ」
「そんな薬なんてあるの?」
「あるニャ!」

 ニャン吉が提案してきたのは虫下しという薬作成であった。
 それから3日後にアドルさんは迎えにきた家の人と一緒に帰ったらしい。
 ちなみに私は見送りが出来なかった。
 その頃は、ニャン吉の指導の元、虫下しの薬に使うための野草を覚えさせられていたから。
 
 ――ゴリゴリゴリゴリ

 今日も、ニャン吉の指導の元、すり鉢に葉を入れて砕いて薬を作っている。

「ねえ、ニャン吉」
「ニャ?」
「その虫下しの薬が借金返済に使えるって言っていたけど、これって何に使う薬なの?」
「体内から寄生虫を追い出す物ニャ」
「そんな薬に需要なんてあるの?」
「あるニャ。間違いなくヒット製品になるニャ」
「ところで私、思ったのだけど寄生虫って言うくらいだから、体から追い出さないと危険なのは分かるけど、放置しておくとどうなるの?」
「胃痙攣や虫垂炎や胆石による発作、盲腸炎、貧血に腸閉塞まで起こす命を脅かすものニャ」
「ええ!? そんな危険な虫が異世界にはいるの!?」
「何を言っているニャ。日本にも昔は居たニャ。むしろ、シャルロットが居た世界の人口の2割が寄生虫を体内に宿しているまであるニャ」
「……も、もしかして私の体内にも?」
「いても大丈夫ニャ。そんなことでシャルロットを嫌わないニャ」
「何というか答えになっていないよね?」

 私は、ニャン吉の言葉に溜息をつきながら虫下しの薬を必死に作り続けた。
 そして、水で100倍まで希釈した物を取り扱い説明書と共にお父様に渡した。
 もちろん、私も体内に虫が居たら嫌だと思っていたし、ニャン吉が「薬は飲んで味を確かめて覚えるニャ!」とか言っていたから虫下しの薬を飲んだ。
 味は、とっても不味かった。




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