悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

35. なぜ雄弁は銀なのか彼女は知らない



 今朝ぶりに教室に顔を出したロザリーを待ち構えていたのは、案の定アルバートとヴィヴィアンだった。
 本来の席が近くではないはずの彼らが、私の席の前後を陣取っている。しかも、本鐘が鳴っても教師の姿は見当たらず、生徒達は席の近い者同士でお喋りをしている。

 とてもこれから授業が始まるとは思えない光景に疑問を持ち、黒板に目を向けるとそこにはでかでかと大きな字で『自習』と書かれていた。
 
 「漸く戻ってきたね。保健室に迎えに行ってもいなかったから心配していたんだよ」

 「今までどこを彷徨いていたんだ。早く座れ」

 私の姿を認めたアルバート達に手招きされ、私は自身の席に腰を下ろした。すると早速、前後から挟まれた私に二人は距離を縮めてくる。

 「それで、今までどこにいたんだ?」

 「ずっと見当たらなかったけど、昼食を摂る時間はあったかい?」

 「お心遣いありがとうございます。昼食はちゃんと摂れましたよ」

 心配そうに尋ねてくるヴィヴィアンにお礼を言う。アルバートは機嫌が悪いのか、眉間に皺を寄せて頬杖をついている。

 「何かあったんですか?」

 「別に何もない」
 
 アルバートのぶっきらぼうな返答にヴィヴィアンと私は苦笑する。アルバートがこんな風に不貞腐れている時は、そっとしておくのが一番いい事を私はこれまでの経験から学んだ。
 
 しかし学園に入学してからというもの、アルバートが目に見えて不機嫌オーラを放つのは珍しい。普段、王太子の名に相応しくあろうと平静を保っているからこそ余計に。
 一体、何が彼の機嫌をここまで損ねてしまったというのか。

 「ヴィー様、アル様はどうなさったんです?」 

 小声で前の席にいるヴィヴィアンに尋ねてみる。
 
 「生徒会から勧誘されて応じたらしいよ」

 「なら、どうして機嫌が悪いんですか…」

 「リディア・クレインも生徒会に入るからじゃないかい?」

 眉尻を下げたヴィヴィアンは、『嫌なら断らばいいのにね』と呆れている。
 生徒会からの勧誘を受けたのは私だけではなかったらしい。しかも、ヴィヴィアンの説明ではリディアが生徒会に入ることは決定事項のようだ。
 この展開もゲームの内容通りだとすれば、既に生徒会に入る旨を伝えたアルバートの他にヴィヴィアンにも声がかかっているはず。

 「ヴィー様も勧誘を?」
 
 「察しがいいね。ローズを保健室に連れていった帰りにルミエール先生から誘いを受けたよ。ローズはどうだった?」

 「私もです。返事はまだしてなーーー」
 
 「ごちゃごちゃ言わず、ヴィーもローズも生徒会に入れ」

 これまた珍しく命令口調のアルバートにビクリとする。恐る恐る後ろを振り返ると、真剣な眼差しのアルバートが私達を見つめていた。

 「いくら主人の命令でも聞けないな。生徒会への入部は任意のはずだよ」

 「俺一人では、リディアあの女は手に余るから言ってるんだっ……!」

 低く呻いたアルバートは、苦痛に顔を歪めた。
 普段あれだけリディアに追いかけ回されているアルバートの気持ちも分からなくもない。だが、ヴィヴィアンの言った通り生徒会への入部は任意によるものだし、アルバートに同情はするが自分の命の方が大切だ。

 「頑張って下さい。愚痴くらいなら聞きますから」

 「ローズ、お前には友の助けになろうとする優しさはないのか」

 「これが私の優しさです」

 「求めているのはそれじゃない!」

 悲嘆したアルバートは机に突っ伏してしまった。苦手な相手はいてもアルバートが誰かを嫌うことはほとんどないのだが、まさかリディアヒロインがその対象になるとは……。

 これでは好感度0ゼロどころか、むしろマイナスではないか。他の攻略対象者に比べてアルバートを集中的に追いかけ回していたのだから、リディアが目指しているのはアルバートルートでベストエンドを迎えることだろう。
 今のままでは、バッドエンドまっしぐらなのは確定だが。

 「生徒会での役職も既に決まっているのかい?」

 完全に消沈してしまったアルバートにどうしたものかと思案していると、面白そうに私達のやり取りを見学していたヴィヴィアンがアルバートに問いかける。

 「あぁ、一年生の内は生徒会長補佐だ。来年までに仕事を覚えさせられて進級と同時に生徒会長に就任することが決まってる」

 「もうそこまで話が進んでるんですか?」

 目を丸くする私とは対照的にヴィヴィアンは予測してたのか、『だろうね』と相槌をうった。

 「なら、俺は副会長補佐にでもさせられるんだろうなぁ」

 「順当に事が進めばな」

 「………………断ろうかな」

 あからさまに目を逸らしたヴィヴィアンの呟きをアルバートが聞き逃すはずがなかった。

 「そう言えば、入学してからというもの大公とは久しく会ってなかったな。今度、城に帰省した時にでも今の発言を言いつけておくことにしよう」
 
 「副会長補佐として会長補佐のアルを支えられるように努力するよ。また、一緒に頑張ろうか」
 
 アルバートの脅迫めいた発言に、呆気なく屈したヴィヴィアンが笑って誤魔化す。

 「それで、ローズは結局断るのかい?」

 「まだ、悩んでいます…。私も彼女のことは少々苦手でして」
 
 正直な気持ちを伝えれば、アルバートとヴィヴィアンは同意だと眉を下げて微笑んだ。
 アルバートのリディアへの反応は顕著だが、彼と共に行動しているヴィヴィアンもリディアの事は好ましく思っていないらしい。私も彼女とは先日、一悶着あったこともあって得意ではない。

 主人公ヒロインのサポートキャラでもあるカレンと婚約したこともあり、これからは特にリディアと接触する際は気をつけなければならなくなった。

 「ところで、明後日から休暇に入りますけどお二人はどうなさるんですか?」
 
 「俺は休暇後に提出する課題を片付けてから帰省する。お前はどうせ俺たちを置いてさっさと帰るんだろ?」

 「語弊のある言い方はやめて下さい」

 『もっと別の言い方あるでしょうに…』と口を尖らせるとヴィヴィアンに宥められた。

 「帰省したらニコラスによろしく伝えてほしい。次に君たちと会うのは、きっと舞踏会だろうから」
 
 この学園では、一年間に長期休暇は二度ある。これは、子息令嬢達が夏と冬の社交界シーズンに開催される催し会に出席できるようにという学園側の計らいだ。中には爵位を継がない者もいるので、必ずしも全員が帰省するという訳でもないが。
 ちなみに、ヴィヴィアンが言った舞踏会というのは夏のシーズン開始を告げる王家主催のもので、私とニコラスは毎年招待されている。というか、アルバートから招待状と一緒に『必ず来いよ』という手紙が添えられているので、もはや強制参加に近い。

 「招待状は既にルビリアン家に送っているから確認しておいてほしい。今年も家族皆で来るんだろう?」
 
 「いえ、それがーーー」
 
 そう言えば二人にはカレンと婚約したことをまだ話していなかったと思い、慌てて口を開いた、その時。

 「アルバート様! ヴィヴィアン様!」

 いくら自習とはいえ、仮にも授業時間中である筈なのにも関わらず、パールピンクの髪を揺らしながら親しげに声をかけてきたリディアに私は表情を固くした。アルバートとヴィヴィアンもいつもよりぎこちない笑みを顔に貼り付けている。
 思うことは皆、同じらしい。

 しかし、私の表情が固まったのはリディアだけが原因ではない。彼女に腕を引かれて連れてこられたカレンも一緒だったからだ。
 彼女達の突然の登場に教室内にいた生徒達は驚き、ヒソヒソと会話を続けながらも注目して見ている。その中には、普段からリディアの言動をよく思わない者達からの悪意ある視線も混ざっていた。

 「こんにちはっ! ずっと勉強してて疲れちゃったので来ちゃいました。何を話されてたんですか?」
 
 「こらリディア、殿下に向かって失礼じゃないか」

 申し訳なさそうにアルバートに頭を下げるカレンは、この面子に戸惑っているようだった。私はもう慣れたが、王族とその傍系を前にして緊張してしまうのも無理はない。こんな状況ならば、尚更。
 むしろ、こんな状況でも平然としていられるリディアが異常なのだ。

 「酷いわ、怒るなんて…」

 「怒ったわけじゃないんだが…」

 薄桃色の瞳に涙を溜めてしおらしく振る舞うリディアに、カレンは扱いが分からないように眉を下げた。カレンの言ったことは何一つ間違っていないのに、不思議と彼女が悪者のように思わされてしまいそうになる。
 
 「今は授業時間のはずだが?」

 リディアを怖がらせないように気を遣いながらも注意をするカレンとそれを右から左に流しているリディアに王太子の仮面を被ったアルバートが声をかけた。

 「申し訳御座いません、殿下。直ぐに連れてかえーー」

 「でも、アルバート様たちだってお話してたじゃないですか。アタシも仲間に入れてくださいっ」

 言いながら、リディアはアルバートの向かい席をさり気なく陣取った。カレンが帰るよう促すも一向に動こうとしない。
 ヴィヴィアンは諦めたのか、どこか遠い目をして成り行きを見守っている。

 すっかり見慣れてしまったアルバートとリディアの対話を横目に、私はカレンのアクアマリンの瞳と視線を合わせる。カレンも気づいたらしく、複雑そうに眉根をよせている。

 「災難だったね、カレン」

 「…すまない。どうしてもと聞かなくて」

 「貴女のせいじゃない。どうか自分を責めないで」

 先程まで繋いでいたカレンの華奢な手をそっと包み込む。大丈夫、と微笑めばいくらか緊張が解れてくれたみたいだ。

 「ローズ、知り合いかい?」

 私達のやり取りを静観していたヴィヴィアンが首を傾げる。カレンと婚約したことを告げるいい機会かもしれないと、頷こうとした。

 「そうなんですよっ!ロザリー君とカレンは婚約者同士なんです!」

 「な、」

 「えっ…」   「は…?」

 私は思わずこめかみを抑えた。
 普通、婚約の報告は当人達が一番初めにするものなのではないだろうか。
 パチパチパチ、と手を叩いて笑っているリディアは分かっていないのだろう。彼女の発言によって、教室内が静寂に包まれたことを。






 新年号になりましたね! これからもよろしくお願いします。


 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。


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コメント

  • いちご大福

    更新ありがとうございます!

    2
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