異世界薬師~嫁ぎ先は砂漠の王国です~

なつめ猫

濃縮ポーションです。




 セバスさんが部屋から出ていったあと、部屋には私とニャン吉と少年だけが残った。

「それにしても、ずいぶんと整った顔だね」
「朱音とは違うニャ」
「あなた、本当に私の僕なの? 最初に出会ったときのご主人サマーと言っていたのはカモフラージュだったの?」
「ご主人様として認めて欲しいなら、ご主人様らしいことをするニャ」
「ご主人様らしいことって何?」
「知っているかニャ? 使い魔と良好関係を築くためには鰹節を送るのが習慣になっているニャ」
「でも、あなた妖精なのでしょう?」
「そうニャ。普通の物じゃ良好関係は築けないと思うニャ」
「つまり、賄賂をくれと?」
「賄賂じゃなくて、少しのお心付けってやつニャ。鰹節なら尚いいニャ。マタタビ酒でも可能ニャ」

 ニャン吉と少年の前で話ながら、少年の表情を見ようと前髪を払おうとしたとところで、すごい熱に気がついた。

「ニャン吉、すごい熱だわ」

 私の言葉を聞いたニャン吉から頭の上から降りると、肉球を少年の額に乗せる。
 
「これは拙いニャ」
「どうしたの?」
「呪いに掛かっているニャ!」
「呪い!? どうにかならないの?」
「エリクサーが作れれば何とかなるかもしれないニャ。でも、材料がないニャ」
「材料って?」
「賢者の石が必要ニャ」
「賢者の石って、鉄を黄金に変えたりする石のこと?」
「そんな効果もあるニャ。でも一番は、不老不死に限りなく近づく石ニャ。それを使って薬を作ればエリクサーが作れるニャ」
「でも、素材が無いのよね?」

 ニャン吉は神妙な表情で頷いてくる。
 
「ねえ? ニャン吉」
「にゃんニャ?」
「薬の効能を減らすためには希釈すればいいのよね?」
「そうニャ」

 少年の方を見ながらニャン吉の言葉を口の中で反芻する。
 たしかに、さっきセバスさんが薬を飲ませた時は一時的でも少年の容態は良くなった。
 水で希釈しても効能が発揮出来るなら煮詰めたら? と、閃いてしまう。
 効果が上がるか分からないけど、試してみる価値はあるように思える。

「ニャン吉、傷薬っていっぱい出せる?」
「出せるニャ。でも、傷薬を飲ませても呪いの進行を遅らせるのが精一杯ニャ」
「いいから、たくさん出して!」
「分かったニャ」

 シーツの上に、傷薬を出すようにニャン吉に言ったあと、300個近く築くすりを出してもらったところでシーツを縛り上げる。

「何をするか分からないけど、あまり余計なことはしない方がいいニャ。助けられない命もあるということを知っておいた方がいいニャ」
「私は、前世では誰かに迷惑を掛けてきたから。だから出来ることはしておきたいの。それと、私が戻ってくるまで傷薬を飲ませて時間を作っておいて」
「仕方ないニャ。待っているニャ」

 傷薬を包んだシーツを背負って部屋の外に出ると食堂に走る。

「アリエルさん! 大きなお鍋を貸して!」
「シャルロット様、どうかしたのですか?」

 入ってきた私を見て、アリエルさんが声を掛けてきた。

「お願い、大至急なの!」
「薬を作るということですか?」

 アリエルさんの問いかけに私は頷く。
 
「分かりました。旦那様より、お嬢様が薬作成に関して手伝いを求めることがあったら手助けするようにと言われておりますので」

 アリエルさんが、急いで大きな鍋を用意してくれると薪をくべて火をつけてくれた。
 すぐにシーツを解いて中に入っている薬を鍋の中に入れていく。

「薬の純度を上げるのですね。奥様も薬師をしている時は、厨房に来て大鍋に薬を入れて水分を飛ばしていました」
「そうですか」
「それと、煮立ったままですと薬の効能が落ちると言っていました」
「そうなのですか?」
「はい。奥様は、これで鍋をかき回していました」

 渡されたのは1メートルほどの木を削って作られた丸い棒であった。
 受け取ってから、鍋の中を木の棒でかきまわす。
 最初は、粘度も殆どなかったけど水分が蒸発し始めると、粘度があがったのか木の棒に掛かる負荷が増えてくる。
 時間的には30分くらいかもしれない。
 殆ど固形に近くなったところで完成した。
 量としては、せいぜいハマグリ1個分くらいの量だと思う。
 スプーンで大鍋の底に残った固形物となった薬をかき集めたあとアリエルさんが差し出してきた陶器の器に入れると厨房を出て客室へと戻る。

「朱音、遅いニャ!」
「ごめんなさい。それより容態は?」
「やばいニャ。もう気力で持ちこたえている状態ニャ!」

 目の前の少年の皮膚が褐色から黒に変化している。
 ニャン吉が緊迫した声色から、本当切迫しているのが分かった。

「もしかして……、これは黒色病ニャ?」

 ニャン吉の独り言をスルーしながら煮詰めて作った傷薬の粉を飲ませようと少年の口を開く。

「駄目、飲んでくれない」

 私は固形になった薬を口に含むと少年の口を開けて口移しで飲ませた。
 そんな私を見て、「朱音、待つニャ! 黒色病は――」と、ニャン吉が慌てて止めてきたけど、すでに無理矢理口移しで飲ませたあとだった。
 少年が薬を嚥下するのを喉元の動きから確認できたところで私は膝をついた。
 
「朱音、大丈夫ニャ?」
「大丈……」

 途中まで言葉を紡いだところで、体から力が抜けていく。
 
「拙いニャ! 呪いが移ったニャ!」
「移ったって……、呪いって……」

 ニャン吉が慌てた声色で語りかけてくるけど、アッという間に意識が混濁していき、床の上に倒れた。

 ――体がだるい。
 ……力が入らない。

「シャルロット!」
「お母様?」

 重い瞼をゆっくりと開けると、お母様が私の手を強く握り締めて名前を呼んでいた。

「目を覚ましたのか!?」

 傍らにはお父様も居た。
 二人とも心配な表情で私を見下ろしてきている。

「あの……、私……」
「セバスから話は聞いている」
「話……?」
「お前が助けた少年は、黒色病という呪いを受けていたのだ。黒色病は必ず命を落とす呪いと言われている」
「そうなのですか……」

 お父様が言っているとおり体中から力が抜けていくのは疲労とはまったく違うと感覚で分かる。
 これが呪いだと言うなら、死ぬのが確定しているのなら、お父様とお母様に伝えておかないといけないことがあった。
 本当なら、墓場まで持っていく予定だった。

「お父様、お母様。話しておきたい事があります。私は……、本物のシャルロットではありません。じつは異世界から前世の記憶を持って転生してきた人間なのです」
「知っている」
「知っているわ」
「だから……え!? 知っているのですか?」
「ええ、シャルロットは小さい頃から独り言を言う癖があったから……」
「気がついてはいた。ただ、問い詰めると居なくなってしまう気がしていたのだ」
「……ま、まさか――、知らなかったのは私だけですか?」
「そうよ」
「お母様……」

 そっか……。
 転生をしてきた事は、お父様もお母様も知っていて、それでも実の娘のように接してくれていたんだ。

「私……、お父様とお母様の子供に生まれてよかったです」

 二人の声が聞こえなくなっていく。
 私のことを思ってくれていた両親の元に生まれてきて本当に良かった。
 ニャン吉、短い間だったけどとっても助かったよ。
 そして大地母神のメルルさん、本当に適当な仕事ばかりだったよ……。
 死んでまた会うことが会ったら、その時はきちんと言おう。

 体中から痛みが消えていく。
 きっと私は死んだのだろう。
 幽体離脱みたいな感じかもしれない。
 
 きっと目を開ければ魂が抜けて抜け殻となった私の体と、両親の泣いている姿が見えるはず。
 あまり見たくはないけど……。
 ゆっくりと瞼を開けていく。

「シャルロット!?」

 お母様が私の手を強く握り締めていた。
 おかしい、上から自分の躯や両親を見下ろす予定だったのが、下から見上げる形になってしまっている。

「えっと……」

 あれ? 声も普通に出る。

「貴方! シャルロットの体から黒色病が消えていきます」
「ど、どういうことだ?」

 二人とも私が助かった事を含んで混乱している。

「そんなの当たり前ニャ。神無月朱音は、地球で最強の不運を持っていたニャ。転生後は最強の幸運を持っているから呪いなんて効くわけないニャ。黒色病は、あの少年に呪いをかけた黒幕の術者本人に返ったニャ。今頃は、大変なことになっているニャ」

「そう……なの……」

 私は、急速に襲ってきた眠気に抵抗することも出来ず眠りに落ちた。

 


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