悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

*番外編 本来辿るはずだった未来



 (※以下、アルバート視点)

 下校を促す鐘が鳴り、一日の授業から解放された生徒達はそれぞれの寮へと歩みを進める。談笑する声があちらこちらから聞こえる中、アルバートの寮室には重い空気が立ち込めていた。
 部屋には、主であるアルバートと彼の婚約者の二人のみ。互いに険しい表情で無言を貫いている。

 自身の婚約者であるにも関わらず、ロザリーと過ごす時間はアルバートにとって苦痛でしかなかった。
 もし部屋に訪ねてきたのが愛しい彼女なら、今頃は頬を緩めてあたたかい気持ちになっていただろう。

 帰校途中にそのままここへ寄ったのか、制服姿のまま扉の前に立っているロザリーに抑揚のない声で問いかける。

 「何の用だ」

 「……失礼ながら、殿下。貴方はもう少しご自分の言動を客観視すべきですわ」

ダイアモンドの瞳が細められ、形の良い唇から批難の言葉がかけられる。もう何度目か分からない彼女からの苦言にうんざりするが、ため息を漏らせばそこにも突っかかってくることは分かり切っているので堪える。
 またか…、と他人事のように思いながら婚約者を冷たく見つめた。

 「どういうことだ」

 「自覚に欠けていると申し上げているのです」

 俺の回答に苛ついたのか、彼女は眉間に皺を寄せてやや強めの口調で続けた。

 「殿下がリディアさんと仲がよろしいことは存じ上げております。そして、殿下が彼女を心の拠り所にしていらっしゃることも…」

 悲痛そうな表情をしたと思えばそれは一瞬のことで、両手を固く握りしめたロザリーは憎しみにも似た鋭い視線を送ってくる。

 「私は殿下を縛り付ける気などありません。けれど、ご自分のお立場を今一度よく理解なさって下さい。そうでなければ」

 「自分の立場くらい分かっている」

 「ッ……、いいえ殿下、貴方は」

 「お前こそ、私を縛る気がないと言っておきながら私の言動を制限する発言ばかりではないか。お前はいつからそんなに偉くなった?」

 「いいえ、決してそのようなことは!」

 「…………もういい。出ていけ」

 口を閉ざして俯いたロザリーにそう指示して背を向ける。その後、少しして背後から扉の閉まる音が聞こえた。
 ロザリーと一緒にいると、いつも息苦しくて苦痛に感じる。今も彼女がいなくなって漸く安楽に呼吸ができるようになったくらいだ。

 ……リディアに、会いたい。
 ふわふわした柔らかい髪に触れ、陽だまりみたいな優しい笑顔で俺を包み込んで欲しい。
 彼女のことを考えていたせいか、窓ガラスに反射して写った自分の顔は、ロザリーには決して見せたことのない穏やかなものだった。

 「おや、随分といい表情をしているじゃないかい。婚約者殿が来た後だというのに、珍しいね?」

 「うるさい……ノックをしろ」

 先程、ロザリーが出ていった扉から今度はヴィヴィアンが顔だけ覗かせて目を丸くさせた。
 大抵いつも一緒にいるこの男が、俺の傍を離れるのは決まってロザリーが近くにいる時だけ。今回だって、彼女がここに来ることを知っていて別の場所に避難していたのだろう。
 この裏切り者め、と睨みつけるもムカつく微笑みで躱される。

 「冷やかしに来たなら帰れ」

 「まぁまぁ。そう邪険にしないでくれ。せっかくアルバートの癒しを連れてきてあげたんだから」

 「お、お邪魔します! アルバート様」

 中途半端に開いていた扉を更に開けたヴィヴィアンの背後から鈴の音の様な声が聞こえた。直ぐに振り返りリディアの姿を視界に捉えた途端、さっきまで氷のようだった心臓に血が通い始めたように高鳴る。

 「リディアがどうしてここに?」

 「ご、ごめんなさい…嫌でしたか?」

 「いいや。寧ろ大歓迎だ。来てくれてありがとうリディア」

 「えへへ、どういたしましてです!」

 ホッと笑顔を向けてくるリディアに自然と頬が緩む。そのままお互いを見つめあっていれば、気まずそうにヴィヴィアンが咳払いをした。
 
 「二人だけの世界に浸っているところ申し訳ないんだけど、リディアを連れてきたのは俺だよ?」

 「…だから?」

 「まさか俺が、アル達がイチャイチャしているところを見せつけられるためにリディアを連れてきたとでも?」

 「違うのか?」

 わざとらしく首を傾げると、ヴィヴィアンは片手で顔を覆って盛大にため息をついた。
 
 「冗談だ」

 「……笑えない」

 「悪かった。それで、用件はなんだ?」

 俺の問いかけに、ヴィヴィアンはリディアに一瞬だけ視線をやってから先程までとは違う真剣な表情を向けてきた。
 これからヴィヴィアンが話す内容を既に知っているのか、リディアは肩を強ばらせて俺の袖を静かに握っている。

 「アルも薄々気づいていると思うけど、リディアが標的・・にされている」

 「やはりそうか……」
 
 「あの、ごめんなさいアルバート様……。私がもっとアルバート様に相応しかったらこんなことには……」

 今にも泣きそうに瞳を潤ませるリディアの頭をそっと撫でる。
 リディアが俺達と一緒にいることが多くなってからというもの嫉妬からか、嫌がらせと称した悪質な行為を受けるようになった。他人を妬む暇があったら自分に足りないものを補う為に努力すればいいものを。

 (どいつもこいつも……、ロザリーあの女でさえ表面上のことばかり気にする始末。だから嫌なんだ)

 怖がらせないように優しく微笑むが、内心は決して穏やかではない。

 「お前のせいじゃない。そこを履き違えるな」

 「…っはい! アルバート様」

 必死に笑おうとするリディアに心が痛む。俺の立場のせいでこうしてリディアを悲しませたくはなかった。

 「ヴィー、相手側は特定出来ているか?」

 「もう検討はついているんじゃないかい?」

 「ロザリーか……」

 忌々しく名前を口にした途端、リディアが震えて怯えだした。そんな彼女を落ち着かせる為に優しく抱き寄せて背中を撫でてやる。
 自分の婚約者がそんな浅ましい行動に出るとは思ってなかったし信じたくなかったが、リディアの反応が全てを物語っていた。
 ヴィヴィアンもまた、苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。

 「彼女は利口だ。証拠なんて残さないだろうし、それなりに地位があるから簡単に手出し出来ない」

 「今のところは、打つ手なしか……」

 「一応、ニコラスに彼女の監視と情報収集をさせているけど……得られた成果は芳しくないらしい」

 「?!!  ま、待ってください! ニコラス君にそんな危険なことさせてるんですか!?」

 ニコラスの名前に反応したのはリディアだった。
 ニコラスはロザリーの義弟であり、俺やヴィヴィアンともそれなりに付き合いがある仲だ。公爵家に引き取られた時からロザリーに散々な扱いを受けてきたためか、女性不信になってしまったと本人が語っていた。
 女性不信の元凶であり、最も嫌悪しているロザリーの監視や情報収集をニコラスにさせていることがリディアは心配なんだろう。

 自分も苦しんでいるのに他者の心配ができるリディアは、本当に優しすぎるとつくづく思う。

 「これはニコラスが自分から名乗り出たことだよ、リディア。それよりも、貴女は自分のことを心配すべきだ」

 「でも、ヴィヴィアン様…!」

 「大丈夫。ニコラスはああ見えてとても強い。……いや、リディアのお陰で強くなれたのかな?」

 冗談めかしてクスリと笑うヴィヴィアンに何を思い出したのか、リディアは顔を紅く染めた。それが気に入らなくて、リディアの細い腰を自分に引き寄せる。

 「お前のことは俺達が守ってやる。だから、お前は何も心配せずに俺の隣で笑ってればいい」
  
 「アルバート様……」

 「『俺の』は余計だけど、まぁそういう事だよ。俺達は貴女にいつまでも笑っててほしいんだ」

 「ヴィヴィアン様……」

 ヴィヴィアンが俺に対抗するようにリディアの頬に手を添えて微笑む。
 ヴィヴィアンの行動が心底気に食わなくてリディアに気づかれないように睨めば、ヴィヴィアンもしたり顔でムカつく笑みを向けてくる。

 「私は幸せ者ですね。アルバート様やヴィヴィアン様がいて、ニコラス君も力になってくれてる。皆がいれば安心です!」

 俺とヴィヴィアンが無言で火花を散らしていることには気づいてないリディアが、太陽みたいな満面の笑みで俺達の腕に手を添える。

 「貴女は本当に欲のない人だね。逆に心配になってしまうよ」

 「そんなところも可愛いがな」

 「もぉ…恥ずかしいです」

 照れくさそうに笑ったリディアを見て、俺達も心が和んだ。
 たとえ、身分や地位が低くともリディアには人を思いやれる心がある。それは、どんな能力よりも優れていて価値があるのだと今は思う。
 だからこそ、リディアを傷つけることは誰であろうと許しはしない。

 俺に必要なのは、リディアただ一人なのだから。


 
 ……


 (※以下、クラン視点)
 
 「よぉ、ロザリー嬢。ご機嫌は……麗しくなさそうだな」

 今ではすっかり見慣れた純銀の髪が視界の端に映ったので咄嗟に呼び止めたが、振り返った彼女の姿を見て声をかけたことに後悔した。
 社交界において知らない者はいないアルバート王太子の婚約者。全てが完璧な高嶺の花であるロザリーだが、今の彼女は普段の鉄壁な仮面を落としてしまっている。

 苦しそうな、泣きそうな、頼りなさげで儚い表情は、密かに彼女を慕っている男子生徒どもになど絶対に見せられないだろう。
 何かあったのは一目瞭然。十中八九、あのバカ殿下関連だろうなぁ。

 「クラン様は相変わらずなようですわね……。こんな姿を晒してしまってお恥ずかしい限りです」

 「たまにはいいんじゃねぇの? ロザリー嬢だって、色々苦労してんだろうし。俺でよけりゃ話くらい聞くぜ」

 「素敵なお誘いですが、遠慮致しますわ。変な噂がたっては火消しが大変ですもの」

 「そりゃ残念だ。せっかく美人と茶を飲める口実が出来そうだったのに」

 「ふふ、お上手ですこと。ーーーお気遣いありがとうございます」

 「俺はなんもしてねぇよ。好きなようにやってるだけだ」

 さっきまで弱い部分が覗いていた顔は、今は普段通りの鉄壁の微笑を浮かべている。この短時間で持ち直す所は流石としか言い様がない。
 ……まぁ、さっきのあの顔を見た後だからそんなに説得力はないんだけど。

 「お前……今、幸せか?」

 ふと、聞いてみたくなったことをそのまま口に出す。今の状況で彼女が幸せなんかじゃないことを知っていても、どうしても彼女の口から答えが聞きたかった。

 「……何を馬鹿なことを。そんなもの、答えるまでもないですわ」

 「愚問だったか?」

 「全くですわ。そんなことを考える暇があったら殿下を支える為にもっと精進なさってください」

 「堅いなぁ、ロザリー嬢は」

 「クラン様が緩すぎるんですわ」

 軽口を叩きあってクスクスと笑う。常に周りからの目がある彼女とは、こんな砕けた会話をすることは滅多に出来ない。
 だからこそ、勿体ないとも思う。素の彼女はこんなにも魅力的なことを、あの殿下でさえ知らないだろうから。

 「ロザリー嬢、……幸せに、なれよ」

 ロザリーには嫌がられたが、昔から見てきた可愛い妹分みたいなもんだから幸せを願うのも当然だった。

 リディアが殿下達と一緒にいるようになってからしばらく経つ。彼らが一緒にいる時間が長くなればなるほど、周りからの反発や不満の声は膨らむばかりで、その対応をしているのはいつだってロザリーだった。
 今もそう、学園内でも王家の次に身分の高いロザリーの傘に隠れて、リディアに数々の嫌がらせをしてはロザリーにその罪を被せている。

 それなのに、彼女は泣きも縋りもせずに一人でずっと耐え続けている。そして、その事を殿下は知らない。

 (本当に、胸糞悪い……) 

 今の状況では、ロザリーがいづれ不利になることは目に見えているが、それでも願わずにはいられない。
 何も出来ないからこそ、余計にもどかしい。

 「~~ッ……、頑張りますわ!」

 俺らしくない言葉にまた泣きそうな顔をしたけれど、強い彼女は涙を流すことはなかった。
 どこまでも力強く微笑んでいる彼女は、きっと誰よりも美しい。

 それ以上、何も言えなくなってしまった俺は兄貴分としても先輩としても失格なんだろう。
 去っていくロザリーの小さな背中を見つめながら今一度、神に祈る。


 ーーー願わくば、可愛い妹分あの娘が幸せになれますように、と。






 乙女ゲーム要素が本編より早く出てしまっている物語ってどうなんでしょう(苦笑)



 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。



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コメント

  • ノベルバユーザー248828

    ロザリ―ちゃんが男でも女でも王族組ヤッパあかんわ…(ノ-_-)ノ~┻━┻

    3
  • いちご大福

    更新ありがとうございます

    2
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