悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

44. それぞれの帰省(アルバートver.)




 母は強しと言うが、この母の場合は別の意味で強いのだろうな。
 目の前で子どものように頬を膨らませて仁王立ちする自身の母親、王妃をぼんやり見つめながらアルバートはそう思った。

 「貴方、まだ婚約者を決めていないそうね」

 意識して声を低くしているのだろうが、もとが鈴の音のような可愛らしい声の為、イマイチ迫力に欠ける。
 ふわふわの髪とクリっと大きな瞳、小柄で華奢な容姿のことも相まって、一目で二児の子を持つ母だと分かる者はいないだろう。

 そんな不機嫌を体表した母の後ろには、王妃付き侍女達が沢山の分厚いリストのようなものを両手いっぱいに抱えている。
 おそらく国内外の王女や令嬢達の姿絵だろうと察したアルバートは、気難しそうに顔を歪めた。
 だが、相手は全く気にする様子はなく、両手を組んでプリプリと可愛らしく怒り続けている。

 (『今日は』幾分、元気なようだ。参ったな…)

 イヴァンヌ・リリークラント。現王の寵愛を一心に受けるこの国の正妃にして、自身の実母である。

 病弱な深窓の王妃だと貴族達には認識されているが、実際にはかなり異なる。
 他人に比べて流行病や感染症などにかかりやすい身体の為、普段から仕方なく行動を制限しているだけで、中身は活発な性格をしている。その為、今のように体調がいい時はこうして文字通り活動的なこともしばしばあるのだ。
 元気なことは喜ばしいが、元気過ぎるこの母は時に王宮内の侍女や衛兵達も巻き込むことがあるで、自重という言葉を覚えてもらいたいとアルバートは常より切願している。

 「なんの為に学園に入れたと思ってるの? 勉学だけの為じゃないのよ!」

『学生の本分は勉強でしょう』と言いかけて止めた。背後で侍女達が婚約者の候補リストらしきものを山のように積み重ねているからだ。

 (よくもまぁ、あんなに多くの婚約者候補を見つけてきたものだな…)

 「聞いているの、アルバート?」

 強い声に意識が引き戻される。
 嘆息したい気持ちをグッと耐えて、半ば投げやりな返事を返す。

 「まだ入学して半年も経っていませんよ。それに、婚約者候補の選定はルビリアン兄弟に任せることに同意なさった筈では?」

 「そのルビリアン兄弟が厳選した令嬢達のリストをゴミのように部屋に散らかしていたのは、どこの誰だったかしら?」

 淡々と返されて、無意識に眉根を寄せる。

 (……ヴィーのやつ)

 王太子である自分の補佐だけでなく、王家の命令でアルバートの監視役にもなっている、この場にいない従弟に向けて内心で舌打ちをする。

 「言っておきますけど。貴方が王太子でなければ、皆がこんなにも甲斐甲斐しく貴方のワガママに付き合う義理はないんですからね」

 「…重々、理解しています」

 イヴァンヌの厳しい言葉に、膝の上で拳をつくる。
 このまま説教コースかと覚悟したが、アルバートの返事を聞いたイヴァンヌは切り替えるようにパッと表情を緩めた。

 「そ、ならいいわ。では、始めましょうか」

 『何を』と聞く前に、軽快に手を叩いたイヴァンヌの合図に侍女達が一斉に動き出した。
 やけに張り切った様子のイヴァンヌに袖を引っ張られ、そのまま衣装部屋まで連れていかれる。

 部屋の中にはアルバートの侍従の姿もあり、色とりどりの衣装が所狭しとと並べられていた。

 「これは……?」

 「貴方が舞踏会で着る衣装よ」

 「これ全部ですか…」

 「そんな訳ないでしょう。この中から選ぶのよ」

 いつにない弾んだ声で楽しそうに微笑む母親を見たアルバートは、『もうどうにでもなれ』と遠い目をした。


 ……


 「そう言えば。ロザリーが婚約したそうね?」

 あーでもないこーでもないと、アルバートを着せ替え人形にしていたイヴァンヌは、思い出したように口を開いた。 
 漸く解放されたとげんなりしていたアルバートは、ロザリーというワードを聞いてピクリと肩を跳ねさせる。

 「しかも、お相手はディルフィーネ家のご令嬢だそうだわ」
 
 「…そうらしいですね」

 「貴方も見習いなさい。なんの為にわたくしが男前に産んであげたと思っていて?」

 「…頼んだ覚えはありませんが」

 ボソリボソリと言い返してくるアルバートに、苛立ったイヴァンヌは手に持った扇の端でペチペチと彼の背中を叩く。

 「もぅ! わたくしだってこんな顔だけの無愛想な子より、ロザリーのような素直で可愛い息子が欲しかったわ!」

 「…痛いです、母上」

 実際全く痛くはないし、扇を手で受け止めることもできるのだが、すれば母親の怒りを増長させることは目に見えていたので、敢えてされるがままにした。
 気が済んだのか、フンと鼻を鳴らしたイヴァンヌは扇を広げて顔の下半分を隠すと、アルバートに背を向ける。
 
 「母上、どちらに?」

 「興が削がれました。ロザリーに会ってきます」

 「は、……ロザリー?」

 先程、話題に挙がった名前に動揺する。
 会うということは、王宮にロザリーが来ているのだろうか?
 アルバートは淡い期待を胸に、スっと立ち上がる。

 「俺もご一緒しても?」

 「結構よ。貴方がいたら息が詰まりますもの。それに、ロザリーを呼び出したのは陛下ですから」

 「ならば尚更、俺も同席した方がいいのでは?」

 「身を弁えなさいアルバート。陛下に同席を認められているのは、わたくしであって貴方ではないわ」

 「しかし……!」

 「何度も同じことを言わせないで。貴方はこの部屋でそこにあるリストでも見ていなさい」

 指を指された先には、山積みになった紙束や分厚いリストの数々。もしかしたら、あの中には舞踏会に招待している令嬢もいるのかもしれない。
 ピシャリと言い切ったイヴァンヌは、これ以上アルバートに言い募られる前に踵を返した。

 一人部屋に取り残されたアルバートは、膨大な量の婚約者候補リストを前に現実逃避するのだった。


 ……


 「…ふふっ♪」

 謁見の間に続く回廊を歩きながら、イヴァンヌは扇の下で笑い声を零す。
 不思議そうな視線を寄こす侍女達に、なんでもないと首を横に振りながら、部屋に残してきた愛しい息子の顔を思い浮かべる。

 (捨てられた子犬みたいな顔をして…本当に可愛いんだから)

 故意にロザリーの話題を出せば、期待通りの反応をする。その初々しい息子の姿に、何度身悶えそうになったことか。
 母として息子の恋は応援したいが、如何せん相手は男。王妃という立場上、どうあっても認める訳にはいかない。
 
 イヴァンヌ自身、ロザリーを子どもの頃から実の息子のように可愛がってきた。洗練された所作は勿論、時に王太子アルバートを諌めることのできるロザリーをイヴァンヌは昔からっていたのだ。
 だからこそ、惜しいとも思う。もし彼が女性だったら、全て完璧で王太子妃の器に相応しいのだから、と。

 歩を進め謁見の間へ着くと、既に国王ハロルドは玉座に座していた。イヴァンヌも彼の隣にある王妃専用の椅子へと腰掛ける。

 「やけに機嫌がいいね。何かいい事でもあったのかい?」

 優しい眼差しで尋ねてくる自身の夫に対し、イヴァンヌは口許を緩めて頷いた。
 そして、先程あったアルバートとのやり取りを簡潔に話すと、ハロルドはヤレヤレと苦笑するのだった。

 「アルバートには困ったものだね。せっかく周りに恵まれたというのに」

 「何事も、ままならないのが世の常ですわ」

 親の欲目を差し引いても、アルバートは恵まれた存在だろう。
 現王であるハロルドには、イヴァンヌ一人しか妃はいない上に王子はアルバートただ一人。王女もいるが、この国では国王になるのは王子が推奨されていることもあり、醜い身内争いはしなくて済んでいる。

 アルバートの友人であるヴィヴィアンやルビリアン兄弟は、ハロルドの臣下である宰相、財務長官の子息達であり、アルバートが即位してからは彼らが中心となってアルバートを支えることになる。
 ヴィヴィアンやロザリーは勿論、来年から学園に入学するニコラスもとても優秀だと聞く。

 他国の王位継承権争いやら貴族間の派閥争いの現状を聞く限り、我が国の貴族社会は恐ろしく平和だ。これが当たり前でないことは、国王であるハロルドが一番理解している。
 だからこそ、自分の子ども達には余計な重荷は負わせたくないと打てる策は事前にとっておいたのだが……。

 「これでは先が思いやられるなぁ」
 
 「平和過ぎてもつまらないもの。それに、波乱を乗り越えてこそアルバートあの子の心は強くなることでしょう」

 『だから見守りましょう』と、嘆息するハロルドの手に手を重ねてイヴァンヌは微笑んだ。
 初めは婚約者として、今では妻として、そして一人の臣下として。愛する夫を、忠誠を誓う国王を一番近くで支えてきたイヴァンヌの瞳は、美しくも強い意志を持った輝きを宿していた。

 「そうだね。これからも共に見守っていこうか、彼らの行く末を」
 
 ハロルドは愛してやまない妻の手を優しく包み込むと、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ返して微笑んだ。
 ……頭の片隅で、これから起こるであろう不穏因子の対処法を考えながら。


 






 暑中見舞い申し上げます。
 暑い日が続いておりますので、皆様も熱中症や脱水には充分にお気をつけ下さい。
                                                     (19.7.8)

 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。
 

 

コメント

  • いちご大福

    お母さんかわいい(^^)d
    更新ありがとうございます_(._.)_

    2
  • ノベルバユーザー248828

    暑中見舞い申し上げます

    2
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