久遠

メイキングウィザード

第24話 麻上 来襲



 直江は学校が終るとバンピールの寝床へと向かった。
 もちろん事件について何か情報を持っていないか聞くためである。
 彼とは前の一件以来会っていない。

 もう傷も癒えていることだろう……だけど……僕のことはどう思っているんだ……。

 山道を進み、洞穴に近づいたところで直江は足を止めた。
 前方から見知った顔が歩いてきているのだ。

 夕方なのにバンピールがもう外に出てきていた。
 吸血鬼は太陽の光を浴びると灰になる、というのは映画や本の話だけで、実際には凄い勢いで肌にシミができるだけである。だからこの時間に外へでても問題はないのだが、普段の太陽の光を嫌うバンピールの行動からは理解できなかった。

「あら直江。久しぶりね。元気にしてたの?」

 彼はガラガラとスーツケースを引きずって山道を降りて来る。
 切られたはずの腕はなぜかくっついていた。

「言っておくけど今回の事件と私は関係がないから。がんばることね」

 そう言って彼は直江の横を通りすぎる。

「ちょ、ちょっとまってよ。どこいくの!?」
「どこって……あんたには関係ないじゃない」
「待ってよ!約束は!?僕を吸血鬼にしてくれるんじゃなかったのかよ!」

 そう言ってバンピールの肩を掴む。だがその手は強く振り払われた。

「何調子いいこと言ってんのよ。ここでぶち殺されたいの?」

 彼の眼光が赤く鋭い光を放ち、直江は体を強ばらせた。
 一瞬、強い殺気を感じた。身が爆ぜるような刹那の恐怖。だがそれはすぐにおさまる。

「あんたはあの夜一つの答えを示した。だからこれがそれに対する私からの答え。あんたは殺さない。けれどもうお別れよ」

「そんな……!」

 直江が彼にすがりつく。
 どうしても行かせるわけにはいかない。
 このまま彼が去れば二度と吸血鬼になるチャンスは来ないだろう。

「お願いだよ!せめて僕を吸血鬼にしてからでも!」
「やめなさい。みっともないわよ」
「みっともなくてもいいさ!僕は人間をやめたいんだよ!特別になりたいんだ!」

「あのねえ!自分の価値ってもんは人間やめたくらいで変わりはしないのよ!例え今の状態であんたが吸血鬼になったとしてもろくな存在にならないわ。行き着く先はただ退屈に永遠を貪って生きるだけの死人……」

 そこまで言ってバンピールはだんだんと押し黙る。
 永遠を貪っている死人というのは何よりも自分のことだと理解していたからだ。
 そんなことなど露知らず、直江はバンピールを逃がすまいとすがりつく手に力をこめた。

「僕は吸血鬼になるんだ。人間のままいたって何も変われない……」
「あんたねえ……」

 強引に振り払おうとサイコキネシスを行使しようとするバンピール。
 しかし直江に向けられた手は、直後別の方向を向いた。

「下がってなさい直江!」

 刹那、黒いローブを身にまとった者が突如襲来する。
 手には赤血刀を携え、空中からバンピールに向けて切り掛かる。
 それをバンピールは腕で受け止めた。
 直江が驚いてその場で尻餅をつく。

「バンピール……う、腕が!」
「大丈夫よ。こっち義手だから」

 彼の言うとおり、赤血刀の刃を止めているバンピールの腕は切断されておらず、血も出ていない。
 彼は先の戦闘で切り飛ばされた腕の代わりに、人間の腕を無理矢理に移植していたのだ。
 当然神経は通っていないので手も指も使えないが、赤血刀は怪物相手でないと効果を発揮しないので、バンピールはその腕を盾代わりとして活用している。

「あんた誰よ。うざいから離れてちょう……だい!」

 使える右手でサイコキネシスを放つ。
 手から見えない力が放射状に放たれ、空気を振動させる。
 当たれば全身の骨は砕けてそれだけで再起不能にするだろう。
 だがローブの人物はそれを遥か上空に跳躍して回避すると、一時後方に下がって距離を取る。
 サイコキネシスがたくさんの木を折った。

 ……いったい誰だ……。

 その襲撃者は顔までローブで覆っている。赤血刀を手にしているのでハンターだというのはわかるのだが。

 ……まさか……祭?

 ふと直江はその人物に既視感を感じたが、よく見れば背格好が違う。
 細いラインからして女性だとは思うが、身長は祭よりも遥かに高い。
 女が足に力をこめて、ジャリッと地面がこすられる。
 彼女の取った構えを見て直江達は息を飲む。
 その独特の構えをバンピールは忘れもしない。

「あんた……麻上ね……」

 間違いない。目の前の女はいつの日か見た祭の構えと酷似していた。
 相対しているのは麻上一族の滅鬼師。

「勘弁してよ……あんたらの剣術まだ半分も知らないってのに」

 バンピールも手の爪を伸ばして本気の臨戦態勢をとった。
 一触即発。まさにそう名付けるにふさわしい空間だ。
 しかしそれを透き通るような美声が溶かした。

「ダメよ。鳴華。そのオカマは殺さないで」

 直江の背後にいつのまにか一人の女性が立っていた。
 直江自身、すぐそばに立っているとうのに全く気配に気づいていなかった。

「殺せって言ったのはこの男の子の方でしょ。どうしてあなたは他の者と違って私の言うことをちゃんと聞いてくれないのかしら。やっぱり麻上の血筋だから?」

 真っ白なワンピースに麦わら帽子。それに日傘をさしている。
 とても綺麗な人だ……。そう直江は一瞬惚けていたが、突然背後からバンピールに首根っこを掴まれて引っ張られる。

「あら。どうして邪魔をするのかしら」

 女の手には銀のナイフが握られている。
 それを今彼女は直江の首もと目がけて振るったのだ。
 直江を引っ張ったタイミングが少しでも遅れていれば、今ごろ彼の鮮血で辺りは染められていただろう。

「………申し訳ありません。シルヴィア様」

 バンピールが畏まった口調でそう言った。

「この男は私の唯一のしもべでして、簡単に失うわけにはいきません」
「あら。本国では群れるのを拒んでいたあなたにも心変わりというものがあったのね」

 バンピールが直江の頭を掴んでその場で共々跪いた。
 直江は説明を求めるように隣りで頭を垂れる彼に目を向ける。

「この方は私なんかよりも遥かに上位のお方よ。純血にして生まれながらの吸血鬼。名をシルヴィア・A・ディルフォード。あの百鬼夜行を起こしたディルフォード一家の方よ」

 それを聞いて思わず顔を上げ、彼女の顔を見つめる直江。
 シルヴィアはそんな彼に向けて太陽のような微笑みを見せた。

「よろしくね。美味しそうな豚さん」


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