悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

39. 義弟は待ちわびた



 (※ニコラス視点)

 普段ならまだ惰眠を貪っているはずの時間だが、ルビリアン家の門の前には既に一台の馬車が到着していた。

 出迎えの為に屋敷から出てきたニコラスは、御者に扉を開けられて中から出てきた義兄の姿をその瞳に映すと、嬉しさの余り破顔した。
 そんなニコラスを視界に捉えたロザリーもまた、両手を広げてまっすぐに可愛い義弟の元へと歩を進める。
 
 「ただいま、ニコ」

 「おかえりなさい、兄上。お帰りをお待ちしておりました。ーーーーーずっと」

 ロザリーの一つも混じり気のない純銀の御髪が、昇ってきたばかりの太陽の光を反射して輝きを放っている。
 ニコラスは眩しそうに目を細めて見つめた。

 僕の名前を呼ぶ声もその笑顔も、半年前と寸分たがわぬ姿に心の底からホッとした。   
 それと同時に久しぶりに会った兄上は僕よりも華奢な身体をしていた事に今更になって気付く。

 「あれ、また背が伸びたかい?」

 「そのようです。兄上を追い越してしまいましたね」

 「うん。それに声変わりもしたみたい」

 「気がついたらこうなってました」

 その後も僕の小さな成長を見つける度、兄上は喜んでくれた。この半年間、手紙でのやり取りしか出来なかった分、ここ数日の予定を全てキャンセルして兄上と一緒にいることを選んだ。

 はじめは、兄上の学園生活についての話。やはり殿下に振り回されているらしいことや生徒会への勧誘をされて返事に困ったことを話してくれた。次に、兄上が不在だった間の屋敷での出来事の話。ほとんどは手紙に書いていたからいくつかの出来事を掻い摘んで話した。
 話題は尽きることなく、兄上が持ってきてくれたお土産の茶菓子セットを二人で摘みながら何時間も会話に花を咲かせた。

 久々だったこともあって一緒に暮らしていた時のように素直に甘えたいと言い出せなかった僕の心情を察してか、兄上は自らすすんで僕の頭を撫でてくれたりワガママを聞いてくれたりと甘やかしてくれた。

 こんなに和やかで満たされたのはいつぶりだろう、と思っていると『そう言えば』と口を開いた兄上の目の色が一瞬にして変わった。

 「最近、父上は何時頃帰ってくるか分かるかい?」

 「日によってばらつきはありますが、今の時期だと夕食前には帰ってきていますよ。……何かあったんですか?」

 「大したことじゃないんだけれど。帰省する直前に父上宛に手紙を送ったのに返事が返ってこなくてね。ニコは父上から何か聞いてない?」

 フルフルと首を振ると、兄上は黒い空気を纏った笑顔で『そう』と相槌を打った。
 兄上のこんな一面を初めて見たので驚きのあまり後ずさる。すると、マーサがおもむろに咳払いをして兄上を窘めた。
 
 「ニコラス坊っちゃまが怯えられておりますよ。どうなさったのです?」

 マーサに咎められた兄上は、ハッとして僕に謝罪してくれた。そして、少し躊躇した兄上は声を潜めて予想外の事を口にした。

 「実は、婚約者が出来たんだ」 

 「誰にです?」

 「私に」

 「「は……」」

 兄上の爆弾発言に僕とマーサの他に室内にいた使用人一同が皆、ポカンと口を開けて絶句した。 

 「初耳ですが…」

 「私も先日初めて聞いた」

 いち早く我に返ったマーサの困惑した声に兄上は肩を竦めて苦笑する。

 兄上が婚約? そんなこと父上は一言も言ってなかった。いや、兄上でさえ先日聞いたと言うくらいだから僕に言わないのも当然。だけど、兄上の意思は尊重されたのか? 父上が勝手に決めたのではないか? いやでも、貴族にとって政略結婚は当たり前。分かってはいるけど、兄上が幸せになれない結婚なんて僕は認めるつもりはないし。第一、父上とは先日あの話・・・をした後だと言うのに何を考えているんだ。兄上は神でさえ羨む程に優しい心を持っているからきっと無理をしているんじゃ…いくら父上の決めたこととはいえ、兄上が我慢する必要なんて…………
 

 色々な考えが頭を埋め尽くし、固まったまま放心している僕を置き去りに会話は進む。

 「それは……その、おめでとうございます。それでロザリー坊っちゃま、お相手の方は?」

 「騎士の名門と名高いディルフィーネ伯爵家のカレン嬢だよ」
 
 『今度、皆にも紹介するね』と続ける兄上の表情は慈愛に満ちている。

 マーサに続いて使用人達も次々と兄上に祝福の言葉をかけていく。そんな中でただ一人、僕だけは意志に反して身動きが取れないでいた。

 兄上の婚約が決まったことも、婚約者が兄上の言う通り素敵な方だということも喜ばしい。なのに、心の奥底でモヤモヤしたドス黒いものが醜く渦巻いている。さっきまで満たされていた心にポッカリと穴が空いてしまったようだ。

 これはおかしい。兄上の幸せは僕の幸せに直結する。だから、喜ばないと。早く笑って兄上におめでとうを言わないと。
 ーー早く、早く。そう脳は指示するのに、心は兄上をとられたくないと叫んで言うことを聞かない。
 
 嗚呼、一体いつからこんなに強欲になってしまったのか。
 分かっていただろう、いつかこんな日が来ることは。

 「ニコ、どうしたんだい?」

 僕がいつまでも黙っていたせいか、気遣わし気な表情で顔を覗き込んでくる。
 僕を見つめる宝石の瞳はどこまでも優しくて、それが余計に僕の心臓を締め付けているとは知らない。

 「いえ、なんでもありません。ーー兄上、ご婚約おめでとうございます」

 「ありがとう。優しい子だから、きっとニコも仲良くなれると思うよ」

 「それは楽しみです」

 僕は今、ちゃんと笑えているだろうか。
 感情を込めて言葉を紡げているだろうか。

 ふわりと嬉しそうに微笑んだ兄上を見て、また心が傷んだ。






 書く度に思いますけど、ニコラスの愛が重すぎて……コワイ。
 彼のルートはきっとヤンデレです。


 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。


コメント

  • いちご大福

    ニコラスゥゥゥ(>_<)
    更新ありがとうございますm(_ _)m
    頑張ってください❗

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