悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

43. それぞれの帰省(ロザリーver.)



 (※以下、ロザリー視点)

 カレンと婚約したことは案の定、ニコラスを含めて屋敷の皆も知らないことだった。
 ……お父様、まさか私以外誰にも話してないなんてことないですよね? 
 あのお父様なら有り得そうで怖いけど、今は信じよう。


 ……



 ニコラスとにこやかに話していると、マーサが『旦那様がご帰宅なさったようです』と教えてくれた。
 そして数分後、門扉を潜った馬車の車輪の音が聞こえ始めた。
 馬車はエントランス前に止まり、勢いよく扉が開かれる。

 「帰ったよ。ローズはもう着いているかい? ニコラスは?」

 「おかえりなさい、父上。私ならここにいますよ」

 「年甲斐もなく慌てて帰ってくるなんて…、見苦しいですよ父上」

 相当急いで帰ってきたのか、額に薄らと汗を滲ませたお父様が馬車から降り立った。
 二児の父親だと言うのに、一向に老けを感じさせないお父様が恐ろしい。

 容赦のないニコラスの物言いにも動じることなく、私の姿を見つけたお父様は思い切り私に抱きついた。

 「おかえり、私の愛しい子。長旅で疲れただろう」

 「そこまで遠くはありませんよ。大袈裟ですね。
     ーーーただいま帰りました、父上」 

 「あぁローズ、本当によく帰ってきてくれた。お前の学園での成績は聞いているよ。頑張っているようで私も誇らしい」

 「ありがとうございます、父上。ところで、その、そろそろーー」

 強く抱きしめられて苦しくなってきた。
 やんわりと抱き締める力を緩めてくれるように言おうとしたら、私の背後からニコラスの唸るような声がする。

 「何やってるんですか父上。離れてください、兄上を窒息死させる気ですか」

 私からお父様を無理やり引き剥がしたニコラスは心底不機嫌そうだ。
 昔よりもニコラスのお父様に対する扱いが雑になったような……いや、きっと気のせいだろう。

 「ニコラス…、久々の再会なんだからもう少し時間をくれてもいいだろうに」

 傷ついた表情のお父様を無視して、ニコラスは爽やかな笑顔で私の手を取った。

 「兄上、夕食の支度が整っているそうです。今夜は兄上の好きなクリームソースと白身魚のポワレだそうですよ」

 「そ、そう…美味しそうだね」

 「折角ですから一緒に行きましょう。冷めてしまっては大変です」

 「そう、だね……」

そこまで綺麗に無視すると……さすがにお父様が可哀相に思えてくる。
チラリとお父様の様子を見ると、感動の再会を邪魔され、更には存在を無視されて落ち込んでいた。

 「僕は兄上の弟だから、どこかの誰かと違って勝手に婚約者を決めたりいきなり抱きついて兄上を困らせるような愚かなことはしません。安心して下さいね、兄上」

 「う゛っ……」

  『愚かなこと』を強調するニコラスの一言でお父様がついに消沈してしまった。
 ニコラスのこういうヤキモチやきな所は本当に可愛い。
 お父様には申し訳ないけど、家族でこんなやり取りをしていると帰ってきたんだと実感できて温かい気持ちになる。

 「父上も仕事で疲れたでしょう? 早く食べに行きましょう」
 
 「ローズ…本当にいい子に育ってくれた。ニコラス、兄を見習いなさい」

 「……チッ。いい気にならないで下さい、父上のくせに」

 「何故、同じように育ててこうも違うのか……」

 遠い目をするお父様とそんなお父様を冷めた目で見据えるニコラスに苦笑してしまう。
 本当に変わらないなぁ…。

 「さぁ父上、ニコも。早く夕食にしましょう。お腹がすきました」

 パンパンと手を叩いて二人を食堂へと促す。傍で控えていた執事長セリンや他の使用人達に目配せすれば、優秀な彼らは心得たと直ぐに動き出してくれた。

 
 ……


 久々に家族全員が揃った食卓は、いつもよりも賑やかだ。
 大切な家族と自分の好物を前にした私は、きっと傍から見れば浮かれているように見えるだろう。実際、浮かれているのだが。

 「そう言えば父上、私が先日送った手紙はご覧になりましたか?」
 
 「え、あー……どうだっt」
 
 「ロザリー坊っちゃまからの手紙は旦那様の手元に届いております」

 急にそっぽ向いたお父様の言葉を遮って、傍に控えていた執事長が真実を述べてくれた。
 
 「へぇ…、しらばっくれるだけでなく、愛する兄上息子の手紙を読んですらないってことですか。流石は父上ですね」

 「ぃ、いや、……よ、読んだんだよちゃんと!」

 「読んだのに返事も書かず無視ですか。更には嘘までついて……控えめに言って、最低ですね」

 「書こうとは思っていたんだよ?! ただ、それよりも先にローズが帰ってきてしまったから…」

 「つまり、言い訳ですか」

 「ぅっ…、本当なんだよ?! 信じておくれローズ!」

 氷点下の微笑みで容赦なくお父様を追い詰めていくニコラスに、お父様はあたふたしている。
 休暇直前に急ぎで送ってしまったのは私だし、なんだか申し訳ない気持ちになる。

  「大丈夫ですよ、これは父上の事情を考慮しなかった私の落ち度です。ただ、ちゃんと届いたか心配だったので確認したかったんですよ。父上が気に病む必要はありません」

 「ローズ……」

 お父様は両手に銀食器を握ったまま、潤んだ瞳で私を見た。
 ニコラスが座っている方からまた舌打ちをする音が聞こえた気がするが、きっと気のせいだ。

 「ご覧になったのでしたらお分かりかと思いますが、何故カレンを私の婚約者に?」

 真っ直ぐにお父様を見つめると、何故かお父様は一度ニコラスに視線をやった。

 「...ふむ。その話はまた後にしよう。食事を終えたら書斎まで来なさい」

 「? 分かりました」

 どうして今じゃダメなのか疑問に思ったが、食事に集中してしまったお父様を見て諦めた。
 

 ……


 「それで親愛なる父上。話は後だと言って私を書斎ここへ呼んでおきながら、酒を飲んだだけではなく、あまつさえ既に少し酔っ払っていることに何か申し開きがありますか?」
 
 「……すまない」

 向かいのソファに座るお父様を睨みつけると、お父様は縮こまってボソリと呟いた。

 大切な話だと言うから食後すぐ、失礼にあたらない時間帯を見計らって来たというのにこの父親は!
 怒りを沈めさせようと、目の前のテーブルに用意された紅茶を一口含む。

 「怒っているかい…?」
 
 「…時間は有限です。この件については、後ほどニコも含めてじっくり話し合いましょう」

 黒い笑みを向ければ、お父様はしゅんと肩を下げて落ち込んでしまった。
 その情けない姿は、とても貴族達が恐れる財務省の辣腕長官とは思えない。

 「私に大切な話があるのでしょう?」

 真剣な顔でそう問えば、お父様も瞬時に公爵の顔になってくれた。

 「…これは先日ニコラスと話し合ったことだが、お前に言っておきたいことがある」

 お父様の厳しい声色に、自然と肩が堅くなる。

 「何でしょうか」

 「今後、王家とは一定の距離をとりなさい」

 「それは、どういう……」

 「お前はこれまで、殿下やヴィヴィアン様達と仲を深めてきた。いや、『深めすぎてしまった』からだ」

 「……」

 お父様の皮肉げに言った言葉に、その意味を正しく理解して青ざめる。

 私は将来、公爵の爵位とお父様の役職を継ぐ身。だからこそ、国に忠誠を誓い、信頼を得る為にもある程度の絆は築いておかなければならなかった。けれど、何事もバランスというが大事。

 アルバートやヴィヴィアンと密接すぎる今の関係性は、内外的に王太子と次期大公の後ろ盾を得た事を示してしまっている。
 アルバートが私に好意を持っているという噂も、それを増長させたことだろう。

 ルビリアン家は絶対中立の立場にいなければならない。時に賛同し、間違っていれば正す為に苦言も呈する。場合によっては、嫌な役回りをせざるを得ないこともある。
 しかし現状、私のせいでルビリアン家の立場をも危うくさせてしまっていると言っても過言ではない。
 
 ……情けない。少し考えれば分かるはずなのに、自分の事だけで周りに目を向けていなかった。自分の不甲斐なさに呆れてしまう。

 「申し訳ございません…!」

 「お前だけが悪いわけではないよ。それを良しとしていた私にも一抹の責任はあるからね」

 「ですが…」

 「幸い、まだ打つ手は色々ある。だからこそロザリー、これからはより一層の注意を払って行動なさい」

 コクリと頷いて、自分の不甲斐なさに唇を噛み俯く。お父様は、そんな私の頭を落ち着かせるように優しく何度も撫でてくれた。そして、私が落ち着くのを待ってから、少し言いにくそうに口を開いた。

 「それで、カレン嬢と婚約させた理由だけれど……実はアレもローズを王家から引き離す手段の一つだったんだよ」

 「え…」

 「言っただろう? 打つ手は色々ある、と」

 驚いて見上げると、お父様は眉を八の字にして頼りなさげに微笑んでいた。
 話についていけず、混乱する私にお父様は一つずつ丁寧に事の次第を説明してくれた。
 
 曰く、お父様は当主として絶対中立というルビリアン公爵家の立場と父親としてという個人の双方を守る為、婚約を急がせたのだということ。

 曰く、力を持つ公爵家が王家の害にならないように政治バランスを考慮した結果、お父様と要相談の上で宰相が裏で根回しを行い、今回ディルフィーネ家と婚約を成したということ。

 まさか、現王の実弟で二大公爵家の片江かたえである宰相までもが、私とカレンの婚約に深く関与していたなんて知らなかった。
 というか、お父様は貴族の中でも上位にいるのは知っていたけれど、実質この国のNo.2である宰相まで息子の婚約に巻き込むってどうなんですか……。

 「本当は、婚約者くらいお前の好きなように選ばせてあげたかった。けれど、これ以上大切な家族を失いたくもなくてね…」

 昔から変わらない優しくて大きな手で私を包み込む。
 成長するにつれ、お父様にこうして抱きしめてもらうこともめっきり減ったけれど、この安心感はいつまでも変わらない。

 「情けないね、お前の父親は」

 「そんなこと…」

 「いいや。どれだけ否定してくれようと、私は父親失格なんだよ。愛した女性ひとを守れないばかりか、自分のことばかりで幼い娘を顧みず、今度こそ守ると誓ったのに今も尚こうしてお前を縛り付けている」

 私を抱きしめる腕が微かに震えた。
 確かに私は、かつて寂しい時にお父様が傍にいてくれなかったことに不安になった時もあった。けれど、それでも泣かないでいられたのは、お父様が私を愛してくれていることをちゃんと分かっていたから。
 
 「私は父上を情けないと思ったことは一度もありません。ニコを養子に引き取った時も今回の婚約も、全ては私の為を想ってしてくれたことなのでしょう? 寧ろ、こんなに素敵な父上を愚弄してはバチが当たってしまいます」
 
 昔よりは長くなった腕をお父様の背中に回しながら、昔よくしていたイタズラっ子の笑みを向ける。
 コレをすると、いつもお父様は仕方がないなぁという顔で微笑んでくれたものだ。

 「お前という子は、本当に……。ありがとうローズ」

 照れくさそうに笑んだお父様に、私も微笑み返した。
 お父様が私やニコラスに甘いように、私もまた、家族には至極甘々なようだ。
 蛙の子は蛙、というのは本当らしい。

 「今年も舞踏会への招待状と一緒に『アレ』が届いていたよ。……懲りない方だね、相変わらず」

 肩を竦めたお父様は、ジャケットの内ポケットから王紋入りの開封済み便箋を取り出し、苦笑する私に手渡した。

 『アレ』というのは、アルバート直筆の手紙のことで公務などの必要な時以外、王太子が誰かに私的に手紙を渡す事は、その者を優遇する事に繋がる。例え大したことのない内容でも、王太子が直筆の手紙を渡したことに意味がある。
 当の本人は、この重要性を分かっているのか微妙なところではあるが……。

 いづれにせよ、この直筆お手紙も止めてもらわねばならなかったのだ。これから王家と距離を置くことになるのだから、この事も話すいい機会となるだろう。

 友達だと思ってずっと一緒にいたから急に距離を置くのは悲しくもあるけれど、死亡フラグリディアとも距離を置けるのだから文句は言えまい。

 「では父上、私は今後カレンと共にあることに徹します」

 「この件は、ニコラスにも話してある。あの子にもよく言い聞かせたから、何か困ったことがあったら直ぐに私やニコラスを頼りなさい」
 
 頷いた私は、掌にある手紙を握りしめた。
 少し癖のある字とほのかに香る柑橘系の匂い。初めて届いた時は驚き戸惑いもしたけれど、今となっては届くことが当たり前になっていた手紙。

 (…これも、処分しないと)

 自分から離れようとしているのに、傷つく資格なんてない。元々、自分の落ち度でもあるのだから尚更。
 だから、この胸の痛みにも気付かないように蓋をするのだ。







 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。



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コメント

  • ノベルバユーザー248828

    パパ、しらふで話しようね❤️┐('~`;)┌

    3
  • いちご大福

    ニコの当たりがつえぇ…

    2
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