ACT(アクト)~俺の婚約者はSな毒舌キャラを演じてる…~

うみたけ

まずはお友達から!――ということになりました……。

「お二人とも、この度はワタクシの身勝手な行動のせいで不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」

 授業開始を知らせるチャイムが聞こえてからどれくらい経っただろうか。
 想い人からフラれただけでなく怒りの爆発まで受け、先程まで涙ながらに謝罪していた少女は、ようやく落ち着きを取り戻し、改めて俺となごみに深々と頭を下げた。

「とりあえず俺は結婚とか脅迫まがいのことをやめてくれれば別にいいんだが……、なごみもそれでいいか?」
「うん。下之城さんにも私の言いたいことは伝わったみたいだし。――あと、私の方こそごめんね。さっきはちょっとキツイ言い方しちゃって……」
「いえいえ! 波志江さんが謝ることなんて何もありませんわ!」
「ううん。私にもちゃんと謝らせて――ごめんなさい」
「波志江さん……」

 俺となごみもその謝罪を改めて穏やかな表情で受け入れた。
 なごみも先程までの言い合いですっきりしたようで、二人の少女の間にはわだかまりも無さそうで、事態は解決へと向かっていく……と、思ったのだが、

「改めてお二人とも、今回は申し訳ありませんでした」
「もういいって」
「そうですよ、下之城さん」
「ただ、それとは別にお二人にはハッキリと言っておきたいことがありますの」

 目の前のお嬢様は、先程までの神妙な顔から売って変わって、不敵な笑みを浮かべながら真っ直ぐ俺達の方を見据えている。
 あの、何か嫌な予感がするのは気のせいですよね? 気のせいですよね!?
 そして、

「ワタクシ、まだ波志江さんのことを諦めたわけではありませんので」

彼女は堂々と胸を張り、ハッキリとそう告げた。

「「……へ?」」

 オーマイゴット……!! 俺は、どうやら嫌な予感というのはだいたい的中してしまうものらしい、ということを改めて思い知らされた。
え? 何、この切り替えの早さ……? よく女は男に比べて切り替えが早いって聞くけど、お嬢様ともなるとこれくらい普通なの!?
 いや、もしかして今までの反省は演技だったとか? もしそうなら、俺が自信を持ってアカデミー賞の主演女優賞に推薦してやるよ! まぁ、俺の推薦なんて全くもって効果無しだがな!!

「あ、ちなみに、一応言っておきますが、先程の謝罪は決して嘘ではありませんので。"気持ちの切り替えは誰より早く"というのは下之城家の家訓の一つですし、そもそも下之城家の者が嘘や冗談で頭を下げるなんてありえませんわ」
「お、おう。そうか……」

 コイツエスパーなの? 俺の心の声筒抜けみたいなんですけど!? 俺のプライバシーとかどうなってんの!?
 って、そんなことはどうでもいい!

「ちょ、ちょっと待て! お前、なごみのことは諦めないって――」
「そ、そうだよ! 私、さっきも言ったけど下之城さんとそういう関係にはなれないよ!!」

 突然の状況変化に少し反応が遅れたものの、俺達も猛抗議。しかし、

「ええ、勿論それは分かってますわ。ですから――」

対する下之城は、俺達からのクレームは予測済みと言わんばかりに落ち着いて返すとなごみの方へと歩み寄り、

「波志江さん、ワタクシとお友達になっていただけませんか?」
「「……え?」」

身構える少女に、にっこりと笑いかけ、片手を差し出した。

「あなたが藤岡君のことを心から慕っていることも、現時点でワタクシが入り込む余地がないことも十分理解したつもりですわ。――でも、だからといって、それはこの恋を諦める理由にはなりませんわ」

 そして、なごみの目を真っ直ぐ見据えて、

「ただ、諦めないといっても今回のような強引で身勝手なやり方を使うつもりはありませんわ。ですので、"まずはお友達から"――そんな初々しい正攻法で地道に波志江さんをワタクシの方へ振り向かせて見せますわ」

自信満々に想いを告げた。

「波志江さん――改めてワタクシと、お友達になっていただけませんか?」

 なるほど。今度はそうきたか。まぁ、本人の気持ち次第ではあるが、個人的には動機はともかく、友達になること自体は大歓迎だ。
 しかし、言われた方はというと……、

「わ、私と……お友達……?」

予想外の申し入れに目を丸くし放心状態。そして……、

「なっ!? は、波志江さん!? 何で泣いてますの!?」
「え……?」

無意識の内に目から涙を溢していた。

「そ、そんなにワタクシとお友達になるのは嫌、でしたの!?」
「ご、ごめん!! そういう意味じゃないの!! ただ……」

まぁ、こういう反応にもなるだろう。だって、

「ただ……、同級生、しかも女の子から『お友達になろう』なんて言われたの、初めてで……。嬉しくてビックリしちゃって……」

そう。彼女――波志江なごみには、今まで同性の友達がいなかった。
 内気な性格が災いしたせいか、引っ越すまでずっと、同じく友達のいなかった俺にベッタリくっついていたせいか……、多分男を含めても、彼女にとって友達と呼べる程の存在は"恋人"になる前の俺くらいのものだろう。
 そんな調子で16年間生きてきた少女だ。
 普通の人間にとったら大したことじゃないのかもしれんが、彼女にとっては思わず感激の涙をを流してしまう程のことなのだ。

「あ、あの……、本当に私なんかと友達になってくれるの……?」
「当然ですわ。というより、ワタクシからお願いしてるのですし」
「私、今まで友達なんていなかったから、何していいか分からないよ……?」
「あら、ワタクシだって似たようなものですわ。取り巻きの方々や話し相手ならいくらでもいますが、ワタクシも今のところお友達はいませんわ。――ですから、一緒に何をするかも考えましょう?」
「で、でも……、私なんか……」

 初めての経験で自信がなく尻込みしてしまっているなごみ。
 勿論、先程から助けを求めるべく、チラチラと俺の方に視線を送ってきているのは気付いている。だが……

「波志江さん」
「は、はい!」

 この場面、俺が助け船を出す必要なんてまるでない。よって、俺は無言で首を横に振る。
 その一方で、

「先程から何度も言っていますが、ワタクシはあなたのことを愛していますの。愛する人を卑下するような発言は、例え本人であっても許せませんわ」
「し、下之城さん……」

 下之城は真剣な顔で熱く語りかけ、

「波志江さん、あなたはもっと自分のことを愛するべきですわ――って、ちょっと偉そうなことを言ってしまいましたわね。ワタクシの申し出への返答については急いでいるわけでもありませんし、後日改めてでも構いませんわ。勿論ワタクシへの情けは無用。あなたの正直な気持ちを聞かせて貰えれば結構ですわ」

 言いたいことを言い終えると、最後は優しい笑顔を愛するなごみに向けると、差し出していた手を下ろし、踵を返す。が、そこで……

「し、下之城さん!」

 一歩踏み出そうとしたところで、その足はなごみの声に引き止められ、彼女は振り返った。そして……、

「わ、私でよければ……、その、お、お友達になってくださ――わ! ちょっ、ちょっと!!」

 顔を赤らめ、手をもじもじとさせて恥じらいながら"OK"の返事を返すなごみの言葉を待っていたかのように、

「勿論ですわ、波志江さん! いえ、なごちゃん!!」

下之城はまだ返事の途中だというのに再びなごみの元へと駆け寄り、勢いよく抱きついた。

「ちょっ、は、離して!!」
「あらあら、なごちゃんったら照れちゃって、可愛らしいわ」
「何か変なあだ名まで付いてるし! ――って、下之城さん、近い! 近過ぎる!!」

 下之城はなごみにメロメロでなごみの顔に頬擦りしまくっている。
 なごみの方も抵抗しているようだが、本気で嫌がっているわけでも無さそうで、むしろ楽しそう。
 やれやれ。なごみと出会って早11年。なごみにもようやく女友達ができたか。
 俺は目の前で繰り広げられる百合場面を眺めながら、ふと思った。
 面倒なことばかりだったこの勉強合宿だが、なごみに友達ができるという予想外の成果をもたらしてくれたこの行事に、感謝しなければ、と。
 雨降って地固まる――そんなことわざを思い浮かべながら。が、しかし……、

「あ、ちなみに藤岡君?」
「あ? なんだよ?」
「ワタクシはなごちゃんの友達であって、あなたと友達ではありませんし、馴れ合うつもりもありませんので」
「ったく……。言われなくたってわかってるよ。そんなことでイチイチ――」
「だって、あなたはワタクシにとって友達ではなくライバル――なごちゃんを巡る恋のライバルになるんですもの」

俺の視線の先には、こちらに向けて好戦的な笑みを浮かべるお嬢様の姿が……。
 前言撤回。俺にとってこの勉強合宿は、今回限定の厄介事をもたらすだけでなく、今後の学校生活における新たなトラブルメーカーをももたらすという、残念イベントだったと言わざるを得まい。

「はぁ……、勘弁してくれよ……」

 俺が一人、思わず頭を抱えたのは言うまでもない。

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