ACT(アクト)~俺の婚約者はSな毒舌キャラを演じてる…~

うみたけ

リア充の予定ってなんであんなにビッシリ埋まってるのだろうか……

「なぁ、陽平。実はお前分身の術が使えたり、人体改造で一切疲れることのない体を手に入れてたりする?」
「は? 何言ってんだよ? お前漫画とか小説とか読み過ぎなんじゃねぇの?」

 夏休み突入という歓喜の瞬間を3日後に控えた今日この頃。俺は、漫画やアニメの主人公のみならず、現実世界にも共通する仮説の実証に成功した。――リア充程夏休みの予定はびっしり埋まっている、と。

「お前、マジでこんなスケジュールこなすつもりなの?」

 陽平に見せてもらった彼の予定帳を見た俺は、その売れっ子芸能人並にびっしり黒字で埋め尽くされたスケジュールに、我が友の正気を疑わずには居られなかった。
 部活、部活、ハーレム要員との約束、部活、ハーレム要員との約束等々……、夏休みは40日以上あるというのに空白の箇所はせいぜい2、3日くらいだろうか。
 何なの、コイツ? 将来ブラック企業に入社しちゃった時のための予行演習でもするつもりか!? “夏休み”って言ってるのに、全然休めてねぇじゃん!!

「いやいや、高校生の夏休みだぜ? これくらい普通だろ。逆に予定空いてる方が暇過ぎて落ち着かねぇよ」

 やれやれ、これが真のリア充の思考回路って奴か……。俺のようなただ単に彼女持ちというだけのエセリア充には一生かかっても到底理解できない考え方だぜ。と、自分は真のリア充にはなれないということを改めて実感しながら、何気なく陽平の予定を眺めていると、

「ん? まてよ?」

俺は目の前のハーレム王がまたもや“やらかしている”ことに気がついてしまった。

「まぁいいや。せいぜい頑張れよ。言っとくけどお前が修羅場を迎えようが、俺は助け舟は出してやんねぇからな」
「大丈夫だっつーの。俺はお前みたいな軟弱野郎と違って夏バテとは無縁だからな。はははっ!」

 まだ何も知らずに謎のハイテンションで高笑いする陽平。しかし、そんなイラッとする男に天誅が下されたのはその直後だった。


「ちょっと陽くん!? これ、どういうこと!?」
「陽平君~ちゃんと説明してほしいな~」
「先輩……私、これはさすがに無いと思うんですけど……」

 血相を変えて陽平の下へと詰め寄ってきたのはいつもの“陽平ハーレムズ”達。

「ど、どうしたんだ? お前ら、みんな揃って?」
「どうしたもこうしたもないでしょ!?」
「そうよ! 何で夏休みの旅行、皆一緒に行くことになってんのよ!?」

 なんというタイミングだろうか……。まさに俺が懸念していた修羅場が今目の前で起ころうとしていた。
 そう。先程見せてもらった陽平の予定表。その中でも一際目立つ8月10日の欄には“一泊二日海の宿 旅行”という文字。
 それだけなら問題ない。問題はその下に記されていた一緒に行くであろう者――優香、真理、ノアという取り巻き常連の少女達の名前だった。
 このいつも張り合いまくっている少女達が皆揃っての旅行なんて賛同するわけがないのはこの学校の人間なら誰でも分かること。
 それなのにこの鈍感男ときたら……全く持って同情の余地なし! この修羅場が起きたのは必然以外の何ものでもなかった。

「い、いやいや! 行き先が一緒なんだから、皆で一緒に行けばいいんじゃねぇの!?」
「いいわけないでしょ!? 私は二人で旅行だと思って楽しみにしてたのに!!」
「陽くん、今からでもこんな迷惑な女共放っておいて私と二人で旅行行こうよ~」
「何を言ってるんですか!? 先輩は私と二人で旅行に行きたがってるんですよ?」

 教室のど真ん中で繰り広げられる修羅場。だが、俺には断固として関係ない。

「まぁ、せいぜい高校生の夏休みとやらを満喫してくれ。――それじゃあ俺はこれで」

 俺はこの修羅場の巻き添えにならないように、宣言通り助け舟を出すことなく、早々と立ち上がり、

「え!? ちょっ!! 奏太~助けてくれ~!!」
「健闘を祈る!」
「この人でなしぃぃ!!」

 背後から聞こえてくるハーレム系鈍感主人公の悲痛な叫びを、宣言通り完全スル―してこの場を立ち去った。
 そして、俺が心の中で『ご愁傷様』と呟き手を合わせていると、

「あら、友達が助けを求めているのに、助けなくていいの?」

今度は俺自身の彼女 波志江なごみが話しかけてきた。

「大丈夫。陽平ならあれくらいの試練、俺の手なんか借りずとも難なく突破してくれるはずだ」
「陽平君(陽くん)(先輩)!! 今回の旅行、誰と一緒に行くつもりなの(なんですか)!?」
「奏太~!! ヘルプミ~!!」

 後ろの方から何か聞こえた気がするが……、まぁ、気のせいだろう。

「……俺はそう信じてる。友達だからな」

 俺は遠い目をしながら友達への信頼を口にした。

「なるほど。そういうものなのね。ほぼ友達皆無の私には良く分からないけど……勉強になるわ」
「お、おう……そうか」

そう言えばコイツ、昔から俺や栞以外仲良い友達いなかったっけ。

「忘れないようにメモしておくわ――えーっと…“友達が面倒臭そうな案件で困っている時は『信じてる』って言っておけば回避できる”っと」
「わざわざ裏の意味で読み解かなくていいから! 間違ってないから否定できないじゃん!! せっかくオブラートに包んだ言い方にしたのに!!」

 俺だってあの鈍感系ラノベ主人公を地で行くような男が本気で困っていれば、そりゃあ手を貸しますよ? でもほら、あれはただの主人公お決まりのラブコメ定番イベントであって、俺みたいな脇役キャラが出る幕じゃないでしょ? っていうか逆に邪魔でしょ?
と、俺が誰に対してというわけでもなく、必死に心の中で弁解していると、

「まぁ、そんなことはどうでもいいわ」

既に目の前の気ままな少女はこの話題に興味を持っておらず。

「実は奏太君に夏休みの予定で相談があるの」

 さっさと彼女にとっての本題へと話題を変えた。
 うーん、夏休みか。なごみとデートはしたけど、暑いところは嫌だし、人混みも嫌だし行きたいところってほとんど無いんだよな。

「まぁ、俺はなごみと一緒に居られればどこでもいいし、デートの場所とかはなごみの好きなところでいいぜ?」

 お! 自分で言うのもなんだが、今のメチャクチャモテる男っぽくね? これはなごみさん、胸キュンしちゃったんじゃない!? 照れて地の性格に戻っちゃうんじゃない!?
 突然飛び出したカッコいいセリフに、なごみがどんな反応を見せるのかワクワクしていたのだが、

「とりあえず、これが私の夏休みの予定よ」
「まさかのスル―!?」

彼女は一切表情を変えることなく、ピンク色の予定帳を差し出してきた。

「お願い、スル―はやめて! 恥ずかしくなるから!! ――って、お前も予定真っ黒じゃん!!」

 心に5のダメージを負いながら渡された予定帳を見てみると、そこには先程見たリア充なモテ男までとはいかずとも、かなりの日程が何らかの予定で埋め尽くされていた。
 特に夏休み前半! 空白の日が一日もない……って、あれ?

「なぁ、この夏休み第一週目のところなんだが……」

 ふと、ビッシリと埋め尽くされた夏休み最初の週の予定内容に目を向けると、とても無視せずにはいられない文字が目に飛び込んできた。
 嫌な予感しかしない……。そう思いつつも、俺はその部分を恐る恐る指差して問いかけた。

「ええ。私の相談内容っていうのはまさに“それ”よ」
「い、いやいや! これは俺には無関係だろ!?」

 終業式翌日からの4日間、そこには“3泊4日補習合宿with奏太”という文字が……。
 この学校で毎年開かれる勉強合宿――別名監獄合宿。
 娯楽品の一切が持ち込み禁止な上、一日中勉強漬けという鬼のような補習合宿。対象者は主にテストで赤点を取った奴と一部の物好きな参加希望者だけ。
 先日のテストで見事赤点を獲得したなごみはともかく、俺には無縁のイベントのはずなのだが……

「大丈夫。既に奏太君の参加希望書は提出してあるわ」
「全然大丈夫じゃねぇよ!!」

 嫌な予感は見事に的中。彼女は生徒指導教諭の認印が押された参加希望用紙を見せてきた。

「ほら、さっき言ってたでしょ? “なごみと一緒に居られればどこでもいい”って」
「い、いやいや、あれは、言葉の綾っていう奴で……」
「私、奏太君は嘘吐くような人じゃないって信じてるから」
「いやいや! 俺だって嘘吐く時くらいあるって! だって人間だもの!!」

 クソッ! このままじゃ、なし崩し的にあの“どんな道を外れた不良でも合宿終了後には悟りを開く”とまで言われる監獄合宿に参加させられちまう!! 何か、何か回避する方法は!?
 あたりを見渡しながら、8割方夏休みモードへと移行してしまっていた脳みそを緊急フル稼働させて合宿回避の抜け道を探していると、

「まぁ、そうは言っても別に強制的に連行しようってことではないわ」
「……へ、そうなの?」

普段なら嫌がりながら渋々了承する俺を見てほくそ笑むドS少女から放たれたとは思えないセリフを聞いて、思わず間の抜けた声が漏れた。

「当然よ。私はあくまで一緒についてきて欲しいとお願いしているだけ。勿論最終決定権は奏太君にあるわ」

 ……どうしたんだ、急に?
 素の性格の時なら納得だが、ドS毒舌モードに入るとキャラに夢中になり過ぎてついつい悪乗りしてしまい、後から滅茶苦茶後悔しているという彼女が、特にシリアスな場面でもないのに自ら俺に決定権を委ねるなんて……何か裏があるに違いない。と、疑心の目を向けていると、

「まぁ、一緒に来てくれるなら、当然それ相応のお礼も用意してあったのだけど……それは必要ないみたいね」

案の定、素直に俺を解放してくれる気はなかったようで、今度は“飴と鞭”で言うところの“飴”が提示された。

「なるほど。まぁ、鞭よりは断然飴派の俺だが、この藤岡奏太、そう簡単に釣られる程単純な男じゃないぜ? どうしても俺を動かそうって言うなら――」
「もし一緒に最後まで合宿に参加してくれるなら、帰った後何でも一つ言うことを聞くわ」
「……え? 何でも?」

 全く予想していなかった“飴”の内容に、思わず聞き返してしまった。
 な、なごみさん? な、何でもというのはつまり、いわゆる“何でも”ということでよろしいのでしょうか? わたくし期待しちゃいますよ?

「さすがに常識的に無理なことはできないけど、私にできることなら勿論何でもするつもりよ? ――例えば何か買ってほしい物がある、とか……そうね、エッチなことでも――」
「藤岡奏太! 喜んで補習合宿同行させていただきます!!」

 最後まで聞くまでもなく、気付けば俺は背筋をピンと伸ばして敬礼しながら即答していた。

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