悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

59. 王の器



 「それで、どうでした? ボヌス領へ行ってきた感想は」

 それは単に興味からくる純粋な質問。
 知識として知っている『スラム領』の実態は勿論、国の頂きを望む少女が彼の地で何を見てどう感じたのかが気になった。

 「言葉では言い表せないくらい酷かったわ。
 息をとめたくなるくらいの汚臭、塵や埃が舞っている街、地を這う痩せこけた者達……。
 私には彼らが生きているのか死んでいるのかの区別さえつかなかったわ。それくらい、皆ピクリとも動かないし声も発しないんだもの」
 
 エリザベスの声が震えているような気がしたが、あえて素知らぬフリをする。
 きっとそれだけ衝撃を受けただろうことが痛いくらい伝わってきたから。

 「私、フラフラと歩いてきた子どもとぶつかったの。咄嗟に声をかけようとしたら、その子…そのまま倒れて動かなくなったわ。何度呼びかけても身体を揺すっても起きないの。段々、冷たくなって……」

 小さな声で『怖かった…』と絞り出したエリザベスは、その時のことを思い出したかのように瞳を潤ませている。

 「その時ね、思い知ったの。
 ーーー自分がどれだけ無力なのかを」

 膝の上で拳を作るエリザベスは見ていて痛々しい。
 彼女より年上の私でも耳を塞ぎたくなる話だというのに、この少女は実際にそれを目の当たりにした身だ。
 現実を受け入れるのは容易ではなかっただろうし、その上でそんな風に思えるのは凄いと思う。

 「その時に決めたの。私の人生全てを国民を幸せにする為に使おう、と。
 だから兄様が国王になって民を導いてくれるなら、例え政治の道具にされても構わないと思ってた」

 それなのに…、と息を吐き出したエリザベスの表情が険しくなる。
 私もアルバートにこの国の未来を託すには一抹の不安があったし、王女の言いたいことも理解出来る。
 
 次期王としてエリザベス以上に厳重な守りの中、綺麗な世界しか知らずに育ったアルバートは不憫だと思う。期待と重圧に板挟みにされて息苦しそうにしていたことも傍で見てきて知っているからだ。
 だからと言って、その立場と向き合うことも放棄することもせず、中途半端なままでいるから同情なんてしないが。

 …自分可愛さに王家から離れた私に言えたことではないけれど。

 「父様達は兄様のことがよっぽど大切みたい。それこそ、無条件に玉座を与えたいと思える程に。
 でも、国の和平は愛情だけで成り立たせられるものじゃないわ」

 時には心を殺して冷酷な判断を下さなければならないのが王というものだ。
 それによってどんな感情を向けられようと、自分を律し正気を保ち続けなければ王など務まらない。

 目の前の少女が王様になりたいと言い出した時は何を馬鹿な、と思ったが…なるほど納得だ。
 きっと彼女は『国王』とはどんな存在かなんて私よりずっと理解しているのだろう。

 国王なんて自分に不利益をもたらさなければ誰がなろうとどうでもよかったが、エリザベスがその座に着いた時どんな治世を築くのか少し興味が湧いた。
 
 「…殿下には、玉座に座る資質と覚悟があると?」

 「なかったら王の地位を望むと思う?」

 不敬を承知で試す様に問いかければ、エリザベスもまた怪しく光る瞳を細めて問い返してきた。
 まるで、何もかもをその小さな背中で受け止めて背負うだけの度胸と覚悟があるとでも言いたげだ。

 (ーーーー面白い)

 無自覚に口角が上がっていたのか、王女が真剣な表情で見つめてきた。

 「私は本気なのだけれど」

 「えぇ、勿論分かっていますよ」

 真っ直ぐ向けられた双眸には威厳すら感じられる。
 ならば、こちらも誠意を持って応えなければ失礼だろう。

 「取り敢えず、離してもらえますか」

 未だ両腕を拘束している青年を下から見上げれば、案外あっさりと拘束を解いてくれた。
 自由になった手首をさすりつつ、王女と真っすぐ向き合う。

 「殿下のお考えはよく分かりました。そのご意志も尊重します。
 ですが、例え王族貴女の願いだろうと我が公爵家が力を貸すことは出来ません」

 「…理由を聞いてもいいかしら」

 「ルビリアン公爵家だから、ですよ」
 
 社交界では絶対中立の代名詞ともなっているルビリアン公爵家が誓いを立てたのは、『国』であって『王族』ではない。

 私の返答が予想の範囲内だったのか、エリザベスは特に顔色を変えることなく受け入れた。

 「残念だけど、ソレを言われてしまえば仕方ないわね。今回は・・・、諦めるわ」

 今回を強調して微笑んだエリザベスに頬を引き攣らせながらも頭を垂れる。

 「ご期待にそうことが出来ず申し訳ありません」

 「私が無理を言ったんだもの。貴方が謝る必要はないわ」

 でも、と口許の笑みを深めた王女は声を弾ませた。

 「代わりに、たまにここへ来て私の話し相手になってほしいわ。
 それくらいの時間ならあるでしょう?」

 愛らしい微笑とは裏腹に瞳が全く笑っていない上に、有無を言わさぬこの物言い…。
 やっぱり兄妹だな、と頭の片隅で呑気にそんなことを思った。

 「分かりました。ただ、私は学生の身なので長期休暇くらいしかここへ来ることは出来ませんよ」

 「わかっているわ。だから、貴方が学園にいる間は手紙でのやり取りになるわね」

 「…失礼ですが殿下、一国の王女が異性と長期間の文通をすることが周りからどんな目で見られるか理解していますか?」

 歳は離れていても貴族の間では婚約・婚姻をするのは常識だ。しかも王族と公爵家では家格もつり合う。
 その上、私は婚約している身だ。仮に文通をしたとして、それが社交界に知れ渡ればどんな尾ひれの着いた噂が流れることか……。

 「勿論、理解しているわ。
 けれど、貴方なら上手に隠すことが出来る。そうでしょう、貴公子様?」

 圧を感じる王女の微笑を見て、どうやら私に拒否権はないらしいことを悟る。
 私は吐き出したいため息を冷めたカップの中身と一緒に飲み込んだ。

 「……いいでしょう。その代わり、幾つか条件があります。それを守れないならこの話は無かったことにさせていただきますが、よろしいですね?」

 笑顔で頷いたエリザベスに幾つかの条件を提示し合意に至った。
 とにかくリスクを避ける為の条件だったが、これを聞いた時の王女の反応は『そんなことでいいの?』という戸惑いと驚きに満ちたものだった。 
 一体どんな無理難題な条件を言われると思ってたのか逆に聞きたいくらいだ。

 「さて、殿下。夜も更けてきましたし、そろそろ家に帰してもらえませんか?」

 気がつけばそれなりに時間が経っていたようだ。
 薄らと明るくなり始めた窓の向こうを見ながら王女にそう提案する。

 「残念だわ。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうわね」

 「そう思ってくださったのなら幸いです」

 「本当に心踊ったわ。これは次も期待できそうね」

 「…ソウデスネ」

 楽しい会話をした記憶などないが、などという愚かな発言は決してしない。
 王女の後ろに佇む青年へと視線を投げれば、彼は予想通り主人であるエリザベスに指示を仰いだ。

 エリザベスは青年に一つ頷きで返事を返すと、自身もソファから立ち上がった。

 「私も後宮に戻らないと。満足な見送りも出来ずごめんなさい。その代わり、きちんと公爵家まで送り届けさせるから安心して頂戴」

 「構いませんよ。
 お茶、美味しかったです。ご馳走様でした」

 そういえば王女はまた一人で後宮まで戻るのだろうか、と立ち上がりかけて不安になった。
 しかし杞憂だったようで、温室の出入口から見計らったように青年とは別の影が顔をのぞかせた。
 恭しく王女に頭を垂れて先導している。

 「我々も参りましょう、公子」

 「頼みます。…出来れば安全第一で」

 護衛がいた事に安心していれば、青年から声をかけられた。
 行きの移動はかなり揺らされて気持ち悪かったのを思い出して苦笑交じりにそう言えば、青年は心得たとばかりに頷いてくれた。
 けれど、次の瞬間には小脇に抱えられたのでもう諦めることにした。

 移動中、遠くから差し込んでくる陽の光に目が霞む。身体ももう限界のようで力が入らない。
 子どもの身体に無理させすぎたかなと思いつつ、みっともなく青年の腕にぶら下がりながら襲ってきた睡魔を快く受け入れた私はゆっくりと瞼を下ろしたのだった。






 読んで下さりありがとうございます。
 次回もお楽しみに(´˘`*)


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