悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

28. 雲行きは怪しく



 じわりと汗ばんだ肌に夜着のシャツが張り付いて気持ち悪い。
 瞼をゆっくり上げると、もうすっかり見慣れた天井が視界に入った。

 (あぁ、なんだ…夢か)

 上体を起こして窓の方を見ると、まだ外は霧がかかっていて薄暗い。寝起きなこともあって寒いと気づくのは頭より身体が先だった。
 
 「へっくしっ……うぅ、寒っ!」

 ぶるりと肩が反射的に震え、両腕で身体を抱きしめる。体温が一気に下がり、堪らずベッドから出て着替える。

 それにしても、どうして汗なんてかいていたんだろう? 何か嫌な夢をみていたような気はするけど、内容までは覚えていない。
 部屋に備え付けられた時計を確認すると、もう一眠り出来るくらいの時間はあったが、また嫌な夢をみてしまいそうで眠る気にはなれなかった。

 さて、どうしようかな…。
 一人部屋にしては無駄にだだっ広い寮室の廊下を洗面室へ向かってとてとて歩きながら欠伸を零す。

 春には冷たいと感じていた水も今では気持ちいいと感じられる季節になった。バシャバシャと顔を洗うと、スっと頭が覚醒していく。

 (散歩でもしようかな)

 寝室に戻って支給されていた夏服に袖を通す。夏服はジャケットはなく、シャツとベストのみでクロスタイもない割とシンプルなデザインだ。

 そのまま登校出来るように荷物と寒いかもしれないからカーディガンを持って自室を出た。

 「あれ、ローズじゃん。こんな早くからどうした?」

 「おはよう。クランこそ、早起きだね」

 階段を降りて一階のエントランスホールを通ると、新聞片手に紅茶を飲んで寛いでいるクランと会った。
 ちなみに、おじさんっぽいと思ったのは彼には内緒である。

 「俺は昔からの慣れみたいなもんだよ。親父の手伝いがてら、朝一の市場に行くことも多かったからな」
 
 なるほど、確かにクランは外交長官の跡取りらしく現在も学園に通いつつ、家業も手伝っていると聞いていた。きっと今日だって何かしら仕事をしてきた後なのだろう。
 若いのに立派だ。

 「ローズこそ、普段はもっと遅いだろ。今日なんかあったっけ?」

 「いや、少し早く目が覚めてしまったから散歩にでも行こうかと思っただけだよ」

 慌てて脳内のスケジュールを確認しだしたクランに違うと止める。それに、生徒会役員でもある彼は私より学園行事を把握していることだろう。

 「邪魔してすまない、もう行くよ」

 軽く手を挙げて玄関へと足先を向けると、後ろから呼び止められた。
 振り返ると、そこには何故か複雑そうな表情をしたクランの姿。

 「この前は、ゴメンな」

 唐突な謝罪になんの事かと首を捻る。すると、クランは綺麗にセットした赤い髪をクシャクシャと掻いて苦笑した。

 「この前あったリディア・クレインとの一件、俺がもっと上手く立ち回れれば良かったのにな…悪かった」

 なんだ、そんな事か。
 頭を下げてきたクランに私も苦笑した。

 「クランが気にすることじゃないよ。むしろ、迷惑をかけたのはこちらなんだし。ありがとう」

 「次はちゃんと助けるから! 遠慮なく言ってこいよ」
 
 「期待はしないでおくよ」

 「なんでだよ!」
 
 二人で一頻り笑い合った後、クランは真面目な顔で手招きしてきた。なんだろうとクランに近づいて耳を傾ける。

 「お前、殿下とデきてるのか?」

 「……は?」

 思わず素の声が出るが、今はそれどころではない。冗談かとクランを見つめるが、彼は真剣な表情で見つめ返してくる。

 「まだ噂にはなっていないが、一部の生徒達の間でそんな話がでてるんだよ」
 
 「馬鹿馬鹿しい。そんなものある訳ないだろう。一体、何を根拠に…」

 「いやぁ……、それが、さ」

 呆れてため息を吐いてしまう。
 クランは歯切れ悪く言葉を濁しながら、キョロキョロと周りに誰もいないことを確認して先ほどより声を抑えて私の耳元で話してくれた。
 そして、その内容に私は声も出せないくらい驚いてしまったのだった。
 

 ……


 授業開始前の予鈴が鳴り響く校内。
 誰もいない隅にある古びた空き校舎の一角で、二人の男が話をしている。

「いつまで待たせるつもりだ?」

 「……こちらには、こちらの考えがある」

 「ほぅ? それは是非お聞かせ願いたいところだが、生憎と私には時間がないんだ」

 「急いて事を仕損じるような真似はすべきではない。……役割はきちんと果たすさ」

 「そうだろうな。でなければ、お前をあの方の傍に置いた意味がない」

 唇をきつく結んで押し黙った男の手にもう一人の男が暗殺用のナイフを握らせた。

 「お前は賢い。これ以上、私を失望させるな」

 「しかし…」

 「役割を果たせ」

 渋る男の肩を叩いて話は終いだ、と部屋を出ていった。残された男は、手に握らされたナイフを数秒間見つめた後、覚悟を決めたように懐にしまった。


 ……

 ……嗚呼、最ッ悪だ。
 わらわらと生徒達が集い、段々と賑やかになる教室で私は一人、頭を抱えていた。

 『殿下ももう14歳だろう? 18歳までに婚約者を決めなきゃならねぇってのに、令嬢達のアピールにも無関心、お前ら兄弟が手伝ってるっつぅ婚約者探しもやる気ないときた。こりゃ、いよいよ女に興味が無いと思われても仕方ねぇだろ』

 『いや、まぁ……確かにご令嬢達に目を向けることは少ないけど。だからって、何故私に気があるなんて話になるんだ』

 『お前、本当に気づいてなかったのかよ…。時々、殿下のお前を見る目が熱っぽいし、あんな優しそうな表情をするのはお前が傍にいる時くらいなんだぜ?』

 今朝、クランから聞かされた話を思い出して私はとてつもなく動揺していた。そのせいで、アルバートが挨拶してくれた時も思わず逃げ出してしまった。
 いや、むしろあんな話をされた後で平静を装っていられる人なんていないのではないか。

 自分の行動に言い訳をしながら机に突っ伏していれば、頭上から聞き慣れた声が降ってきた。

 「おはようローズ。顔色が良くないけれど大丈夫かい?」

 顔を上げると、心配そうな表情でこちらを覗いてくるヴィヴィアンと目が合った。

 「おはようございます。少し寝不足なだけなので平気ですよ」

 「本当に?」

 「信じてくれないのですか?」
 
 「目下には隈、顔は普段より白い、いつもはきちんとセットされてる髪や服は乱れている。おまけに、今朝アルと会った時に逃げ出し、今はこうして机に突っ伏して元気が無さげーーーーまだ続けるかい?」
  
 まるで見てきたかのような笑顔で言われ、慌てて首をブンブンと横に振る。
 ヴィヴィアンは私の返事に満足そうに頷いて立ち上がると私の手を取って教室の外へと連れ出した。
 
 「えっ、あの、ヴィー様?」

 「確かローズはクルティクル語は選択していなかったね?」

 「してませんけど…」

 クルティクル語とは、この世界に存在するとある国で古代に使われていた言語のこと。前世でいうところの古代エジプト語に近い。

 急に選択科目の話をされて戸惑う私を余所に、ヴィヴィアンは手を掴んだまま長い脚を動かしてズンズン進んで行こうとする。

 「どこに行くんですか? 本鈴が鳴ってしまいますよ」

 「今日は出席を取ったら選択科目を受講している生徒以外、自習していていいそうだよ」

 答えになっていない返事を返され、そうじゃなくてと言い募るも一向に手を離してくれない。
 これはもう何を聞いても無駄だと判断した私は、大人しくヴィヴィアンに手を引かれて行った。






 一部、修正しました。

 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。


コメント

  • 白猫

    男装もの良いですよねー      次の話待っています

    4
  • いちご大福

    どうなるんだぁぁぁぁ!!!

    2
  • ノベルバユーザー248828

    ロザリ―ちゃん男でも女でもアル様は死亡フラグですか?……ヴィ―様ちょっち怖いっス(´д`|||)

    2
  • 星空 零

    これは.....怪しいですな〜

    2
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