悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

55. 振り回される側



 (※以下、ヴィヴィアン視点)

 嫌です、と苛立ちを孕んだ低い声が静かな室内に響く。

 「つい先日、伯爵家の令嬢とも同じことをしました。なのにどうして、またほかの令嬢と茶を飲まなければならないのですか」

 更に声を発したのはどこからどう見ても不機嫌なアルバートで、深海色の瞳を吊り上げて相対する陛下へと向けている。
 しかし、陛下はそんな息子の睨みなど何ともないかのようにため息を返した。

 「こうなっているのは誰のせいだと思っているんだい?」

 「 それはっ!  ……この件はルビリアン兄弟に任せたのではなかったのですか」

 アルバートがなんとか感情を抑えて苦々しく表情を歪める。
 どうやら彼には、まだルビリアン兄弟が婚約者探しの任を辞したことや王家と取り引きしたことを告げられていないらしい。

 国王専用の執務室で二人の会話をすぐ脇で見守っていたヴィヴィアンは、内心で頭を抱えていた。

 (だから言わんこっちゃない……)

 アルバートが次期国王になる以上、避けては通れない道だ。そうでなくとも、王族にとって政略結婚は当たり前。
 私情は一切挟むべきでないし、本来ならアルバートの我儘を聞いてやる義理もない。
 王命だと言われれば、それに従う他にないとアルバート自身分かっていたはずだ。

 「あぁ、アルにはまだ言ってなかったね。あの子達なら辞退したよ」

 「?!   それはどういう事ですか!」

 二人の間に置かれた執務机をアルバートが音を立てて叩く。
 そんなのは初耳だ、と言いたげな表情で陛下を睨んでいる。

 まぁ無理もないだろう。
 自分も舞踏会の前夜になって初めて父親から告げられたのだ。

 ルビリアン兄弟がアルバートの婚約者探しから辞しただけでなく、まさか公爵家が王家から離れたというのだから驚かない方がどうかしている。

 大柱の一つであるルビリアン家の下した決断に貴族社会は大きく揺れた。
 それまで王太子派だった貴族の中には、ルビリアン家が離れるなら、と派閥を抜けた者もいたくらいである。

 「どういう事も何も、君がいつまで経ってもそんなだからあの子達も嫌気がさしたんじゃないのかい?」

 「彼らはそこまで無責任ではありません」

 「あの子達が無責任だなんて僕も思っていないよ。むしろ、その逆だ」
 
 陛下が傍らに立っている高官に目配せすると、高官は頷いて一つの書類を陛下に手渡した。
 そして、陛下はその書類を俺達に見やすいように机の上に置いてくれた。

 見下ろした書類には取り引きの内容と、おそらくロザリーのものだろうサインと公爵家の印鑑が押されていた。
 
 「これがあの子達の…いや、ルビリアン公爵家の総意だよ、アルバート」

 「そんな……」

 陛下が幼子に言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
 まだ受け入れられていないらしいアルバートは、書類をくしゃりと握りしめた。

 王家との繋がりを断つということは、いくら力がある公爵家であったとて痛手になることに変わりない。
 しかもこうして、形ある何かを残せばいざと言う時に言い逃れは絶対に不可能。
 万が一、何かあれば必ず処罰対象となる。

 元々、中立の立場であったルビリアン公爵をアルバートの地盤固めの為に説得し、ロザリー達にも婚約者探しという任を任せて無理やり引き入れた結果がこれだ。

 せっかく固まり始めていたアルバートの地盤は半壊同然となり、未来の臣下になるであろう者達を従わせるだけの力もない王子だとせせら笑う者も出てきた始末。
 これでは王家の面子も丸潰れだ。

 「何故もっと早く教えてくださらなかったのですか、父上! せめてその場に俺がいればーーー」
 
 「君に何かできたとでも?」

 アルバートを遮った声音は柔らかいが、瞳は決して笑っていない。

 「ずっと言われてきた筈だろう、アルバート? 皆が君の我儘に付き合うのも、平穏無事に過ごせているのも、君の願いを叶える為に多くの者がお膳立てしていることも。
 ーーーそれら全てが当然ではないことも」

 事実を指摘され、アルバートは口を噤む代わりに拳を強く握りしめた。
 その様子に、陛下はくたびれたため息を吐き出して言葉を続ける。

 「もう疲れたよアルバート。いい加減、初恋は実らないものだと知りなさい」

 「っ俺は…!」

 アルバートが何か言いかけたタイミングで誰かが扉をノックした。
 『入れ』と陛下が返事をした直後、宰相である父上が部屋へと入ってきて、俺達がいることに目を丸くする。

 「…お邪魔でしたかな?」

 「そんなことはないよダニー。丁度終わったところだからね」

 小首を傾げる父上に椅子から立ち上がった陛下は笑顔で首を振り、アルバートの肩に手を置いて念を押すように『お茶会、楽しんで』と告げた。

 その後、陛下に『仕事があるから』と執務室を追い出された俺達は、一般向けに開放されている温室へ向けて歩いている。
 なんでも、今日のお茶会はそこでやるんだとか。

 斜め前を歩くアルバートは、あれから何か言うこともなく目的地へ歩を進めている。
 ……さっき陛下に言われた内容が相当ショックだったのだろうか。

 心配でこうしてついてきたものの、なんと声をかけるべきか、そもそも話しかけるべきではないか迷う。

 (陛下にしたって、もっと別の言い方があっただろうに…)

 アルバートの場合、恋と呼べるほどの想いでもなかったように思う。
 単に好意の延長線のいうか、一時の迷いというか…はっきりと言葉で表せる何かではなかった。
 確かに、ロザリーのことで一喜一憂している姿は恋する少年そのものに見えたかもしれないが。

 口を開いては閉じてを何度か繰り返している内に、アルバートの方から『ヴィー』と呼びかけられた。

 「お前は、知っていたのか?」
 
 責めるように言われ咄嗟に身体が強張る。
 知ってて黙ってたのか、と副音声が聞こえてきそうだ。

 「俺も知らされたのはつい先日だよ。急に決まったことらしい」

 そう返せば、冷たい横顔がこちらへと向けられる。
 いつもは澄んだ深海色の瞳に仄暗い光が宿っていてゾッとした。
 長年一緒にいたが、こんな顔をすることはこれが初めてで不安になってしまう。

 アルバート、と久しぶりに愛称ではなくそう呼べば、ふっと苦く微笑まれた。
 
 「俺のせいだな…」

 そう小さく呟いてまた温室へと歩き出してしまった。
 アルバートの背中は着いてくるな、と言っているようで俺はそこから先へ足を進めることが出来なかった。


 ……


 執務室の扉が完全に閉まったのを確認したダニエルは、呆れた目を仕える主人に向けた。

 「だから早く言えと言ってあったのに…。親バカも大概にしたらどうなんだい」

 「わざとだよ。舞踏会前に話していたら、きっとロザリーやニコラスを問い質していただろうからね」

 再び椅子に深く腰を下ろした国王にそれもそうか、とダニエルが同意する。
 本来、ここで同意するのも王族に対して不敬にあたるが、あのアルバートならやりかねないことを幼い頃から見てきたが故によく理解していた。

 「それで、今回はどちらのご令嬢と?」

 「ヴォルグ伯爵家の娘だよ」

 素っ気なく言われた家名に、ダニエルもまぁ妥当なところだろう頷く。

 ヴォルグ伯爵家は国王派であり、アルバートのことも支持している。特に功績を残している訳でもないし王太子の婚約者としての立場は弱いが、王への忠誠とその血筋は本物だ。

 ルビリアン公爵家が中立派に戻ってからというもの、失われた存在は他で補えるほど簡単ではない。
 だからこそ、王や宰相であるダニエルも必死に地盤の修復に取りかかっている。

 最近、アルバートが頻繁に国王派閥の貴族令嬢達と『お茶会』をさせられているのもその一つだ。
 …ただ本人は自身の立場が分かっていないのか、全くの意欲を示さないが。

 「あの様子ですと、今回も無理そうですなぁ」
 
 「君もそう思うかい?」
 
 君も、ということは国王自身も薄々気づいているということだろう。

 「雰囲気がロザリーに似ているからもしかしたら…とも思わなくはないんだけど」

 だが中身は全然違う、とアルバートなら言い返しそうな台詞だ。
 しかしダニエルは、目に見えてやつれている国王にそれを告げるには酷だと思い、苦笑するに留めた。

 「あぁそういえば、陛下がご所望でしたものをお持ちしましたよ」

 暗い空気を打ち切るように、ダニエルは脇に挟んだ紙束を国王の前へと広げた。

 「現在進行形での貴族勢力図です。最新版ですよ」

 「…やはり一部の貴族はルビリアン公爵家の後を追ったみたいだね。まぁ想定よりは少ないけれど」

 「えぇ。それもおそらくルビリアン公爵がそうなるよう裏で手を回していたのでしょうが、こちらとしては助かりました」

 実に賢い男だ、とダニエルは感心する。
 自分と同じく二大勢力の一端を背負っているルビリアン公爵は、己の与える周囲への影響をよく理解している。
 
 これまでも、一つの家に権力が集中しないように国王に助力してくれていた。
 その気さえあれば、いくらでも権力を手に入れられる立場にあったにも関わらずだ。

 そんな彼に国王は勿論、ダニエルも心から信頼を置いている。むしろ、絶対に敵に回したくない相手だとさえ思っているくらいである。
 できることなら、王太子の地盤固めを機に完全に取り込んでしまいたかったが…現状では無理だろう。
 
 「ルビリアン公爵家への今後の対応はどうなさるおつもりで?」

 「特に何もしないよ。これ以上介入して機嫌を損うことは避けたい」

 「では、大臣らにもそれとなく伝えておきましょう」

 本来、一つの家が力を持ち過ぎるのは良くないのだが、ルビリアン公爵家はこれまで王家にとても貢献してくれている。
 無駄な野心もなく、国王の信頼をも勝ち得ているということを鑑みれば、ある程度放置していても問題はないだろう。

 「しかし惜しいですな。ルビリアン家のご子息どちらかでも令嬢であったならば、殿下の婚約者にできたでしょうに」
 
 「ニコラスはさておき、ロザリーの容姿はそこらの令嬢より美しいからねぇ…。あれで男だというのだから世の中何が真実か分からないものだ」

 「全くですな。彼の場合、女装をさせて女だと偽ってもバレなさそうです」

 喉を鳴らして冗談を言うダニエルに国王もまた、眉尻を下げて残念そうに同意した。

 本当に残念だ…、と思いながら、国王は窓の向こうーーーアルバートが『お茶会』をしているであろう温室を眺めたのだった。






 久々の更新となってしまいましま。

 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。






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