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からっぽの金魚鉢で息をする

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黒 AM11:38

<火曜日>

列をなしている。

ゴールのない道に沿って列をなしている。

ーーーーーーーーーー


「1つも間違えないで、出来ない?」


霞む視界の向こうに、
私が見たい世界は無い。

いきり立つ上司の顔に、驚くことはもう、ない。

いっそ、クビにしてくれたなら。


ーーーーーー




「やっぱりさ、杏奈は、その辺の思慮が浅いってかさー」

フォークで、雑に、サラダの水菜を突きながら、オレンジとピンクの混じった艶やかな唇を尖らせるのは、吉井波瑠。


「なーんで、気付かなかったの。どう考えても、トモヒロ、杏奈のこと、好きだったじゃん!」


え?

それって、気付かなきゃいけないことだった?

なんで私が、好きでもない男のこと
気にして気遣わなきゃいけないわけ。


私の大好きな明太子クリームパスタは、
今日も今日とて、世間話と一緒にフォークに巻き込まれて、胃の中に入った。


「てかさー、部長!女部長なのをいいことに最近、色目使ってない?
まあさー、使えるものは全部使っちゃえば楽だけどさ、あたしなら、しないってかさー」


「あー、あたし、会社、寄ってから帰る!また!」


「え!やばいね、一回退勤してんのに!?またね」


手を振るでもない、目を合わせるでもない。

そこかしこに、落ちていく。


自分の落ち度が、分かる。


結果が大事。
結果を出さなければ、人として認められない。
何も掴めない。
生きることの価値は、ない。


私にとっての結果は、
列をなして歩くこと。

途中経過じゃないんだ。

失敗ばっかりの人も列から外れなければ
食いっぱぐれることはない。


誰かに見つけてもらえれば、必ず、
また、同じ場所に戻れる。



「やるしかないよ!
終わらないなら終わるまで!毎日に終わりはない!いいね!」


「はい!」


他の社員と声を揃えて返事をした声に、自分でも驚くほど落胆した。


スクープを撮る。


面白く、切り取り、記事にする。

この、面白く、が、誰にとっても面白くないことを知りながら、今日も、つまらないことを面白くしなければならない。


時計の針だけが規則的に、ただただ
ひたすらに一秒を刻んだ。


キーボードを打つ音が頭の中を
掻き乱し、画面に映る自分に寒気がした。



視線だけをそっと動かすと、
窓の外が靄のように明るくなり、それを越えて、しっかりと明るみを帯びた青空が見える。


朝が、訪れた。



「、、、っし。終わり、、。」







「かえり、ま、、す」



空っぽの鞄。


感覚のない、足。


踏み外した。
危ない。転ぶ。手を突かなければ。



その時、ふと、一瞬の強い風が吹き、
私は、ホームに立っていた。



おっと。

危ない。


ここも踏み外してしまったら、
いよいよ死んでしまう。

一体どうやって、あのガラス張りの会社の
28階から駅まで歩いたのか。

と、考えるにも及ぶ力はなく、
足元に視線を落とすと、


黒い点の集まりがこちらに向かって
列をなしている。




朝露を含んだからなのか。

彼らの体は艶々に光っている。


列をなしている。

歩く。


一度、列から離れたり、
小さな山を登れなかったりした者が
道に迷う。



彼が、もう一度列に戻ることはなかったが
きらきらと光りながら、たった一人で
駅のホームを歩いて行った。


ああ、
私の、負けだ。



AM  11:38。
各駅停車の空いている山手線。

見過ごしてきた、電車。

乗ることを選ばなかった、電車。


蟻のように群がる人混みをしっかりと避け
意思を持って、列から乱れ、飛び乗った。

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