異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~
家族の絆。
「シャルロット様。こちらに置いておきますね」
「ありがとうございます」
昨日の朝から何も食べていないのに、テーブルの上に置かれている食事を見ても、お腹が空いてこない。
アリエルさんは、朝食も昼食もまったく手をつけていない私を心配そうな顔で見てくる。
――コンコン
扉が開き部屋に入ってきたのはお母様だった。
「体は大丈夫?」
「はい、それよりお母様こそ体の具合は……?」
「大丈夫よ、陶器に入っていた薬を確認のために飲んでから体の調子がいいから」
「それは、良かったです」
「それよりも私よりも貴女の方が心配だわ」
「本当に昨日は生きた心地がしなかったわ」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いいのよ。あなたが前世の記憶を持っていたとしても、私の娘であることに代わりはないもの」
「お母様……」
転生した先の母親はやさしい。
「どうしたの?」
「あの……お話したいことが……」
「――そう。アリエル、ルーズベルトを呼んできてくれるかしら?」
「わかりました」
しばらくすると、アリエルさんに呼んできた父様が姿を見せた。
「シャルロット、体はもう大丈夫なのかい?」
「はい。もう大丈夫です」
「そうか……。だが無理はしたらいけないよ?」
「はい」
お父様も、私のことをすごく心配してきてくれている。
よくよく考えれば私には過ぎた両親だと思う。
「お父様、お母様。今まで黙っていてごめんなさい。私は、別の世界で暮らしていて転生してきたのです」
「それは、昨日聞いた」
「別の世界から、私の娘として生まれ変わったのよね?」
「はい……」
「えっとね。大地母神メルル様を信仰している教会ではね。人は何度も生まれ変わってくると言われているの。だからね、貴女もそうだと思っているわ」
「ずっと、お父様やお母様に知られるのが怖くて言い出せませんでした。両親のためだと自分に嘘をついて黙っていました。でも、それは両親のためではなくて自分のためでした。だから、エルトール伯爵家から出て外で暮らそうと思っています」
「外に? どういうことなの? お家に居るのが辛くなったの?」
私はお母様の言葉に頭を振る。
「そんな事ないです。でも、私にはその資格はありませんから」
「資格? 何を言いたいのだ?」
「私には、お父様やお母様の子供である資格はないから。それに妹のセリーナもいるから。私は居ない方がいいと思うのです」
「それが貴女の本心なの?」
「はい。だって、私が居たら皆に迷惑がかかるから」
「迷惑って何?」
「それは……」
「私も、ルーズベルトも何も迷惑だなんて思っていないわ。むしろ、ずっと心配していたのよ? 貴女が前世の記憶を持って生まれてきたとしても娘には代わりないと私は思っているわ。そうよね! ルーズベルト」
「ああ、そうだ。シャルロット、お前は私達の娘だ。転生だろうが前世の記憶があろうが娘に代わりはない」
「……でも――」
「まったく、これだからメルル様は、吾が輩をサポート役としてつけたニャ」
「え?」
「シ、シャルロット……、頭の上に乗せているのは……」
「せ、精霊様!?」
視線が私の頭の上に乗っているニャン吉に向けられていた。
二人の反応に驚いた私は、頭の上に乗っているニャン吉を掴むと胸元に抱きかかえる。
両親の視線は、私の胸元のニャン吉に向けられる
「お父様も、お母様もニャン吉が見えるの?」
「見えるも何もどうして精霊様が……」
「ええ、その青い毛並みに長い羽のような耳……まさしくメルル様の使いの全ての精霊を従える精霊王ニャン・キンドル・チュードル様に間違いないわ」
「精霊王?」
「そうニャ!」
私の言葉に反応してきたニャン吉は、どう見ても風変わりな猫にしか見えない。
精霊王なんて呼ばれるくらいの威厳やカリスマをまったく感じない。
「よく聞くがいいニャ! シャルロットが5歳まで前世の記憶を取り戻す事が無かったのは、幼い脳では莫大な知識を受け入れる準備が出来ていなかったからニャ! シャルロットはシャルロットニャ。だからシャルロットの存在を奪ってしまった! という考えは間違いニャ!」
「そうなの?」
「そうニャ!」
そっか……。
私は、ずっと本来のシャルロットの人生を奪ってしまったと思っていたけど、そうじゃなかったのね
「ありがとう、ニャン吉。私、初めてニャン吉が居てよかったと少しだけ思った」
「少しだけニャ!?」
ニャン吉に軽口を返しながら両親の方を見ると二人ともジッと私の方を見てくる。
「お父様、お願いがあります」
「なんだい?」
「領地が大変なのは以前からお聞きしていました。そのための手伝いをさせてください」
「わかった」
「ありがとうございます。それと、少しだけのお金を毎月ほしいです」
「何に使うんだい?」
「町で暮らそうと思いま――、何をするの!?」
ニャン吉が、私の頬を猫パンチしてきた。
「それは駄目ニャ。誰もそんなことを望んでないニャ。我が輩が出てきたのは、転生したシャルロットが、幸せに暮らすためニャ。家族を捨てて一人暮らしをするのを手助けする為なんかじゃ無いニャ。そんなことをしたら、メルル様が悲しむニャ」
「……それじゃ、私にどうしろと?」
子供の体に、異世界の知識と前世の記憶が存在する歪な存在なのに。
「家族になればいいニャ。二人ともシャルロットのことを本当の娘だと何度も言っているニャ。心を閉ざして目の前の大事な物を切り捨てようとしているのはシャルロット本人ニャ。どうして、そんなに怯えているニャ!」
「そうよ! 貴女は私達の娘なのよ!」
「ああ、10年暮らしてきて――、お前と一緒に居て苦痛だと思ったことは一度たりとてない! それなのに、家から出ていく理由がどこにあるだろうか!」
「お父様、お母様。私は家に居てもいいのですか?」
「何度も言っているだろう? お前は娘以外の何者でもないと。そこに理屈なんて存在しないし、私達には娘であるという事実だけで十分だ」
「……お父様……」
「シャルロットもずっと苦しんでいたのね。ごめんなさいね、気がつかないで……」
「お母様、いままでごめんなさい……」
自然と涙が零れてくる。
ずっと隠していたことを吐露できた。
そして両親が受け入れてくれたということは、すごく嬉しく幸運なことで掛け替えの無いもの。
「ニャン吉、ありがとうね」
「高い鰹節を用意するだけでいいニャ!」
本当に、私の精霊はブレない。
でも、ニャン吉のおかげで私は両親と打ち解けることが出来た。
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