久遠

メイキングウィザード

第20話 バンピール強襲


 生命活動は止まり、体は徐々に青い火の粉となって燃え散ろうとしている。
 祭も限界を迎えてその場に座りこむ。刀を地面に突いてそれに首をもたげた。

 ……本当に倒してしまった……。

 呆気にとられている直江。そんな彼に背後から足音もなく近づく者がいた。

「さあ。あなたの出番よ」

 そう彼に耳うちするのは一人の吸血鬼。

「相手は疲れてる。避けることなんてできない。安心して、死体は私が処分しておいてあげる」

 バンピールは直江に銃を握らせた。
 祭はまだ戦闘の疲労のせいか立ち上がることもできない。直江達に背をむけてぜえはあっと息を切らしている。

「さあ撃つのよ。はい、位置はここ」

 バンピールが直江の腕を動かして照準を定める。
 どうしてもこの引き金を引かないといけないのか……。
 直江の手がカタカタと震えだす。

「ここまでお膳立てしてあげてるんだから。もちろん撃てるわよね」

 腕をもつバンピールの手に力がこもった。
 銃口の先にはいまだ銃を向けられたことに気づいていない祭がいる。
 人差し指に力をこめるだけ。その瞬間、彼女の命は潰える。

 ……僕は……どうしてこんなことを……。

 ふと直江は自分がなぜ吸血鬼になりたいのかと思考を巡らせた。
 退屈な日々が嫌いだった。刺激が欲しかった。でもそれらの根本的な部分にあった思いは……。

 逃れたかったのだ。自分を縛っている何かに。
 学校に通い続けて、仕事を得て、やがて結婚し、子供を授かって、老いて、死ぬ。

 そんな普通が嫌だった。今の年まで生きてきて、まるで決められたレールの上を歩かされているような気分だった。でも吸血鬼になればそんな自分を縛る運命とも呼べるものから逃れられると思ったのだ。

 きっとこの引き金を引かなくても、それなりの幸せを得ることができるだろう。でもそれは用意された幸せ。そんな気がしてならない。

 吸血鬼にならなくては、人間をやめなくては………僕は運命に操られた人形のままだ。

 ―――けれど。

 直江は顔を背ける。
 彼女を撃つことなんてできない……。
 見かねたバンピールが力を抜いて手を離すと、直江の銃を持つ手は下を向いた。

「……とんだ甘ちゃんね。あんたはこの子が好きだから殺せないんじゃないわよ。まだ心で人間を
捨てれていない。これが誰だったとしてもきっとあんたは撃てないわ。こいつは仲間だからとか、善人だからとか理由をつけてね」

 声に気づいた祭が振り返る。
 バンピールは直江の首を緩く掴んだ。

「お嬢ちゃん。刀を捨ててこっちに来ることね。でないとこの子がどうなってもいいの?」

 仲間を人質に偽装する。それは直江とバンピールの関係が知られていないからこそできることだった。

 相手がいくら強かろうと所詮人間。その心の弱さにつけこめばチョロいものよ。

 そうやって彼は何人ものハンターを葬ってきた。しかし――今回は相手の格が違った。

「……直江に………何触れとんねん!」

 バンピールは直江の首を掴む腕に力が入らないことに気づいた。

「……え?」

 自分の頬が濡れている。血だ。そしてその血に火が灯って青い光を放つ。バンピールの血だ。
 ボトリと音がして何かが落ちる。バンピールの腕だった。

 それは余りにも早すぎた。吸血鬼であるバンピールでさえ一瞬何が起こったのかわからないほどのもの。

「うちだけや………直江に触ってええのはうちだけや!」

 祭が鬼気迫る表情で構えをとる。
 その構えにバンピールは見覚えがあった。

「あ……あんた……その構え……その顔……」

 10年前の百鬼夜行にて、バンピールは自らの体に傷をつけた滅鬼師の姿を忘れまいと記憶に刻みつけた。

 麻上一族随一の剣豪と詠われた女。その傍らには、彼女の後継者として育てられていた一人の少女がいた。

「あの時いたちんちくりんのガキ……!」

 気づいた時にはもう遅い。

「麻上流鬼葬剣術 教えの陸 螺旋水蛇(ねじれみずち)」

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