悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

29. 勧誘


 (※以下、アルバート視点)


 ザワザワと雑音が耳に入ってきて煩わしい。
 本来なら授業時間のはずの今、教室内にはあちらこちらで談笑を楽しむ生徒達の姿があった。

 先程、いつも通り教師が教室に入ってきて本日の予定を確認した際、選択科目を受講している一部の生徒以外は自習だと連絡があった。
 まぁ最も、教師の言う自習・・を真面目にしている生徒など片手で数える程度なのだが。

 斯く言う俺も本を開いて読書をするフリはしているが、内心ではヴィヴィアンとロザリーが教室にいないことが気になって読書に集中出来ていない。

 いつも部屋まで迎えに来るはずのヴィヴィアンが今朝は来ず、代わりに扉の隙間に『先に行く』と書き置きしたメモが挟まれていた。そのため、俺は珍しく…というか初めて一人で登校することになった。
 お陰で登校途中にリディア・クレインに絡まれてしまった訳だが。

 あの日、不覚にもロザリーに対する自分の気持ちをヴィヴィアンに知られてしまった。自分の立場はよく理解しているつもりだし、その時が来たらちゃんと妻を娶ろうとも考えている。
 俺自身、ロザリーへのこの想いを自覚したのはつい最近だし、自分の中でまだ整理しきれていない。

 (まさかこの俺が男を好きになる日が来るとはな…)

 偏見があるわけじゃないが、自分がそうだとは夢にも思っていなかった分、自覚した時の衝撃も凄かった。しかも、それをよりによってヴィヴィアンに知られるなんて…。

 あの時のことを思い出し、机に肘をついて片手で目元を覆った。
 あの時は本当に肝が冷えた。だと言うのに、ヴィヴィアンときたら驚いた顔をしていたもののその後何か追求してくる訳でもなく、むしろ恐ろしい程に普通だ。

 自分の主人が男を好きだと分かれば、普通は反対するなりロザリーと関わせないよう動くはずだろう。
 どうしてあんなに平静を保っていられるんだ?むしろ俺が間違っているのか?

 ロザリーにしたってそうだ。
 今朝、校内で会った時、アイツは俺の顔を見るなり、顔を引き攣らせて一目散に逃げていった。
 何故、俺がアイツに逃げられなきゃならない。いや、これまで散々ロザリーから逃げ回っていた俺が文句を言える立場じゃないが。

 だいたい、どうして二人とも教室にいないんだ!
 ロザリーもヴィヴィアンも真面目な性格だからこれまで授業をサボるなんてことなかったのに、一体どうしたと言うんだ。

腹の中に溜まったイライラを発散させたくて深い溜息を吐く。

 必須科目の講義と試験が終わり、選択科目の多くも終了している為か、生徒達はこれから迎える夏の長期休暇の予定についてそれぞれ会話に花を咲かせている。

 (呑気なものだな…)

 彼らを横目で睨みながらそんな事を毒づいていると、二人組の女子生徒の内の一人が話しかけてきた。
 
 「ぁ、あの…殿下、殿下は先の長期休暇では帰省なさるのですか? もしよろしければ、母が主催する我が家のお茶会にいらっしゃいませんか?」

 遠慮がちに話すクラスメイトの女子生徒ーー話したことは一度もないーーがおずおずと招待状を差し出してきた。
 招待状に目線を下げると、クルチェ伯爵家の印鑑が押されているのが目にとまる。

 一応、王太子という立場上貴族の名前や派閥などは一通り頭に入っている為、クルチェ伯爵のことも知っている。だが、それとは別にどこかで聞いた名前だと思い、記憶の糸を辿る。

 (あぁ、そう言えばローズが選定した俺の婚約者候補の一人だったか)

 思い出せたはいいが、一度も話したことがない相手に(しかも王太子である自分に)招待状を自ら渡しに来るとは…大胆というか、肝が据わっているというか。

 呆れを含んだ目で目の前にいる彼女ーールルーベル・クルチェ伯爵令嬢ーーに目線を戻した、その時。

 「突然で悪いが失礼する。アルバート殿下はいらっしゃるか?」

 教室の扉が開き、生徒会役員のプレートを首から下げたクラン・ツィアーニが室内に入ってきた。
 突然、上級生で且つ生徒会役員でもあるクランの登場に生徒達は瞬時に口を噤む。

 「ここにいるが。何か用か」

 「急に押し掛けて申し訳ございません、殿下。別室で少々話をしたいのですが」
 
 「教室ここでは言えないことか?」

 「……俺は殿下のように注目を浴びた中での会話には慣れておりませんので」

 どこか嫌味ったらしい口調で言ったクランは、俺が返事をする前にさっき入ってきた扉に手をかけて待機している。彼が有無を言わせない態度とこのタイミングで申し出たということは、おそらく重要な話なのだろう。

 ヴィヴィアンとロザリーの席を盗み見て、彼らがこの場にいないことにまた溜息を吐いた。

 (一人で勝手に行動するな、と言われていたのにな。ヴィーからまた小言を言われそうだ)

 気乗りはしなかったが、仕方がないので重い腰を上げてクランに着いて行った。


 ……


 別棟にある生徒会室にて。

 「それで、話というのは?」

 「そう急かさないで下さいよ」

 「回りくどいのは好きじゃないんでな。……無理して敬語を使わなくてもいいぞ、クラン」

 「なら、遠慮なく。今日ここに来てもらったのは他でもない、長期休暇明けにある生徒会役員任命式についてだ」

 生徒会役員任命式。その名の通り、一年生の後期から四年生の前期まで活動する生徒会役員を選任する式典の事だ。
 俺は立場的に選ばれるだろうとは思っていたし、他生徒からの反感を買わないためにも俺を推薦するのは学校側として妥当な判断だ。

 「殿下には、生徒会長補佐をしてもらいたい」

 「そして、ゆくゆくは生徒会長に…って流れだろう?」

 「ご名答」
 
 引き出しから一枚の用紙を取り出したクランは、人懐こい顔をにっと浮かべる。
 俺はわざとらしく肩を竦めた。

 「考えずとも分かることだ。他に声をかけている生徒はいるのか?」

 「今のところは殿下だけだ。ヴィヴィアン様にも声をかける予定ではある。おそらく、来年には殿下が生徒会長、ヴィヴィアン様が副会長に就任って感じだろうな」

 「ローズには声をかけないのか?」

 単純に疑問に思ったことを聞いただけなのに、何故かクランはニヤリと口端を釣り上げた。

 「気になるか?」

 「変な誤解はするな。アイツも公爵家の人間だから俺たち同様に生徒会役員に任命されてもおかしくないと思っただけだ」
 
 「ちょっとからかっただけだろ? ムキになんなって。第一、それは学校側が決めることで生徒会は口出し出来ないんだよ」

 両の掌を俺に向けてまぁまぁと宥めながら、クランは眉を八の字にする。
 それを見た俺は唇を尖らせて座り直した。

 「…それで? 他には誰を勧誘するつもりだ」

 「リディアだ」
 
 「………すまない。もう一度言ってくれ」

 「一年麗クラスのリディア・クレイン男爵令嬢だ」

 ご丁寧に一言ひと言ハッキリと告げてくれたクランの笑顔とは対照的に、俺は頭を抱えて項垂れるのだった。






 一部、修正しました。

 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。


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コメント

  • ノベルバユーザー248828

    クランあんなん誘って誰特❓⁉️

    3
  • 星空 零

    クラン本当にどうした!?

    2
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