久遠

メイキングウィザード

第28話 あの雪の日


 雪が赤く染まっていた。

 街は白一色だというのにそこだけは赤かった。
 祭は震える手で刀を掴んでいる。
 その切っ先が自らの師の胸に埋められていた。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 祭は必死で懇願する。

「……いいんですよ。これでいいんです……」

 刃で貫かれた彼女は優しい声で祭をなだめた。
 その女性も手には一本の日本刀が握られていた。
 その刃には血がこびりついている。
 二人の周りで何人もの人間が絶命していた。

 みんな刀を持っている。
 死んでいるというのに誰もが顔にまだ怒りや恐れ、闘志がこびりついていた。
 数刻前までここで死闘が繰り広げられていることが容易にわかる。

 だが地獄ももう終わりだ。
 この地獄を引き起こした張本人が祭の手によって地に膝をつく。

「あなたは何も悪くない……ごめんなさいね……あなたに損な役回りをさせて」

 祭が刀を引き抜く。
 女はその抜かれた刀の刃を素手で掴む。
 そして自らの首元に刃を当てさせた。

「さあ首を落として……もうこれで終わりにしてちょうだい」

 女の首筋に青い線が入っていた。その線はまるで回路のように頬まで走っている。
 彼女の血管が青く染まっていた。

「皮肉よね……敵なしの剣豪とまで言われた私が……自分自身に流れてる血に負けるなんて……」

 その女には異界に住むこの世ならざる者の血が流れていた。
 麻上随一の剣豪と言われ、伝説のハンターとも言われた彼女の強さの秘密はそれにあったのかもしれない。

 だがその強さに対する代償も大きなものだった。
 その代償こそこの現状。
 今や彼女を蝕む異界の血が彼女自身にこう囁くのだ。

『殺せ。もっと多くの血を、多くの叫びを、多くの呪いを集めよ。殺戮せよ、蹂躙せよ』

 吸血鬼でも、死霊でも、鬼でも、人間でも関係ない。
 とにかく殺せと彼女に囁く。

 その闘争本能には、最強といわれた彼女も敵わなかった。
 仲間の滅鬼師数人を斬り殺した彼女は今、自らの弟子である祭の手によって処刑される。
 祭は弟子でありこの時のための保険でもあった。
 彼女自身、麻上家当主にこう言われている。

「お前の師は特別な存在だ。その力は光でもあるが同時に闇も抱えている。もし何かあればその時はお前の手で葬るのだ」と。

 彼女は処刑人だ。この時のために存在していたといってもいい。だが本当にこの時が来てしまうとは思ってもいなかった。あんなに優しくて、強かった人がこうして目の前で血にまみれている。

「……ごめんなさい……先生……」
「いいのよ。これで……」

 刃がその首を刈り取り、静寂が残された。
 伝説のハンターの最後だった。

 ――どうかこの人に安らかな甘い死を。

 雪が赤く染まっていた。


コメント

コメントを書く

「現代アクション」の人気作品

書籍化作品