悪役令嬢は麗しの貴公子

カンナ

*番外編 未熟王子は補佐と出会う


 物心つく頃には、アルバートは既に王位を継ぐ者、万民の上に立つ者として周りの大人達にもてはやされていた。

 それが、彼にとっての『普通』だった。
 
 大人達は言った。未来の国王に必要な資質を美辞麗句を用いて並べたて、アルバートにはそれらが備えられていると。

 だから彼もそれを疑わなかった。王族として、王太子として賢く高潔であることを信条とし、またそうあり続けるための努力を自分に課してきた。

 ある時は一日中書庫で書物を読み漁り、ある時は手にマメができるまで剣の稽古をし、そしてある時は講師が止めるまでマナー習得に励んだ。

 いづれこの国の頂点に立つ者として、誰かに劣ることは周りが、そしてアルバート自身が許さなかった。

 だから、だろうか。
 彼が、自分の性格がこんなにも歪んでいたことに気づけなかったのは。

 (※以下、アルバート視点)

 6歳の時、父上に連れられて初めて自分と同い歳の子どもに会った。
 ヴィヴィアン・コーラット。父上の弟叔父の息子で俺の従弟でもある。

 聞くところによると、彼はとても優秀らしい。もとが良いのか、物覚えが早くなんでもそつなくこなしてしまうと言う。

 『将来、お前の補佐になる者だ。仲良くなさい』
 優しく頭を撫でた父上に愛嬌のある笑顔で頷き返しながら思った。

 絶ッ対にお断りだ、と。

 今思えば、初めて彼と会った時から本能が感ずいていたのだと思う。誰にでも愛されるような微笑みを携えた目の前の少年の心には、ドス黒いもので詰まっているのだと。

……

 「この程度の事も満足にこなせない方が王太子なんて世も末ですね。貴方の補佐に選ばれたことを残念に思います」

 だからこそ、彼がその本性を露わにした時はさほど驚かなかった。

 勿論、今よりも遥かに心が未熟だった当時の自分は彼の無礼に激怒した。例え、彼の言っている全てが正論であったとしても。

 頭では解っていたのに認められなかった。認めたくなかった。
 悔しかった。今まで自分が一番努力していて自分が一番優秀だともてはやされていたからこそ、余計に。

 気に食わなかった。自分はたくさん努力してやっと身につけた知識や技術なのに、彼は涼しい顔で自分の前を常に行く。

 俺の中でボロボロと何かが崩れていく音がした。崩れて歪んでいびつになったソレは、もう抑えることが出来なかった。

 「皆が口々にお前を『優秀』だと言うものだからどれ程かと思えば、所詮その程度。いくら俺より秀でる才があったとて、自分より上の者への礼儀もなっていなければ猫を被ることさえ出来ない。庶民の方がまだマシな立ち回りができるだろうさ」
 
 その後も、自重を知らない口は醜い汚い刃を吐き続けた。けれど、後悔はなかった。むしろ清々した気分だった。

 自分と同じように傷つけばいいと。
 そう、思っていたのに。

 「そうですか」
 
 彼はいつもの気に食わない微笑みを絶やさなかった。

 戸惑った。驚いたし、更に怒りも覚えた。
ーーーなんで。どうして。
 それだけが頭の中でグルグルと回った。俺が暴言を吐いた時に一瞬だけみせた、悲しそうな、寂しそうな彼の顔だけが脳裏にこびりついていた。

 気に食わなかった。嫌いだった。なのに、どうして。どうしてこんなに胸が締め付けられるくらい痛いのだろう。
 この胸の痛みを、何と言うのだろう。




 「あんなに暴言を吐かれたのに、どうしてお前は笑っていられる?」

 「何故だと思います?」

 「勿体ぶるな」
 
 「……嫌われている相手にどう思われようが、どうでもいいからですよ」

 まただ。どこか遠くを見つめて影を帯びた彼の横顔に、胸の痛みが増すのを感じる。

 「好かれたいとは思わないのか?」
 
 「思いません。だって、相手は私の嫌いな部分しか見ようとしない。なら、どれだけ好かれようと努力しても見てくれないなら意味が無いでしょう?」

 そう言って、俺を映したその瞳は悲しそうに揺れていた。それを見たら、もう我慢できなかった。

 「ならどうして! どうしてお前はそんな顔をしているんだ! どうして諦めているくせに、わざわざ傷つけられているんだ!馬鹿なんじゃないか?!」

 「ばっ……?!」
 
  「本当にどうでもいいなら傷ついてやらなきゃいいだろ! 言い返せばいいだろ!わざわざ表面をとりまとって心で傷ついて。そんなのはただの馬鹿だろうが!」
 
 気づけば大声で叫んでいた。俺の怒鳴り声にヴィヴィアンは目を丸くする。

 「俺はこの国の王子だ! この国の為にいる者だ! そしてお前は、俺の補佐である前に俺がいづれ守るべき一人の国民だ! 勝手に諦めて傷つく前にお前の声で伝えろよ!」

 「…伝えて、どうなると言うんです。届かなければ意味なんてないだろう!」
 
 「なら、届くまで伝えればいいだろ! 例え不本意だろうと、俺にどれだけ失望していようと俺の補佐を名乗るのならば、己が主に好かれないことよりも自分が本当に言いたいことの一つも伝えられないことを悔やめ!」

 全て吐き出した後、肩でゼェゼェとみっともなく呼吸しながら息を整える。
 ヴィヴィアンは目を見開いて黙し、何も言ってはこなかった。

 散々自分を罵った奴が今更何を言うのか、と呆れているだろう。でもせめて、どうしてもこれだけは言わせてほしい。そう思った俺はヴィヴィアンに向かって跪き、ゆっくりと頭を下げる。

 「お前の事を何も知らず、見ようとせずに俺が勝手に抱いた嫉妬と自己満足の為に本来守るべき国民おまえを傷つけてしまったこと、心より謝罪する。……すまなかった」

 ヴィヴィアンが「殿下、王太子がそれはっ…」と止めに入る。王族が頭を下げることにはそれだけの重みがあるからだ。
 それでも、ここで引くわけにはいかない。

 暫く頭を下げ続けていれば、頭上から深いため息が降ってきた。顔を上げれば、気まずそうな表情で後頭部を掻いているヴィヴィアンがいた。

 「分かった。分かりましたから、さっさとそのみっともない格好どうにかして下さい。ひどすぎて目も当てられない」

 眉間に皺を寄せて差し出してきた手をとって立ち上がる。

 「全くとんだ迷惑だ。貴方ばかり言いたいことを言ってしまって、俺の話を聞きやしない」

 「なら、言えばいいだろ。言ってくれなきゃ分からない」

 苦笑すれば、ヴィヴィアンがキッと鋭く睨みつけてきた。

 「言ったね? 言質は取ったから。存分に言わせてもらうよ。まず、王族が軽々しく頭を下げるべきじゃない。大声で感情的に叫ぶのなんて言語道断だから。そもそも、貴方は王子としてのーーー」

 説教じみたダメだしの数々に早くも自分の言ったことに後悔したが、心に居座っていた黒いモヤモヤは無くなっていた。
 
 目の前で説教をし続けるヴィヴィアンも深いシワは刻んでいるものの、どこかスッキリして見える。

 だからなのか分からないが、こんな状況だと言うのに笑いが込み上げてきた。

 「聞いているの?…って、ちょっと。なに笑ってるの」

 「あぁ、…ふふっ。悪い悪い」

 「悪いと思っている人の態度に見えないけど」

 我慢できずに笑ってしまった俺をヴィヴィアンはジト目で見てくる。口を手で抑えてなんとか持ち直す。

 「それより、素が出てるぞ」

 「ぁ…。申し訳ございません、殿下」

 「いやいい。公的な場でなければ素のままで構わない。あと、呼び方もアルでいい」

 「……分かったよ、アル。俺の事も、ヴィーでいい」

 なんだか照れ臭くて、お互いに視線を逸らしてしまう。今更だと言うのに、可笑しなことだ。

 「それは置いておいて。アルはもう少し自分の立場というものを考えてーーー」

 咳払いをして、ヴィーが先程の続きを言い始める。こちらに視線を向けていないが、頬が少し色づいている。きっと自分も同じ顔をしているのだろうと思うと、また笑いが込み上げてきた。

 意志に反して、口角が徐々に上がっていくのを感じながら思う。
 あぁ、またさっきのようにジト目で指摘してくるのだろうな、と。それも悪くない。

 説教でもいいから、ちゃんと話そう。そして、今度こそ耳を傾けよう。


 ーーーこの時、本当の意味で初めて俺は補佐と出会ったのだ。





 以上、アルバートとヴィヴィアンの出会いエピソードでした。長くなって申し訳ございません。最後まで読んでいただきありがとうございます!
 次回、本編に戻ります。
 
 

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コメント

  • ニコロシゴク

    神かな? テンポ良くて面白いです。

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