悪役令嬢は麗しの貴公子
51. 救いの手
 ※48~50話の間にあった別視点の話です。
 
 (※以下、カレン視点)
 壁に背を預けて会場に響く音楽に耳を傾ける。
 手中にあるグラスは、もうすっかり冷たさを失っている。
 ロザリーと離れた途端、それまで向けられていた周囲の視線が面白い程に外れていった。そうして今では、私が壁のシミでいることを黙認してくれている。
 上辺だけの祝言をしてくる者やダンスに誘ってくる者もいたけれど全て断わった。
 今はそんな気分じゃない。
 皆が興味を示すのはロザリーで、私ではないから。
 『貴女は本当に可愛らしいと思っていただけだよ』
 まだ、あの声が耳に残ってる。
 下手だとは何度も言われているが、可愛いだなんて言われたのは初めてだ。
 いつも相手の迷惑にならないように必死に練習しても、誰も褒めてはくれなかった。
 それなのに……。
 「可愛い、か……」
 なんて似合わない言葉。
 自分でも分かってる。
 だから、彼が言ったあの言葉はきっと私への配慮。
 大丈夫。勘違いなんてしない。
 私達は偽りの婚約者。それだけの関係。
 ーーーあぁ、でも。
 『貴女はとても綺麗だ』
 『貴女の傍には私が付いている。さぁ、胸を張って』
 彼がくれた優しい言葉一つひとつをこの胸に大切にしまっておくくらいは許されるだろうか。
 「随分とお暇そうですわね」
 嘲笑と軽蔑を帯びた声に、私は思考の海から引き戻された。
 横を見れば、金の巻き髪と豊かな胸を強調した派手なドレス姿の令嬢が見下したようにこちらを見ている。
 「…ご機嫌よう、ルミエラ様。私に何か御用でしょうか」
 四代侯爵家の一つ、キャンベル家の次女ルミエラ。
 出来れば会いたくなかった人物の内の一人だ。
 「あら、用がなければ話しかけてはいけないのかしら? 婚約してから気位が高くなったんじゃなくって?」
 ルミエラの後ろにいた取り巻き達がクスクスと扇の下で嫌な笑いを起こす。
 おそらくルミエラは、自分より下の身分の私がロザリーと婚約したことにご立腹なのだろう。
 彼女はいつだって自分が一番じゃなければ嫌なタイプだから、今回絡んできたのも私への嫌がらせの為だろう。
 「ロザリー様が不憫だわ。こんなお荷物を背負わされるなんて」
 
 「そう思われるのなら、直接本人に言って差し上げては如何でしょうか」
 そう提案すれば彼女は顔を真っ赤にした。
 「なっ、貴女、いつから私に意見できるようになったのかしら?! 調子に乗るんじゃないわよ、野蛮人風情がっ」
 私の返答がお気に召さなかったらしい。
 取り巻き達は、急に癇癪を起こし始めたルミエラを宥めようとオロオロしている。
 「野蛮人、ですか。では、その野蛮人に守られ続けてきた貴女方はなんなのでしょうね?」
 国の守護神であり国王の剣であるディルフィーネ家を侮辱するということは、すなわち国王をも侮辱するということ。
 「偉そうな口を聞かないで頂戴っ。守るですって? 剣を振るうことくらいしか取り得がないくせに! むしろ貴女達一家に役目をやった私達貴族に感謝して欲しいくらいだわ」
 
 腕を組んで威張り散らすルミエラを前に、私はため息を吐きたくなった。
 この場には国内だけでなく、他国の王侯貴族もいるというのに…全く。
 「一つ訂正しておきますが、ディルフィーネ家に国の守護としての役目をお与えになったのは貴族ではなく国王陛下です。ですから、貴女に感謝する必要はありません」
 この国の者なら必ず一度は聞いたことがあるだろう建国物語。
 数多の国と土地を奪い合う戦の中で当時指導者であった後の初代国王に付き従い、文字通り王の剣に、民の盾になった守護神。
 それがディルフィーネ家の祖。
 「ルミエラ様がどう思われようと勝手ですが、ディルフィーネ伯爵家が王の忠臣であることだけはお忘れなきよう」
 たとえ侯爵家であろうと王の許しがあれば潰せるのだと暗に示す。
 その流れでまた突っかかってこられる前に立ち去ろうとカーテシーをひくが……。
 「待ちなさいっ! 私は侯爵家の娘よ! 私に盾突いてただで済むと思わないことね!」
 甲高い声を上げたルミエラに会場にいた人々の視線が一斉に集まる。
 何事かと伺っている群衆に、これを好機と見たルミエラは口端を吊り上げた。
 「恐れ多くも公爵家と繋がりを持って図に乗った無礼者! この場で私に非礼を詫びれば見逃して差し上げてよ」
 勝ち誇ったようにルミエラは嘲笑う。
 図に乗った? 非礼を詫びる? 
 一体どの口が言っているのか。
 皆の視線が全身に突き刺さる中、それでもカレンは凛として前を向いた。
 ーーー『さぁ、胸を張って』。
 彼のくれた言葉が木霊する。
 私に勇気を与えてくれる。
 
 「無礼をはたらいたことがないので侘びることはしません」
 「なんですって!?」
 「それと、先程は通じなかったようなのでもう一度申し上げます。ディルフィーネ家は王の剣、即ち爵位のみに焦点を当てて我が家を侮辱するという行いは結果として王を侮辱することになるのですよ」
 
 『ご理解頂けましたか?』と丁寧に説明してやると、さすがのルミエラも理解したのか忌々しそうに唇を噛み押し黙った。
 「お分かり頂けたようで何よりです。それでは、婚約者が待っているので失礼します」
 
 最後のは嘘だが、一刻も早くこの場から去りたかったので今度こそ背を向けて歩き出す。
 
 「待ちなさいよ……」
 直後、地の底から轟くような声が背後から聞こえてきた。
後方へ首を捻ると、ルミエラが恐ろしい形相で手に持った扇をこちらに向けて振り上げるのが見えた。
 まさかとは思うが、その扇を私に投げつける気か!?
 感情的になったとはいえ、やり方が幼稚すぎる!
 避けることも出来るが、そうすれば他の者に被害がいく可能性が高い。
 万が一、他国の王侯貴族に当たって怪我でもさせたら国際問題に発展してしまう。
 考えている間にも、ルミエラが右手に持った扇を大きく振りかぶるのが見えた。
 迷っている時間なんてない。
 受け身だけとれるよう体を固くして衝撃に備える。
 パンッ!!
 盛大に音が響くが身体に痛みは感じない。
 そっと顔を上げた先で視界に捉えた人物に目を見開く。
 そこには、よく見慣れた背中がカレンを庇うようにして立っていた。
 「ひッ……!?」
 静寂した会場にルミエラの甲高い悲鳴が響く。
 いつも高慢な彼女が、顔を青ざめさせて震えていた。
 
 「そんな…なんで、どうしてロザリー様がッ!?」
 
 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
35
-
-
353
-
-
221
-
-
75
-
-
3
-
-
59
-
-
4503
-
-
93
-
-
26950
コメント
ノベルバユーザー248828
ルミエラ嬢愚かなお馬鹿チャンΣ( ̄皿 ̄;;ロザリーちゃんやっちゃってo(`^´*)