悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

48. 熱を帯びたのは



 落ち着いた臙脂えんじ色のスーツを見事に着こなしたクランは、親しみやすそうな微笑で声をかけてきた。

 気色悪いなぁ…。

 私はクランの態度に内心で失礼なことを思ってしまった。
 クランのことをよく知らない者なら、一見明るく気さくな好青年に見えるのだろう。
 実際に明るい性格をしているし将来有望であることは変わりないけど、長い付き合いをしていても彼の上辺だけの微笑みや態度は好きになれない。

 というか、カレンが一緒とはいえクランがここまで畏まること自体がおかしい。
 私はクランのらしくない言動に訝しみつつも、表面上は微笑んで応じる。

 「クランじゃないか。私に何か用かい?」

 「まぁな。出来れば場所を移したいんだが…」

 クランの視線がカレンへと移る。
 その意味を察したカレンは笑顔で頷くと離れて行った。

 「普段から美しいと思っていたが、今夜は一段と輝いているな。素敵な婚約者を持ったお前が羨ましいよ」

 「気色悪いから止めてもらえる? その話し方」

 「随分な言い草だな」

 私が目に見えて嫌そうに眉を顰めると、クランは直ぐに素に戻った。

 「本性を知ってる身としては、気色悪い以外の感想なんてなかったよ」
 
 「お前のその素直なところは嫌いじゃねえけど、時々心にクるものがあるな」

 「そんな繊細だったなんて驚きだね」

 「ニコラスもそうだが、どうしてお前ら兄弟は俺の扱いが雑なんだよ。俺一応は先輩なんだけど」

 「ここは学園じゃないよ」

 客観的には仲睦まじく会話を楽しむ紳士同士にしか見えないだろうが、まさかその会話の内容がここまで砕けたものだとは思うまい。

 広いバルコニーに着れてこられると、そこには既に何組かの先客がいた。
 皆、それぞれ親密そうな空気を創りだしていて……この場違いな感じは居た堪れない。

 「それで? 態々わざわざ人目を避けてでも私と話したいことってなんだい?」

 なるべく早く話を終わらせて会場に戻らないと。
 ニコラスなら上手くやれるだろうけど、カレンが心配だ。
 そもそも、パートナーを一人きりにさせるのはあまり好ましくないのだし。

 「お前、陛下と取り引きしたらしいな。やるじゃねぇか」

 どうして知ってるんだ。
 国王が箝口令を出してくれていたはずなんだけれど。
 私の幼馴染は一体いくつの耳を持ってるんだ。

 「しなくて済むならそれに越したことはなかったけれどね」

 弱々しく本音を零す。
 私がもっと上手く立ち回れてたら今とは違った道もあったかもしれないもの。

 「別にいいんじゃねぇの。お前は全部自分のせいにする癖があるからな」

 「そんなことないと思うんだけど」

 「あるから言ってんだよ。それに、お前ん家がそういう決断してくれたおかげで俺としては助かってんだぜ?」

 助かってるとはどういうことだろうか。
 手すりに腰を預けてこちらを振り返ったクランは白い歯を見せてニッと笑う。

 「ローズも親父さんから今の貴族間の勢力関係は聞いてんだろ? 小さな不安や不満一つで簡単に崩れちまうような状況になってきてる」

 アルバートはこれまで国内の令嬢全ての求婚の申し込みを断ってる。
 それも爵位の上下に関係なくだ。
 見初めた相手が既にいるならまだよかったが、そうでないから当然不満を抱く者がでてくる。

 プライドの高い貴族だと、王家から蔑ろにされたと捉える者さえいたくらいだ。
 これが国外の王族・皇族なら余計にややこしくなる。

 「お隣がまたなんかやらかそうとしてるみたいだし、一枚岩になっていない現状はかなりまずい」

 「クランはご近所のことをどこまで知ってるんだい?」

 人気が少ないとはいえ、どこで誰に聞かれているか分からない以上、私もクランも敢えて帝国だと分かる直接的なワードは避ける。

 お父様から帝国については聞いてあるし、マーサに頼んで調べれる限り調査したつもりだ。
 それに、私には前世の記憶もあるから未来今後のことはある程度知っている。
 でも、クランは違う。だから、彼がどこまで知っているのか探りを入れておきたい。

 敵か味方か。
 それによって今後の対応も変わるのだし。

 「お前とそう変わんねぇと思うぜ? 王家直下の隠密部隊をお隣に投入したらしいが、中々手こずってるみたいでな。さっぱり情報が入ってこねぇ」

 「相手だって馬鹿じゃない。そんなあっさり貴重な情報をくれはしないだろうね」

 「相手は我が国うちよりも格上だ。もし戦争に持ち込まれたら一巻の終わりだろうな」

 ポツポツとあかりの灯る王都の街並みをルビーの瞳がじっと睨む。
 私も彼と同じように目の前に広がる風景を見据えた。

 ゲームのシナリオを知ってる身として、結論から言うと帝国との戦争が起こる確率は十分にある。
 ゲームでは実際に戦争が起きていたし。
 但し、帝国との戦争が起きるのは隠れ攻略キャラのルートだけだったんだけど。

 「もしかしたら、既に刺客が送り込まれていてもおかしくないかもね」

 「有り得るな。けど、それならとっくに滅ぼされてんだろ。今この国にいるのは、平和ボケした貴族と初恋に酔ってる王子サマだからな」

 「仕方ないよ。平和が続けばそれが『普通』になる。そして、『平和普通』が続けば危険を他人事として認識するようになる。それが人間だから」

 前世で私が住んでいた国もそうだった。
 平和であることが当然で、脅かされるなんて微塵も感じていない。
 だから忘れそうになる。平和というものがどれだけ尊いものなのか、どれだけの犠牲の上に得られたものなのかを。

 「…やっぱお前で良かったわ」

 「何が?」

 「初めてお前に出会ったあの時から思ってたんだよ。コイツが一緒ならこの国で生きるのも悪くない、ってな」

 そう言ってクランは懐かしい思い出を語る時のように穏やかな表情をして微笑む。
 まさかそんな風に思われていたなんて知らなかった。

 「だからさ、ローズが殿下に見初められてからは心配してたんだよ。このまま、お前が殿下のものになっちまうのかなって」

 眉を八の字にして乾いた笑いをするクランに私も苦笑する。

 「そんな訳ないだろう。アル様は大切な友人だけれど、それだけ。私にとっての一番は家族だからね」

 だって、お母様に頼まれたから。
 愛する家族をもう失わないためなら、例え相手が王族だろうと容赦はしない。
 意志を持った瞳でクランを見つめれば、彼はまた嬉しそうに微笑んだ。

 「俺が助かった、って言ったのはお前のそういうとこ。もし、お前が王太子派につくなら俺はお前と敵対してただろうしな」

 急な敵になってたかも発言に驚愕する。
 ゲームの物語ストーリー以外にフラグが存在するなんて知らなかった。

 「でも、クランのお父上は…」

 ツィアー二侯爵は元々国王派で、身内争いが起きない為にも王太子派についている筈だ。
 てっきりクランも賛成した上でかと思ってたけど違うのだろうか。

 「親父だけ、な。俺は守りたい奴が幸せになれるなら、この国の頂点が誰だろうがどうでもいいからな」

 極論とも言えるその考えを堂々と言ってのける所がクランらしい。

 「こういうことはあまり他人に言わない方がいいよ。私も黙っておこう」

 私は人差し指を口に当て、悪戯っぽく笑う。
 けれど、クランは真剣な顔で口に当てた私の手を取ると、そのまま私を引き寄せた。

 「ローズだから言ったんだよ」

 彼の紅い瞳が怪しく煌めいて私を映す。
 急に間近に迫ったクランの顔に私は戸惑った。
 
 ホールからは見えない位置とはいえ、誰もいないわけではないのに……。
 普段より回転が悪くなった頭でどう対処すべきか考えている内にも私たちの距離は縮まる。

 「なぁ、ローズ。いつかでいいからさ、俺もお前の一番の中に入れてくれよ」

 まるで懇願するような表情と声でそう言ったクランは、掴んだ手を自分の口許へと近づける。

 早く脈打つ身体に困惑やら緊張やらが加わって全身が強ばる。
 思わず目を閉じた瞬間に指先に感じたのは、柔らかくて暖かい何かだった。








 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。



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コメント

  • ノベルバユーザー248828

    クラン、アル様より高感度良い✨頑張れ( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

    1
  • いちご大福

    !!(゜ロ゜ノ)ノえ?え!?バレてる…の?え!?

    2
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