悪役令嬢は麗しの貴公子
37. たまにはお節介も
 突然の婚約発表が幾分か落ち着き、現在は前期課程修了式の真っ只中。
 あれからクランにも婚約したことを話し、父上が婚約することについて事前に相談してくれなかったことをヴィヴィアンに愚痴る。
 リディアは相変わらず猪突猛進にアルバートに突撃していくし、カレンと接する機会も増えた。
 いつもの日常に戻った感じがしたが、アルバート一人だけがあれ以来態度を変えた。
 これまでのように無視されることはなくなったが、声をかけても素っ気なく、ずっと沈んだ表情で目もろくに合わせてくれない。そうかと思えば、何か言いたげにこちらを見つめてくる。
 そして、現在。
 学長や来賓者の話を真摯に聞く振りをして、隣に立つヴィヴィアンに問いかける。
 「ヴィー様、アル様はどうなさったのですか」
 「そこは……、察してほしい」
 「出来なかったので聞いています」
 「諦めるのが早過ぎないかい…。もう一度、よく考え直してみて」
 「………………私が原因ですか?」
 「おめでとう。及第点だ」
 「嬉しくはありませんが、ありがとうございます。及第点ということは、他にも理由が……いえ、自分で考えます」
 「いい心がけだね。頑張って」
 涼し気な表情のままそう口にするヴィヴィアンにちょっとだけ唇を尖らせた。
 私が原因と言われても何か気を悪くすることをした覚えはない。それなら、無意識にしてしまっていたのだろうか? それなら謝るべきなのだろうけど何をしたのか分からない以上、形だけの謝罪なんてもっと失礼だ。
 後ろに並んでいるアルバートの方を振り返るのすら、なんだか怖くてはばかられる。
 「アル様は、大丈夫……なんでしょうか?」
 「……大丈夫ではないけど、今はそっとしておくのが一番かな」
 首を捻るとヴィヴィアンは明後日の方角を眺めて苦笑した。
 このまま長期休暇に入ってしまえば、アルバートとの心の溝が深まってしまう気がして不安だが、ヴィヴィアンの言う通り今はそっとしておくべきなのだろうか。
 チラリと後ろに並ぶアルバートを盗み見て、気づいた彼の深海の瞳が故意に逸らされた。それに少しだけ寂しさを感じたのは、きっとそれが当たり前になっていたからだと思う。
 初めて迎える夏季休暇を目前に、ロザリーの心もまたアルバートと同じく沈んでいくのだった。
 ……
 (※以下、ヴィヴィアン視点)
 式典が終わり、後は大半の生徒達が待ち望んだ夏季休暇を迎えるのみ。
 今から帰省する気満々の生徒の中には既に荷造りを終え、すぐに帰れるよう馬車の手配まで済ませていた者もいるという。ロザリーもその一人らしく、なんでも彼の父親であるルビリアン公爵に至急確認したいことがあるのだとか。
 「それで、俺の主人はいつまでそうやって時間を無駄にしているつもりなんだい?」
 もうすぐ日が沈んでしまうというのに、まだせっせと馬車に荷物を運び込んでいる御者達を窓から見下ろし、背後で消沈しているアルバートに声をかける。しかし、死んだ魚のように虚ろな瞳で間抜け面をさらし続けているアルバートの耳には、俺の問いかけが聞こえていないようだった。
 
 ロザリーが婚約したことを知ってからというもの、アルバートはずっとこの調子だ。話しかけても本の角で後頭部を小突いても、更には勝手に寮室に押し入ったというのに放心状態を貫いている。
 初恋相手が婚約したのだから、ショックを受けるのも無理はない。芽生えたばかりの初々しい恋心を蕾にもなっていない状態で摘まれたのだ。女性が好む恋愛小説で言えば、アルバートは当て馬にすらなれなかったのだから。
 
 落ち込むのも理解できるし同情もするが、王太子補佐としてはロザリーの婚約は有り難いと思っているのが本音だ。
 アルバートの心の傷が癒えるまで当分時間はかかるだろうが、これで少しは婚約者探しに意欲的になってくれるはず。何より、大切な友人を始末しなくて済むのは本当に嬉しいし、平和的な解決だ。
 「いい加減、拗ねてないでそろそろ夕食を食べに行かないと」
 「……そういうお前は嬉しそうだな」
 「友人が婚約したんだから当然じゃないか。カレン嬢ともお似合いだったし、公爵の人選は間違いなかったみたいだね」
 「フン……。どうだかな」
 アルバートに恨めしく睨まれるが、知ったことではない。
 アルバートは裏で何があったかなんて知る由もないだろうが、誰も傷つかず穏便に事なきを得たのだからむしろルビリアン公爵には感謝しているくらいだ。
 「それより、食べないなら俺一人で食堂へ行ってくるよ」
 
 今のアルバートに付き添うのは面倒だ。
 部屋の外からかすかに漏れる美味しそうな匂いに、本当に腹の虫が鳴き出しかねない。
 呆れたヴィヴィアンはソファに寝転がるアルバートを置いて一人、扉へと足先を向けた。すると、控えめなノックと共に僅かに開いた扉からロザリーが顔を覗かせた。
 『ローズじゃないか』とわざと大きめに言った俺の言葉にアルバートは肩を跳ねらせて反応する。
 「これから夕食かい?」
 「はい。それで、その……食堂まで一緒に行こうかと思って」
 視線をあちこちに彷徨わせて自信なさげなロザリーは、きっとここに来るまで色んな葛藤と戦ったのだろう。まさか俺までアルバートの部屋にいるとは思ってなかっただろうけれど。
 「ありがとう。でも、アルは食欲がないみたいなんだ」
 「そうなのですか……」
 「せっかく来てくれたのにすまないね。アルのことは放っておいて二人で食べに行こうか。残念だけど、仕方ないよね。だってアルは食欲がないんだから」
 「え、と…そ、そうです、ね…?」
 戸惑うロザリーの肩に手を置いて食堂へと促しつつ、横目にアルバートを観察する。
 わざとアルバートの心を逆撫でする言葉を選んだ甲斐あってか、思った通りソファから上体を起こした彼は鋭い視線を送ってきた。
 「誰も食べないとは言ってないだろう」
 「おや。さっきまでどれだけ誘っても頑なに動こうとしなかったくせに、急にどうしたんだい?」
 「どうもこうもない。腹が減っただけだ」
 眉間に皺を寄せたアルバートにヴィヴィアンは内心ほくそ笑んだ。
 ロザリーがきっかけを作ってくれて助かった。『あともう一押しかな』とアルバートの嫌がる微笑みを意識して作る。
 「へぇ? …あぁでも、きっとこれから作るだろうからまだ時間はかかるんじゃないかな?」
 「食堂で待てばいいだろう」
 「いやいや。大切な主人にそんなことはさせられないよ。俺が先に行って注文しておくからアルとローズはここで待っていてくれないかい?」
 掴んでいたロザリーの肩に力を込めて部屋の中へと引っ張り込む。そして、ロザリーと入れ替わりにサッと扉の向こう側へ移動する。
 「え、あのヴィー様、それなら私が…」
 「アルと話さなくてもいいのかい? せっかくの機会、次もあるとは限らないよ」
 困惑顔のロザリーの耳元でそっと囁きかける。彼はハッとして俺の顔を凝視したかと思えば、『ありがとうございます…』と言って目尻を下げた。
 「そうだ、ただ待ってるのも暇だろうからお茶でも淹れるといいよ。アルもローズの淹れたお茶が飲みたいだろう?」
 「俺は別に茶など、」
 「それではローズ、後は頼んだよ。頑張って」
 笑顔で畳み掛けて扉を閉める。扉の向こうからまだ何やらアルバートの声が聞こえてくるが、無視だ無視。
 主人がいつまでもあの調子では困るし、大切な友人の沈んだ顔をこれ以上見続けるのも嫌だ。
 
 余計なお世話だろうが、彼らがずっとアレでは俺としてもやりにくい。アルバートの恋は応援できないが、あの二人に仲違いしてほしい訳では無い。
 やや強引だったが、環境を整えてやったのだ、後は当人同士で頑張ってもらうしかない。
 やれやれ、手のかかる主人だ。
 深い溜息をついて片手で反対の凝り固まった肩を揉む。
 食堂までの道を歩きながら、部屋に残してきた二人の関係が少しでもいい方向に向いてくれることを願った。
 
 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。
 
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コメント
ノベルバユーザー248828
あっ、ヤッパリ殺っちゃうつもりでしたか、ヴィ―様( ̄□||||!!
いちご大福
アルバートォォォ!!
ゆっくりで大丈夫です!
更新ありがとうございます
るか
いつも面白くて楽しみです!
更新まだかなって毎日見に来てしまいます!
応援してます!