悪役令嬢は麗しの貴公子
61. 濁る深海の瞳
 (※以下、アルバート視点)
 ダイアモンドは、ただ美しいだけの石ではなかった。
 強く、凛としていて気高い。
 初めて出会った頃から何も変わらない、寧ろ成長と共に磨きがかかって眩く輝いている。
 そんなお前は、俺にとっていつからか特別になったんだ。
 ……
 ふと目が覚めて瞼を押し上げる。
 見慣れた天井が目に映り、次に辺りが真っ暗なことから今がまだ夜中であることに気づいた。
 ーー夢を、見ていた気がする。
 ロザリーが自分に笑いかけている、たったそれだけ。
 それなのに、誰にも見つけられない宝箱にしまい込んで鍵をかけておきたくなるくらい大切な夢に思えた。
 「ローズ…」
 かすれた声が静寂な室内に広がって消えていく。
 
 (我ながら、無様だな)
 呟いた後で自嘲の笑みを浮かべる。
 ルビリアン兄弟が婚約者探しの任を辞したと聞いた時、ロザリーはもう戻っては来ないのだと悟った。
 初めて出会ったあの夜、王族に下心を持つ者達とは違う、自分を見つめる真っ直ぐな瞳に見惚れたことを今でも覚えている。
 らしくもなく、しかも男相手に『綺麗』だなんて感じてしまったのだ。
 欲しい、と。手離したくないのだと幼いながら本能的にそう思ってしまった。
 だから元々、乗り気でもなかった婚約者探しなんて体のいい理由を押し付けてまで傍に置いたのに。
 ロザリーへ向けていたものの正体が、友愛とは違う何かだと気づき始めた時から自分達の距離は既に離れていっていたのかもしれない。
 親しみが込められた愛称も、くだけたあたたかい笑顔も、その存在と共に去っていった。
 (俺達がこれまで積み重ねてきた日々は、こんなにも脆く崩れやすかったのか?)
 いつまでも続くと信じていた関係は、意外にもあっさりと壊れてしまった。
  本当は分かっていた筈なのに、失ってからその存在の大きさに気づくなんて馬鹿過ぎる。
 後悔し始めたらすっかり目が覚めてしまい、ノロノロと起き上がって広いベッドから抜け出した。
 何も羽織らず、薄着のまま部屋の外に出て宛もなく夜の城を歩き回る。
 そして気づけば、ロザリーと初めて出会ったあの薔薇園まで来てしまっていた。
  
 無意識の間にもロザリーとの思い出の場所に足を進めてしまうなんて、全くどうしようもないな、と口端を上げて自嘲する。
 
 木陰から気まずそうな顔を覗かせていた、あの頃の少女のような少年は、もうあの頃のように俺の傍にはいない。
 あの時ロザリーが隠れていた細木にそっと手を添えて懐かしさに浸っていると、突如として後ろから眩い光が放たれる。
 驚いてふり返った先には、光に包まれて現れたリディア・クレインの姿があった。
 「あれ、ここ…お城? なんでアタシここにいるの? 
 …あ! もしかして聖女の力が目覚めたのね! やっぱりアタシがヒロインなんだわ!!」
 「聖女……?」
 アルバートがこの場にいることに気づいていないのか、リディアは一人で楽しそうに騒いでいる。
 そして、アルバートはというとリディアが言った『聖女』という言葉に驚愕を隠せないでいた。
 聖女とは、神に魔法を使う事を許された唯一の人間であり、世界を平和に導く象徴とされる者のこと。
 王国に伝わる歴史書にも数百年前に実在し、戦争を終わらせ自らが人々の希望となったと書かれていた。
 歴史書に書かれた聖女の魔法と、たった今目の前で起こった現象の殆どが一致する。
 しかも、聖女はこれまでに数百年に一度という頻度で誕生している。
 …まさか、この女が次代の聖女だとでも言うのか?
 アルバートは大きくため息をつき、厄介なことになったものだと思いつつ、未だにはしゃいでいるリディアに声をかけた。
 「そこで何をしている。ここがどこか分かっているのか」
 「えっ、嘘、アルバート様!? なんでここにいるの!?」
 「…質問に答えろ。誰の許可を得てここにいる」
 「あっ…勝手に入ってごめんなさい。アタシ、力のコントロールがまだ出来てなくて…。
 それより聞いてください! アタシ、魔法が使えるようになったんです!」
 アルバートの質問には答えず、リディアはすごいでしょ、と興奮気味に言ってきた。
 彼女の言葉にアルバートは眉間にシワを刻ませる。
 
 「魔法というのは、君がここへ現れた事か?」
 「はいっ! それ以外にも色々出来るんですよ。水を出したり、怪我を治したり」
 「そうか。それは凄いな」
 そうでしょ、とキラキラした瞳で自慢げに語るリディアには、アルバートが無表情であることになど気づいていないだろう。
 そして、その力を持ったことで己が世界に与える影響も。
 「アタシ、この力を使ってアルバート様の助けになりたいんです!
 きっと役に立ちます。だから、アタシをアルバート様の傍においてください」
 ロザリーと同じく転生者であるリディアは、聖女の力が王国の利益になることやその身分に関係なく王族と結婚できる唯一の特例であることを理解していた。
 故に、アルバートがリディアを聖なる魔法を使える聖女だと知れば自分が選んでもらえる。それをリディアは確信していた。
 「アタシ、ずっとアルバート様をお慕いしてました。アルバート様の為ならこの力でなんでもします。
 アルバート様の御心を癒すことだって、きっと……!」
 大きな瞳を潤ませ、両手を胸の前で組んで懇願するリディアをアルバートは冷めた目で見つめ、暫しの間考えていた。
 聖女が国に与える恩恵は大きい。この国で誕生したというのなら、他国に取られる前に王国内に縛り付けてでも留めることは必須だ。
 しかも、この女は自らここに残りたいと言っている。これを利用しない手はないだろう。
 まさに僥倖、とアルバートは内心でほくそ笑む。
 
 「ありがとうリディア嬢。君の熱意、然と受け取った。
 これまで邪険にして悪かった。これからは私と一緒に王国の為に尽くしてほしい」
 「は、はいっ。アルバート様」
 頬を紅潮させてうっとりと自分を見上げてくるリディアをアルバートは優しく微笑んで見つめ返した。
 (馬鹿な女…)
 心の内でアルバートがそう吐き捨てている事など、目の前の彼女はきっと知る由もない。
 この件が国王の耳に入れば、まず間違いなく第一王子であるアルバートとの婚約が決まることだろう。
 それこそ、これまでのように拒否権など与えてはくれない。
 リディアが本当に聖女であるという保証はこれから神殿で検証してみなければ分からないが、もし本当なら……。
 ロザリーが自分から離れていっただけで未来に希望など見いだせなかったのに、この馬鹿な女と婚約させられるであろう未来を想定したアルバートは、早々に諦めることにした。
 ーーー認めよう。俺は、ロザリーを愛している。
 どんなに手を伸ばしても届くことはなくなってしまった、俺の愛しいダイアモンド。
 何者にも変え難い、俺の希望の光。
 同性だとか、そんなことを気にせず向き合ってしまえば案外あっさりと受け入れられてしまった。
 「アタシ、アルバート様のために頑張りますね」
 「ありがとう。とても嬉しいよ」
 許可も出していないのに、勝手に自分の胸に顔をうずめて想いの通じた物語のヒロインを気取っているリディアをアルバートは冷めた目で見下ろしながら思った。
 (希望のいない世界なんて、要らない)
 そう、何もかも必要ないんだ。
 お前以外は、何も。
 お前がいないなら、こんな世界に価値はない。
 (ーーーだから。なぁ、ロザリー)
 「お前の為なら俺はなんだって出来るんだ」
 低く囁いたアルバートに自分のことだと勘違いしたリディアは、嬉しそうに微笑んでアタシもよ、と言葉を返した。
 そんなリディアが滑稽に見えて、バレないように彼女の頭上で密かに嘲笑する。
 馬鹿で、無知で、そして憐れな女。
 だが、利用価値はある。
 底知れない海の奥深くに巣食う闇の色に染まったアルバートは、自身に寄り添うリディアの肩をそっと抱き、歪に口端を持ち上げて嗤う。
 その瞳に、もう光なんて宿っていない。
 
 このようなご時世ですが、皆様元気にお過ごしでしょうか?
 ウイルスは勿論、 連日続くこの暑さで体調をくずさないようお気をつけ下さい。
 ちなみに作者は暑すぎて屍になりつつありますが、かろうじて元気です(苦笑)←
 
 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。
 
  
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コメント
ばど
毎回楽しみにしてます!
お体に気をつけてください!
カンナ
コメントありがとうございます。
作者も一日でも早く平穏な日々が戻ってくることを祈っています。
どうかお身体にはお気をつけてお過ごし下さい。
ノベルバユーザー248828
暑さもコロナも早く無くなって欲しいです