それでも俺は異世界転生を繰り返す

絢野悠

〈actuality point 3-Kindness Piece〉 十一話

 しかし、十六になって「お腹が減って動けない」というのもなんというか間抜けな話ではある。それは、冒険者として急に一人になったからかもしれないが。

 料理が運ばれてくると「いただきます」と、メリルは両手を合わせて言った。

 どれだけ食いしん坊かと思ったが、そういうわけでもないらしい。一口一口が小さく、とても綺麗に食事をしていた。

 邪魔をするのも悪いと、コーヒーを頼んむことにした。

 窓の外に視線を向ける。これからどうすればいいのか、という考えをまとめたかったからだ。

 フレイアはしばらく動けないだろう。早く治せるのであれば、俺だってそのために行動したい。メリルと別れたらすぐに戻って容態を確認したいな。

 ふと、メリルに視線を戻した。気がつけば皿がほとんど空になっていた。それどころか三品目を頼んでいて、それすらも食べ終わる寸前だ。

「一口が小さい割に食うな」
「え、ええっと、お腹が減っていたので、つい……」
「いや、いいんだけどね。宿に帰れば金を借りることもできるけど今の俺にはこれが限界だから勘弁してくれ」
「だだだ、大丈夫ですよ。もうこれでお腹いっぱいなので」

 ぐぎゅーっと、腹の虫が鳴いた。当然俺のではない。

「も、申し訳ありません……」
「とりあえず食べ終わったらこのレストランは出よう。俺が仲間に金借りてくるから、そしたらまた食べに来ればいい」
「でもさすがにそこまでしてもらうのは申し訳ないかと」
「ここまできたら申し訳ないもクソもねーだろ。その代わり、一緒にダンジョンに潜ってくれ。そこで飯の分の金を稼ぐ。稼いだ金でお前は俺に金を返す。それでどうだ」
「わかりました、そういうことならお付き合いします。あーっと、この場合はお付き合いしてください、って言う方が正しいでしょうか」

 ニコッと、メリルが柔和に微笑んだ。双葉の微笑みに近いものがあり、異性からこんな笑顔を向けられるとは思わなかった。男女交際の経験がない身からするとドッキドキである。

 食事が終わり、俺たちはレストランを出た。

 メリルを連れて宿屋に戻り、彼女には宿屋の前で待ってもらった。

 部屋に入るとグランツが一人で本を呼んでいた。ゲーニッツは、たぶん呑みに出かけたんだろう。

「おかえりイツキ。ちゃんと装備は買えたみたいだね」
「おかげさまで。んでさ、ちょっと悪いんだけどお金貸してくれない?」
「別にいいけど、まだなにか買うの?」
「そうでなく、食事代なんだよね」
「装備でスッカラカンなのか。でも食事なら宿でも食べられるじゃないか」
「それがな、ちょっとした事情で女の子と食事をすることになった。あとで一緒にダンジョンに潜って返してもらうことにはなってるんだけどさ。それまでは貸しといてよ」
「女の子と二人きりで食事……?」
「変な勘ぐりはしないでくれ。男女のアレって感じじゃないから、ホントに」
「ふむ、いろいろ事情があるのかもしれないけど、フタバとフレイアにはなんて説明すればいいんだろう」
「いや、説明せずに普通に黙っておいてくれればいいんだが……」
「なにを黙ってるの? お兄ちゃん?」

 ドドドっと音がしそうなほどの怒気。そして俺を「お兄ちゃん」と呼ぶのは一人しかいない。

「なぜ、双葉が……」
「ドア開けっ放しなんだもん、聞こえて当然だと思わない?」

 顔は笑ってるけど目が笑ってない。正直怖い。

「ちょっと当たりが強い感じなんだけど、本当に食事するだけだから」
「誰と?」
「メリルと」
「メリルって誰?」

 ここでようやく気が付いた。俺はカマをかけられていたのだと。

「町で出会った女の子、です」
「ふーん、フレイアさんが大変な時に、自分は一人で女の子とデートするんだ」
「デートじゃない。断じてデートではない。空腹で倒れていたから食事をおごっただけだってホントに。飯を食ったらダンジョンに潜って金を返してもらう約束なんだよ」
「そうなんだ。グランツさん、私も一緒に行っても大丈夫ですか?」
「まあここから近いダンジョンはレベル80クラスだし、低階層でヌルヌルやるくらいなら問題ないでしょう」

 グランツがグッと親指を立てた。

「その擬音といい、すごく別の想像を掻き立てるな……ってお前も来るつもりなの?」
「断るつもり?」
「いえ、行きましょう」

 こうして、俺はなぜか双葉とメリルと飯を食うことになった。そしてそのままダンジョンに行くことになった。

 グランツに五万ほど借りて、双葉と一緒に宿を出た。

「お兄ちゃんの妹、双葉です。よろしくお願いしますね」
「メリル=ハレットです。イツキさんにはお世話になりました」
「これからもお世話になるわけだけどな。とりあえずレストランに行くか。別のところがいいな」

 今度は別のレストランに入ることにした。

 この世界にも和、洋、中なんていう概念があるみたいだ。さっきの店がなんでもある場所だとすれば、次に入った店は中華の店だ。

 ここでもメリルは結構な量を頼んでいた。双葉は口を開いたまま、食事をすることさえも忘れていたようだった。

 少食だと、思ったんだけどな。

 俺と双葉も食事をとり、三人でダンジョンに行くことになった。

「あの」

 と、レストランを出たところでメリルが言った。

「どうした? 行かないのか?」
「大変恐縮なのですが、ダンジョンに潜るのは明日にもらえないでしょうか」
「なんか用事でもあるのか?」
「はい。ダンジョンで別れたはずの友人から連絡が入りまして」
「なるほどな。それならいいよ、明日でも」
「申し訳ありません。それでは失礼します」

 小さく一礼し、メリルは走り去ってしまった。元気になったようでよかった。

「お兄ちゃん?」

 そしてこの怒気である。

「わかる、言いたいことはわかるよお兄ちゃんはすごくよくわかってる」
「完全に食い逃げじゃない! メリルさん、絶対明日来ないよ!」
「お前もそう思うか。実は俺もそう思ってる」
「グランツさんにお金返さなきゃいけないんでしょ!」
「その時は、その時だな。最悪は俺だけでもダンジョンに潜って稼いでくるさ。装備を買って財布の中は空っぽだし、金は稼がなきゃいけなかった」
「もう、そういうところはテキトーなんだから」

 ふくれっ面の双葉。可愛いのだが、なんとかしてご機嫌をとらなきゃいけないだろうな。

「そういうところが、いいとこなんだけど」
「お、ありがとな」
「そこは「ん? なんか言ったか?」って言うのが普通でしょ!」
「お約束ってのはぶっ壊すもんなんだよ。さ、帰るぞ。フレイアの調子も見ておきたいからな」

 俺が歩き出すと双葉もついてきた。ついてきたという言い方はおかしい。数年前までは俺の後ろを歩いていた双葉だが、もう俺の横を歩くようになった。数年後には、別の誰かの横を歩くのかもしれないな。

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