もしもスマホが〇〇アイテムなら

工藤 流優空

もしもスマホが〇〇アイテムなら

 バイト終わりの少女は、バスを待っている。レジをしていたために、鉄の匂いが染みついてしまっている。
 バス、こんなに遅いんだったら手を洗ってくるべきだったな。現在の時間帯はスカスカで表示されているバスの時刻表を少し錆びついた備え付けのベンチに腰掛けて見上げながら、少女は思った。

 少女は、周りを行きかう人々を見た。暇なので人間観察でもしようと思ったわけだ。現在、22時を少し回ったくらい。この時間帯、この場所は古本屋だったり彼女が働くスーパーだったり、スーパーの中の映画館だったりがまだ開いている時間帯なので彼女と同じくらいの若者たちが多く歩いている。
 身を寄せ合って歩く男女、何人かで固まってものすごいゆっくり歩く少女グループ。少女と同じバイト帰りらしい服装の人々。それから、奥さんに買出しを頼まれたのか、多分仕事帰りなのにスーパーの袋を両手に下げて、さらに会社鞄を重たそうに半ば引きずるように持って歩くサラリーマン。
 様々な人がいて、そしてそれぞれが、スマホを握りしめている。先ほどのサラリーマンは、少女と同じベンチに腰掛けた。そうして彼もまた、スマホを取り出した。
 少女は大きく、溜め息をついた。どうしてこうも、人はスマホをいじりたがるのだろう。少女もスマホを使用しているが、彼女のスマホは3年ほど前に購入したもので、アプリの強制終了、再起動なんてことはざらにあるし、ネットにつながる速度も遅い。しかし、彼女は別に、家に変えれば自分のパソコンがあるのでそこまで必要としていない。電話もバイト先からかかってくることか、家族間での待ち合わせなどの時にしか使用しない。だからそこまで、スマホをいじることはないし、いじろうとも思わないのだ。一緒に友達と話しながらスマホをいじる学生が横を通り過ぎていくのを眺めながら、少女は暇だ、と小さくつぶやいた。その時、彼女はある遊びを考え付いた。
 
このスマホを持っている人たちすべてを、人々を悪から守るヒーローに見立ててみる、という遊びだ。スマホは、一種の変身アイテムと見立てて、変身アイテムであるスマホを持っている人たちを観察して、もし彼らがヒーローなら、どんな行動をするのかと考えてみようと思い立ったのだ。
 例えば、この自分の隣に座っているサラリーマン。普段はただの、サラリーマン。家に帰れば妻の尻にしかれて、娘には
「パパと同じ風呂のタオルなんて、使いたくないっ!」
 と言われる今日この頃。最近は話してもくれない娘の態度がちょっと寂しい、40代。その正体は、少女たちを危険から守る、ヒーロー。実は、娘を怪獣から助けたことがあって、娘はそれで父親が変身したヒーローが大好きになり、部屋にはそのヒーローのグッズやらポスターが飾られている、とか。

 次に先ほどの二人組の女子学生。話していたのは実は二人にしか通じない。さっきの、
「昨日食べたハンバーグ、すごくやばかったの」
 というのは、
「昨日戦った怪獣、すごく強かったの」
とか。
 
 少女はそのようにしてバス停を通り過ぎる人々を様々なヒーローに当てはめることが楽しくなってきた。

 あのカップル。実は女の子の方が、変身する。男の子には、自分が怪獣と戦っているという事実は隠していて、男の子はそのヒーローの大ファン。男の子はそのヒーローが男だと思っていて、いつも彼女に
「あのヒーローは男の鑑だ」
 などと言っている、なんて面白そう。

 スマホを変身アイテムと考えてスマホを持っている人たちに当てはめるのって楽しいな、少女は思った。ようやくバスが来て、それに乗り込んで座席に座ってからも、彼女の想像は続いた。
 じゃあ、今度は範囲を広げてみよう。たとえば、このバスの車内。半数以上の人がスマホをいじっている。このスマホをいじっている人全てがヒーローだったら。まるで、ヒーローのバーゲンセールみたいだな。
 いやいや、もっとヒーローのバーゲンセールみたいになりそうなところがあるじゃない。少女は思いついた。それは、自分の通っている大学の、大教室で授業を受ける学生たち。
 授業を受けながら、机の下でスマホをいじる人、普段は鞄の中にしまっているがラインの通知が来たら鞄から出して返信をする人、様々だけど少なくとも、授業中に一度はスマホをいじる、という人が大半なのではないか。そうすると。少女の顔が自然とにやける。

 ヒーローのバーゲンセールどころじゃなくって、ヒーローの過剰供給。まさに需要と供給のグラフで供給のグラフがカンストしてしまってる状態じゃないか。少女はふふっと笑った。少女の想像は続いた。そのせいで、彼女はバスで終着駅まで行ってしまった。少女は仕方なく時間潰しにまた、ヒーロー当てはめごっこを始めたのだった。

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