悪役令嬢は麗しの貴公子
19. 月日が経つのは早いもので
 社交界デビューをして私の存在が公になった建国記念日の夜から3年。
 とにかく毎日忙しくて、目まぐるしい日々が続いた。現在、14歳の私の身体は手足が伸びてあの頃の服を着ることはもう出来ない。
 ゲームの舞台となるロンバール学園への入学を控えた今日、身体の成長を実感しながら今朝届いたばかりの新品の制服に袖を通す。
 勿論、服は男物なんだけど。
 流石貴族の学校ということもあり、至るところに細かな装飾が施されている。
 白いシャツに校章が刺繍されたベストとジャケット、チャコールグレーのパンツスーツ。そして、学園のイニシャルが刻まれた金色のタイピンと学年を表す紺色のクロスタイ。
 「とてもよくお似合いですよ、坊っちゃま。まるで王子様みたいに素敵です!」
 着替えを手伝ってくれていたマーサが興奮しながら褒めたたえてくれる。照れくささを隠すためにお礼を言って微笑めば、『坊っちゃま、その顔はずるいです…』と耳まで真っ赤にさせる。
 
 何がずるいんだろうか?
 4年たった今でも私の笑顔は意地が悪い悪役令嬢のままなんだろうかと不安に思ってしまう。
 姿見の前で自分の制服姿をチェックしていると、ノック音が聞こえて次いで『失礼します』とニコが部屋に入ってくる。
 「兄上、とてもよくお似合いです!」
 私の制服姿を見たニコの第一声はそれだった。そのまま私のすぐ傍までくると、3年前より一層磨きがかかったキラキラスマイルを向けてこられた。
 先日13歳になったばかりのニコは、あの頃より更に背が伸びて今では私と同じか私より少し大きいくらいだ。
 剣術や馬術にも熱心に取り組んできたため私より体格が良い。
 ゲームのニコラスと容姿が段々近づいていっていることに恐々としつつも可愛い義弟の成長を嬉しく、そして少し寂しくも思う。
 「僕も兄上と一緒に入学出来たらいいのに。一年間も兄上と離ればなれなんて…」
 そう、ゲーム舞台であるロンバール学園は子息女が通う全寮制の名門校である。
 代々王族も通う学園のため侯爵家以上は全員一人部屋でそれ以下は2人の相部屋となり、宿舎の質もかなり異なる。
 「大袈裟だね、ニコは。長期休みには帰ってくるし、たった一年だよ」
 「…されど一年です」
 
 すねた声で言ったニコは、私の肩に額をグリグリと押し付けて甘えてくる。苦笑しながらいつもの様に頭を撫でてやれば、嬉しそうに微笑んでくれた。
 
 
 着替えを済ませ、入学手続きや宿舎へ持っていく荷物の選別を終えた私は、ニコと一緒に庭園でお茶を楽しむことにした。
 「あれからもう3年か…。早いものだな」
 庭園の花々を眺めて小さく呟くと、ニコが『そうですね』と懐かしむように瞳を揺らす。
 
 社交会デビューしてから本当に色々なことがあった。公爵家の親族に挨拶しに行ったりお茶会や夜会へ参加したり、お父様の仕事の手伝いで公爵家の領地に行ったり。ゆっくりお茶を飲む暇もないくらい忙しくて大変だったのを覚えている。
 「兄上は忙し過ぎて少し痩せてしまいましたよね。身体を壊さないかと心配でした」
 「そうだったね…」
 
 疲労がピークに達して食事より睡眠を優先してしまったせいで、何度か倒れそうになったこともあった。
 マーサは泣きそうな顔で私に何度も謝罪してくれたし、ニコはお父様に『兄上を休ませて下さい』と詰め寄ったらしい。
 
 「アル様達とも、随分親しくさせていただいているし」
 「相変わらず殿下は傲慢ですけどね。もっとヴィー様を見習った方がいいです」
 王城でパーティが開かれる度にアル様、ヴィー様と会って会話に花を咲かせた。会う度にアル様が思いつきで勝手に行動し、それに私達が振り回された。アル様とヴィー様もこの3年間で急激に背が伸びて、ヴィー様に至っては私と頭一個分違う。2人もニコ同様にゲームの姿絵に段々容姿が近づいてきているが、今でも良好な関係を築いている。
 今だってそうだ。定期的に手紙を送り合い、お互いの近況報告やアル様の婚約者候補の話をする。
 「殿下のお眼鏡にかなうご令嬢が現れる日は来るんでしょうか…」
 私たち姉弟がこれまでアル様に勧めた婚約者候補のご令嬢達は、皆一蹴りされてしまっている。
 遠い目をして呟いたニコに、私は苦笑して『どうだろうね』とだけ言う。実は『学園入学後に主人公と出会って上手くいけば恋に落ちます』とは、流石に言えない。
 都合が悪いので、話題を変える為にニコの宝石の瞳に焦点を合わせる。
 「あぁ、そう言えば…」
 口にしながら記憶の引き出しを開けて思い出す。続きを待ってくれているニコに、思い出したことを話そうと再び口を開きかけた、その時。
 「坊っちゃま方、クラン様よりお荷物が届いております」
 「捨てておいて下さい」
 「え?」
 
 「畏まりました」
 「え!?」
 中くらいの木箱を両手に抱えたマーサにニコがしれっと冷めた声で告げる。優雅に紅茶を飲むニコに驚いて視線を向けるが、それに対するマーサの返答にもっと驚いて今度は顔ごとマーサの方を向く。
 『冗談です』と笑顔で言う2人に、ため息を吐きつつお礼を言って木箱を受け取り、テーブルに置いて蓋を開ける。
 ニコと一緒に木箱の中を覗き込む。
 「わぁ…」
 「これは…」
 私とニコは目を丸くして声を漏らす。中には私たち宛ての手紙と、おそらく異国のお土産だろう品々が詰め込まれていた。
 私は、手紙を取り出して封を切ると中身を確認した。
「へぇ…、今回は春休みを利用して東方の貿易国に行ってきたらしいよ」
 「あぁ、それで生菓子や茶葉が多いんですね」
 ニコは私から手紙を受け取り、文章に目を走らせる。一通り目を通した後、ニコはマーサに手紙を渡して焼却するよう指示を出した。
 …仲が良くなったと思っていたが、案外そうでも無いらしい。
 「クランは学園に入学しても残念なままですね」
 「そう? むしろいい事だと思うけど」
 ニコはさっそく、クランのお土産の中にあった生菓子を口に放り投げながら気に入らないといった顔をする。私はそんなニコに目を細めて紅茶を口に含んだ。
 クランは昨年、私より一足先に学園へ入学していたため前ほど直接会って話す機会はなかった。それでも、長期休みには我が家へ遊びに来てくれたり今みたいにお土産を送ってくれたりしてくれる。
 甘いもの好きの私たち姉弟にとってはとても有難い。
 「後でお礼しないといけないな」
 「兄上の入学式で会うのでその時でもいいですよ。兄上がわざわざ手紙を出す必要はありません」
 流石にそれはまずいだろう、と笑って生菓子をかじる。口の中で甘さが広がった。
 「美味しい」
 「クランにしては、まぁ、マシな物をよこしたんじゃないですか?」
 素直に美味しい、と言えばいいのに。
 もう何個目か分からない生菓子を口に入れては素直じゃない褒め言葉を言うニコに微笑んで、クランへのお礼の手紙にニコが絶賛していたと書こうと密かに決めるロザリーだった。
 更新が遅れて申し訳ございませんでした。
 いつも読んで下さり、ありがとうございます(´˘`*)
 次回もお楽しみに。
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