久遠

メイキングウィザード

第1話 赤き青春


吸血鬼を追うこと。それが直江有伍の日常だった。

「直江!おい直江!逃げられるぞ!もっと早く走れ!」

 仲間の声が聞こえる。

 胸が苦しい。走りすぎて頭が痛い。

 喉のおくから血のかおりがする。全力疾走の時はいつもこうだった。

 かすかだがヴァイオリンの旋律が聞こえてくる。

 ここは住宅街。どこかの家で小さな少女が習い事の練習をしている、そんなイメージがわいてくる。でもそのイメージはすぐに焦燥感がかき消した。

 まばたきは極力しないように。奴の背中を見失うわけにはいかない。

 奴が走りながらふり向いた。夜に漂う赤い目。その口元からは鋭い牙がのぞいている。まるで獣のように。

 ……何度見ても、恐ろしい。

 直江の息がまた一段と荒くなった。

 夜の住宅街を三人の男が走る。

 先頭は人の生き血を飲む怪人、吸血鬼。そしてそれを追う直江たち。

 数メートルの距離の差は一向に縮まらない。でもその差が広がらないだけでも上出来だ。なんたって相手は人の姿をした人ならざるものなのだから。

「直江!ハンターの根性見せろよ!」

 直江の少し前を走る青年、篠崎吾郎が叫ぶ。

 かれこれ数十分は走り続けているというのに彼は息が乱れてない。

 がっしりとした体格で角刈り頭といった風貌もあいまって彼がラグビー選手のように見えてくる。

 ふと彼が不自然に左手を上げる。ハンドシグナルだ。

 『挟み撃ち』
 『了解』とすぐさまこちらも返す。

 吾郎が十字路で別の道に消えた。
 彼らは周辺の地理を完全に理解している。この道がどこにどう繋がっているのか、全て暗記済みだ。

 しかし、だからといって吸血鬼退治が上手くいくとは限らない。

 男がいきなり立ち止まってふりかえった。
 伸ばした手をこちらに向けて、ニンヤリと笑う。

 ……やっべ。

 とっさに直江は横に転がり跳ぶ。
 ブブブブブッという奇妙な音がして、彼のもといた場所を見えない何かが通過した。
 通過点からは突風が巻き起こり、街灯のガラスがパシャンと割れた。
 これがサイコキネシス。吸血鬼のもつ特異能力の一つだ。

「ガチじゃん……」

 意図せず言葉が漏れた。

 隙をついて逃げようとした吸血鬼。だがその瞬間、道の陰から躍り出た吾郎がその手に持つナイフで急襲した。

 いいタイミングだ。しかし、その切っ先は空振る。

 吸血鬼は吾郎のナイフを避けると、人間とは思えないほどの速度で蹴りを放った。
 二メートルは身長のある吾郎が吹っ飛んで地面を転がる。

「吾郎!!」

 直江も武器を取り出すと、吸血鬼は再び逃走を開始する。
 吾郎もすぐさま立ち上がったところを見るとダメージはそこまで大きくないらしい。

「吾郎!お前もハンターの根性みせろよ!」
「わーってらあ!」

 彼らは追跡を再開する。しかしかなり距離をとられた。それにここからはかなり傾斜の強い道を行くことになる。体力的にも距離の差はどんどん広がっていくだろう。

 走り続けて、行き止まりである霊園についたころにはもう完全に吸血鬼の姿は見失っていた。

「あー!ちくしょう!今日はいけると思ったのによー!」

 霊園につくやいなや吾郎は地面に大の字でぶっ倒れた。
 直江も両手を地につけて、深呼吸。頭の中で心臓の音がバクバクと鳴っていた。

 冷たい風が気持ちいい。

 目をつむって落ち着くと、だんだんと荒い呼吸もおさまってくる。

 ギイッと軋んだ音。反射的に立ち上がる。
 
 視線の先には小さなプレハブ小屋。用具入れだ。
 窓はないし、外からでは中の様子は確認できない。

 ……吾郎に声をかけるべきか。

 彼は音に気づかなかったようで倒れたまま、ぶつぶつと愚痴をつぶやいている。

 ……いや……一人でいこう……。

 直江はこっそりと小屋に近づいた。地面は砂利なので足音にはかなり気をつけないといけない。
 入り口の扉に手をかける。大丈夫、冷静に。
 中に誰もいないなら、そのまま扉を閉めるだけ。もしいるのなら……。

 落ち着くために息を吐きつつ、彼はゆっくりと扉を開けた。

 ………いない。

 バケツやらゴム手袋やらが散乱しているだけ。
 またまた直江は深呼吸。

 こんなわかりやすいところに隠れるわけないよな。そう思いつつ扉を閉め―――次の瞬間彼は首を絞められていた。

「がッ!」

 声が出ない。

 奴だ。吸血鬼の冷たい手が直江の首を覆っていた。

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